シュタルクはリリから、ファミリア脱退の条件を聞き出していた。
「……脱退金、一千万ヴァリス? なんだよそれ、搾取を受けてるレベル1のサポーターだと一生かかっても払えない額じゃないか。リリ、俺がなんとかする。憂いの原因を残す意味なんてないからな」
「シュタルク様……? まさか、払うつもりですか!?」
「いや。話が通じない相手なら、ちょっと『正面突破』でお話ししに行くだけだよ。……一応、正体がバレると面倒だから、これで行く」
シュタルクは適当な布で覆面を被りずた袋で服装を誤魔化し、リリを伴って【ソーマ・ファミリア】の拠点へと向かった。
そして【ソーマ・ファミリア】の拠点へと土足で踏み込んだ。立ちはだかる団員たちを素手で軽々といなし、そのまま主神ソーマが鎮座する最奥の間へ。
「……なんだ、お前たちは」
虚無を瞳に宿したソーマに対し、シュタルクはリリの肩を抱き、真っ直ぐに言い放った。
「ソーマ様。リリはこのファミリアを脱退する。その宣言をしに来たんだ」
「……ならば、脱退金一千万ヴァリスを払え。それが規則だ」
ソーマの無機質な言葉に、シュタルクは毅然とした態度で首を振った。
「冗談だろ…リリが今までどれだけ搾取されてきたと思ってるんだ? こんなボロボロになるまで働かせておいて、まだ金をせびるなんて……。そんな不当な金、一銭だって払わせない。というか、払う必要がないだろ?あんたたちがリリにしてきたことをギルドに詳細に報告してもいいんだぜ? 管理責任を問われて、酒が作れなくなっても知らないぜ?」
シュタルクの強気な交渉と、その背後から漏れ出る「本物の戦士」の威圧感。ソーマは初めて、その瞳に僅かな揺らぎを見せた。
「……ならば、試させてもらう。この神酒を飲め。それで理性を保てたなら、お前の言葉を信じ、望みを聞き入れよう」
差し出されたのは、多くの団員を破滅させてきた「神の酒」。リリは震える手でその杯を掴み、一気に飲み干した。
脳を焼くような芳醇な香り。目の前が真っ白になり、意識が快楽の濁流に飲み込まれそうになる。かつての絶望、憎しみ、悲しみ。それらすべてを塗りつぶす圧倒的な多幸感。
だが、その濁流の中で、リリの心に一つの「光」が灯る。それは、夕日に照らされたシュタルクの笑顔と、差し出された温かい手の記憶だった。
「……あああああああああああああッ!!」
リリは自分の腕を深く噛み切り、その激痛で無理やり意識を繋ぎ止めた。涙と鼻水にまみれ、ガタガタと震えながら、彼女はソーマを真っ直ぐに見据える。
「……リリは……リリは、酒なんかに、負けません……!! 神酒は、甘くて美味しいかもしれない。でも、それだけです……! シュタルク様がくれた言葉の方が……一緒に食べた『じゃが丸くん』の方が……ずっと、ずっと、あたたかかった……!!」
神が造りし「至高の酒」を、一介のサポーターが己の意思で拒絶した。ソーマは驚愕に目を見開く。その言葉を受け、シュタルクが静かに歩み出た。
「……ソーマ様。リリは、あんたの酒より『俺たち』を選んだんだ。一千万ヴァリスなんていう汚れた金より、ずっと価値がある答えだろ。確かにいい酒だけど……これじゃ、満たされない」
シュタルクは残った酒を指先ですくい、口に含んで吐き捨てた。
「リリは俺のサポーターだ。もらってくぜ」
ソーマはしばらく沈黙した後、自嘲気味に口角を上げた。
「……認めよう。あのような小物に私の酒を汚させていたのは、私の不徳だ。リリルカ・アーデ、お前の脱退を認める。金は……今の言葉を聞いた後では、もはや意味を成さない。シュタルクと言ったか…アーデが名前を漏らしていたが黙っていよう…」
ソーマは部屋を出ると、騒ぎ立てる団員たちに宣言した。
「これ以上騒ぐな。リリルカ・アーデの脱退を認める。そしてザニス、お前は神酒を悪用しファミリアを私物化した。追放だ。……辞めたい者は去るがいい。酒は稼ぎに応じて飲ませよう。だが、他者に迷惑をかけた者は即座に強制退団とする。私の酒を、汚らわしい欲望の道具にするな」
静まり返る拠点。リリは、シュタルクの服をギュッと掴んだまま、泣き崩れた。
「……終わったんですね。本当に……」
「ああ! さあ行こう、リリ。俺たちの神様に、紹介しなきゃな!」
シュタルクは覆面を脱ぎ捨て、リリを抱え上げると、晴れやかな笑顔で廃教会へと駆け出した。