崩落した壁の向こう側。そこには、迷宮の壁に隠されていた広大な空洞があった。
リドは苦笑しながら、自分たちが「知性」と「心」を持ったモンスター――『異端児(ゼノス)』であることを語り始めた。彼らの目的は、ただ平穏に生き、いつの日か太陽の下で人間と共存すること。
その信じがたい告白にリリが戦慄していると、暗がりからカサリと重いローブの衣擦れが響いた。
「まさか、このような形で人間と接触することになるとはな。……【ヘスティア・ファミリア】のシュタルク、と言ったか」
現れたのは、黒いローブを纏い、フードの奥に**「本物の骸骨」**を覗かせた異様な存在だった。仮面などではない。肉も皮もなく、ただ魔力の光を瞳孔に宿した「死人」そのもの。
1. 賢者フェルズとの邂逅
「うわぁっ!? お、お化け……!?」
シュタルクが思わず斧を構え直すと、その骸骨は静かに首を振った。
「フェルズ。……八百年前に死を克服しようとし、代償にこの姿となった愚かな賢者だ。今はギルドの主神(ウラノス)の命を受け、彼ら異端児を保護している」
フェルズは、アンフィスバエナを一撃で葬ったシュタルクの「異常な武」と、モンスターを助けようとした「異質な優しさ」をじっと見定めていた。
「シュタルク。君たちは、彼らの味方になれるか? あるいは、ギルドに報告して報奨金を受け取るか?」
シュタルクは、かつて師匠アイゼンが言った「異常な強さを持っていようが言葉が通じるなら、それはもう怪物じゃねえ人だろ」という教えを思い出していた。彼は斧を背負い直し、無防備に笑ってみせた。
「……俺は、話せるやつとは戦わない。あんたたちの味方をするよ。それにさ、さっきの階層主と比べりゃ、あんたの見た目もそんなに怖くないしな」
2. リリの強かな交渉と「願い」
シュタルクの即答にフェルズが安堵の気配を見せた直後、後ろで黙っていたリリが、鋭い視線で一歩前に出た。
「ちょっと待ってください。シュタルク様はそう言いますが、リリたちは大きなリスクを背負うんです。この秘密を守り通すための『口止め料』を頂かないと、割に合いません。そちらも無条件より安心できるでしょう?」
「……金か? それとも希少な素材か?」
フェルズの問いに、リリは不敵に微笑んだ。
「いいえ。**『魔導書(グリモア)』**を一冊、頂きたい。……それも、リリのような無才な者でも、最短最速で敵を撃ち抜ける力が発現するような代物を」
シュタルクから聞いた「戦士の隣で魔法を放つ少女」に追いつきたいというリリの渇望が、その瞳に宿っていた。
賢者フェルズはしばし沈黙した後、自らの懐から一冊の古びた、しかし強大な魔力を帯びた本を取り出した。
「……面白い少女だ。いいだろう、これを君に託そう。ただし、刻まれる魔法が何になるかは、君の魂の『願い』次第だ」
3. 約束の成立
シュタルクはリリの横顔を見て、少しだけ驚いたように笑った。
「リリ、本気だったんだな。……隣で戦いたいって話」
「……当たり前です。リリは、いつまでもあなたの荷物持ち(サポーター)で終わるつもりはありませんから」
リリは受け取ったグリモアを強く抱きしめ、シュタルクに背中を押されるようにして地上への帰路についた。
戦士と異端児、そして不死の賢者。
壊れた壁の向こう側で結ばれた密約が、リリの手の中で「最速の魔法(ゾルトラーク)」へと変わる日は、すぐそこまで来ていた。