翌朝。シュタルクはヘスティアに送り出され、まずは冒険者登録のために巨大施設『ギルド』を訪れていた。
(……うわぁ、本物のギルドだ。アニメで見た通り、活気がすごいな。あ、あそこに並べばいいのかな)
シュタルクがおずおずと受付の列に並んでいると、彼の順番が回ってきた。
「はい、次の方どうぞ」
顔を上げると、そこにいたのは眼鏡をかけた知的で美しいエルフの女性――エイナ・チュールだった。
(……本物のエイナさんだ! すごい、実物はもっと綺麗だなぁ……。あ、見惚れてる場合じゃない。ちゃんとして振る舞わないと)
「あ、あの。冒険者になりに来ました! シュタルクっていいます」
「はい、ようこそギルドへ。……ええと、シュタルクさんですね。所属するファミリアは決まっていますか?」
「はい…ヘスティア様に昨日ファミリアに入れてもらいました」
エイナは手元の書類を確認し、それからシュタルクをじっくりと観察した。
背負っている斧は、明らかに初心者が扱えるサイズではない。しかし、本人は人懐っこい笑顔を浮かべており、威圧感どころか「都会の悪い大人に騙されそうな子犬」のような危うささえ感じさせる。
「……シュタルクさん。その斧、もしかして見栄を張って買ったものですか? 重すぎて振り回せなかったら、ダンジョンでは命取りになりますよ?」
「いえ、これは師匠から譲り受けたもので。修行でずっと使ってたから、俺にはこれが一番しっくりくるんす」
「……そうですか。それからステータスは……えっ、恩恵を受けるのが初めてでオール0?」
それを聞いたエイナの顔色が変わった。
「昨日授かったばかりの、完全な新人……。おまけに、所属はできたばかりの主神一人だけのファミリア……。そんな、守ってくれる先輩もいない子が、そんな大きな斧を持って一人でダンジョンに行くなんて……」
エイナは一度目を閉じ、深く溜息をつくと、力強くシュタルクを指差した。
「決めました。あなたの担当アドバイザー、この私、エイナ・チュールが務めさせていただきます!」
「えっ、いいんすか? ありがとうございます!」
「喜ぶのはまだ早いです。……いいですか、シュタルクさん。私のモットーは『冒険者に冒険をさせないこと』。そして担当アドバイザーとして、私はあなたを絶対に死なせません!」
エイナはカウンターを乗り越えてきそうな勢いで、シュタルクの腕をガシッと掴んだ。
「ステータス0、知識なし、おまけにその重そうな斧に振り回されそうな危なっかしい新人……。こんなの、放っておけるはずがないでしょう! あなたみたいな子が一番、ダンジョンで真っ先に命を落とすんです!」
「えっ、えっ! 俺、師匠の修行で、岩とか山とか……」
「岩や山は襲ってこないし、逃げもしません! でも魔物は違います! あなた、今すぐダンジョンに行こうとしてましたね? 不許可です。却下です。論外です!」
エイナはシュタルクを引きずるようにして、ギルドの奥にある講習室へと連行した。
「……待ってください! せめて数分だけでも……!」
「数秒もダメです! これから『特別新人講習』を受けてもらいます。魔物の生態、撤退のタイミング……私が知識をすべてあなたに叩き込みます。これが終わるまで、一歩もギルドから出しませんからね!」
(……うわぁ、エイナさんの「お節介」が始まった! 嬉しいけど、これ、いつになったら終わるんだ……!?)
そこから、シュタルクにとっての「地獄」が始まった。
エイナの講習は徹底していた。分厚い教本を広げ、ゴブリンの急所から、薬草の見分け方まで、容赦なく情報を叩き込んでくる。
「シュタルクさん、聞いてますか!? 冒険者はね、腕力だけじゃ生き残れないの! 知識こそが最強の鎧なんです!」
「は、はい! すみません……!」
(……エイナさん、怖い。師匠の修行は肉体的に死にかけたけど、エイナさんの講習は頭がパンクして死にそうだ……。でも、俺のことを本気で心配してくれてるんだな……)
結局、講習が終わった頃には、日はすっかり高く昇っていた。
「……ふぅ。これで最低限の基礎は終わりです。いいですか、シュタルクさん。担当アドバイザーとしての最初の命令です。明日は1階層で、ゴブリン一匹倒したらすぐに帰ってくること。無理は絶対にしない。いいですね?」
「はい! 約束します! ありがとうございました!」
解放されたシュタルクは、逃げるようにダンジョンへと駆け出した。
エイナは、その背中を見送りながら、胸のざわつきを抑えられなかった。
「……あんなに良い子なのに、どうしてあんな使いこなせそうにない大きな武器を持つのかな……。どうか、無事で帰ってきてね、シュタルクさん」
彼女はまだ知らない。
その「危なっかしい新人」が、明日には彼女が教えた「魔物の弱点」など一切無視して、ゴブリンを殴り殺してくることを。