・クリア後設定/ネタバレあり
・外伝小説の内容は含まれていません
・原作設定を踏まえた独自解釈・捏造表現あり
・シリアス寄り、心理描写重視
・明るくて楽しいおっさん像を求めている方はご注意ください
誹謗中傷・転載は禁止。転載はご遠慮ください
1
「何だ、この状況……」
今日の帝都ザーフィアスは、雲一つない空だった。部屋には穏やかな光が差し込んでいる。気持ちのいい朝だ。それなのに、ユーリの目の前では男が二人、今にも殴り合いそうな様子で立っている。
一人は紫色の羽織を着込んだ、胡散臭さを具現化したような男、レイヴン。もう一人は橙色の隊服を着込んだ、騎士たるものを具現化したような男、シュヴァーン・オルトレイン。二人は互いに睨み合って言い争いをしていた。
「何その『世界中の不幸を一身に背負ってますぅ。』みたいな顔。気に入らないんですけど」
「貴様こそ、その軽薄な薄っぺらい笑みは何だ。中身のない言動を止めろ」
もう一度言う。何だ、この状況。隣の部屋が朝っぱらから騒がしいと思って入ってみたら、同じ顔をした男たちが、声を張り上げていた。
何がどうしてこうなった?わけがわからないが、ゆっくり深呼吸をしてから声をかけてみる。
「あー、おっさんたち?とりあえず落ち着け。ケンカすんな」
「「青年」」
ユーリが宿の客室に入って来たことに今気付いたらしく、二人が同時にこちらへと顔を向けた。いつもなら気配に人一倍敏感なこの男(たち?)がオレに気付いていなかったのは、かなり混乱しているということだ。
備え付けの水差しから水を注ぎ、コップを二つ差し出す。
「ほれ、座れ」
ベッドの端に座った二人に、なるべく落ち着いた声色で尋ねてみる。
「念のため聞くけど、『レイヴン』に『シュヴァーン』だよ…な?」
「そうよ」
「……そうだ」
同時にため息を零しながら二人は頷いた。
「んで、何があったんだ?」
「分からない」
「目が覚めたらこうなってたのよ」
大袈裟に頭を抱えたレイヴン。無表情なシュヴァーンも、どこか不安そうに見えた。
「まいったな、こりゃ……」
本人にも分からないなら、オレにはどうしようもない。困った。
「はぁ……。とりあえずリタを呼んで来るか……」
こうなったら、困った時のリタ頼みだ。確か、昨日からエステルに会いにザーフィアスまで来ていたはず。すぐにどうにかなるといいな、と思いながらも、オレは嫌な予感を感じていた。
*
「……心臓魔導器には異常ないわ。数値も安定しているし。この子達に問題はない」
難しい顔をしてパネルを操作していたリタがそう呟いた。
「レイヴン、シュヴァーン、体調は大丈夫です?」
リタと一緒に来たエステルに尋ねられた二人は、「問題ない、むしろ調子がいいくらいだ」と答えている。朝の見回りから戻って来たラピードは、二人の匂いを嗅ぎ比べながら不思議そうに尻尾を振っていた。
リタが腰に手を当て、睨むようにしながら言った。
「あーもう!!何なのよ一体!!ユーリとおっさん!あんたたち、昨夜は一緒に行動してたんでしょ?何か普段と違ったことはなかった?思い出しなさいよ!!」
リタに怒鳴られながら、オレは昨日のことを思い出してみる。
2
ザーフィアス周辺での依頼が終わったのは昼過ぎだった。
数日は依頼もないからのんびりしようということになり、カロルとジュディスと別れる。ラピードも帝都内の犬ネコのボスとして見回りに行った。
「フレンのところにでも行くか」
一人になったオレは、いつものように窓から、城の騎士団長用の豪華な執務室にお邪魔する。
これまた、いつものようにフレンからの小言をオレは受け流し、備え付けのソファに座った。
お互いの近況報告という名の雑談をしていると、途中からおっさんの話になる。
「そういやおっさん、今日ザーフィアスにいるのか?」
「いるよ。昨日まで混成部隊での遠征に出ていて、今日は報告書だらけで執務室に朝からこもっていらっしゃる」
「あいつ、やっぱり無理してんのか」
おっさんは騎士団とギルドの二重生活をまだ続けてるはずだ。根が真面目だから、どっちも手ぇ抜いてないだろうし。
フレンが深いため息をついて続ける。
「隊長は『自分がやらないと』って思われているみたいで……。気づいたら、僕の分まで書類が片付いているんだ。団長として僕が未熟なせいで……」
「団長ってのも苦労が多いな。目の敵にしてくる連中もいるだろうし」
フレンもおっさんも平民出身だ。オレも騎士団にいた頃は色々やられたな。ある意味懐かしい。
それにしても、おっさんの場合はオレよりもっと複雑だ。
「その上おっさんには、本人が一番嫌がってる、十年前の人魔戦争での『英雄』なんて肩書までついて回るしな」
困ったようにうなづくフレン。
「うん、そうなんだ。それにシュヴァーン隊長の能力が規格外なだけに、嫉妬する者たちも多いから」
前に、半日で膨大な書類を片付けてしまうとフレンが言っていたな。
「事務仕事の他に前線で戦闘までこなすしな。レイヴンは弓、シュヴァーンは剣だが誰も敵わねぇよ。しかもあのおっさん誰よりも冷静に戦場を見てやがる」
実際、旅の途中で適切なフォローに何度助けられたか分からねぇな。
フレンは目を伏せながら続けた。
「でも、隊長はそのすべてを『誰でもできることだ』と否定してしまう。あの英雄の称号は、前団長のプロパガンダの結果だって、隊長自身が一番苦しんでいるから。能力は本物なのに……」
「相変わらずだなぁ、あいつ自分じゃ大したことねぇって思ってるんだよな」
周りからしたらおっさんは欠かせない存在なんだがな。本人がそれに気付いていねぇ。
顔を上げてフレンがうなづいた。
「ギルドユニオンでも同じ感じらしくて……。ハリーも困っている様子で」
「世界の二大勢力が揃って『おっさんを休ませたい』で悩んでんの、ちょっと笑えねぇな」
二人で思わず苦笑いを浮かべる。
「でも、本当に……休んでほしいんだ。心臓魔導器のこともあるし。無茶ばかりされていて」
これはすぐにでもどうにかしたほうがいいな。相変わらず手のかかるおっさんだ。
「じゃあ、たった今からおっさん休みな」
ニヤリと笑って見せると、
「……頼んだよ。僕では聞きいれて下さらないから」
拳を握りしめてフレンは俯いてしまう。
「お前はおっさんに遠慮し過ぎなんだよ。あれは中身はダメなおっさんなんだから、気にせずガンガンいけばいいんだ」
「遠慮……もあるのかも知れないけど、シュヴァーン隊長にとって僕は守る対象なんだと思う」
「隊長首席が騎士団長さまを守るのは、当たり前のことなんじゃねぇの?」
「御本人にもそう言われたよ。でも僕だってあの方を守りたいんだ。仲間なんだから」
悔しいよ、とフレンが真っ直ぐな瞳で言う。
あの時の旅でできた仲間たちは、強い絆で結ばれている。日常に戻り、別々に行動していてもその絆は消えることはない。『お互いに』大切な存在だ。
この先も生きると決めて、以前よりは前向きになっているようだ。それでも、おっさんは自分の存在価値を、低く見ている節がある。
おっさんが道具として扱われた10年。その長過ぎる時間を癒すには、まだまだ時間がかかるのかもしれないな。
「いい加減、自分がどれだけ大事にされてるか気付けってんだ。……まぁ、焦らず行くしかねぇのか」
*
フレンのところを退室して、殺風景なシュヴァーンの執務室に窓から飛び込む。
「青年。そこは出入り口ではないと何度言ったら分かるんだ」
『レイヴン』より低いトーンで抑揚のない声。橙色の隊服に肩まで伸びた墨色の髪。相変わらずの無表情。
だがあの暗い神殿の時の瞳(パティが言うところの、死んだ魚にも失礼な目)とは違い、意思を感じる碧い瞳がこちらを見据えていた。
「おい、おっさん!いつもの胡散臭い格好に着替えろ。今から出かけるぞ!」
「なんだ突然。まだ仕事が終わっていない」
「いいから来るんだよ。団長命令だ」
そう言って、フレンに書いてもらった命令書を片手でひらひらさせる。
しかし……だの、仕事が……だの言うシュヴァーンを無理矢理クローゼットの前まで連れていき、「オレにひん剥かれたくなかったら大人しく着替えろ!」と脅してやる。すると、渋々着替え出したので、執務室に戻りソファに座って待った。
「何なのよ、もう?ちゃんと説明してよね」
着替えが終わって寝室から出てきたのは、紫の羽織に桃色のシャツを着て髪を結いあげた、胡散臭さ満点のギルドの風来坊。
「着いたら説明してやるよ。とにかく行くぞ」
*
「……と言う訳で、フレンもハリーも、おっさんがぶっ倒れるんじゃないかと心配しているってことだ」
市民街のスイーツの品揃えがいい飲み屋に引っ張って行く。奮発して個室にしたので、落ちついて話ができるだろう。 とりあえずレイヴンには酒を、自分には蜜蜜ザッハトルテを注文してから状況を説明した。
「心配しなくても、おっさんはだいじょーぶよ」
唇を尖らせて拗ねたように言う。
「そんな顔しても、おっさんじゃキモいだけだぞ」
「青年ひどい、おっさん傷つくわよ」
いつものように軽口を交わしながら、改めてレイヴンを観察する。目の下の隈がくっきりと分かる。よく見ると少し痩せたような気もする。
「おっさんの体調に関する大丈夫は、信用できないからな」
「えぇー、そんなに俺様信用ない?」
「胸に手を当てて良く考えてみな」
あの旅の中でも、この男は心臓魔導器の不調や軽い怪我などを、皆に隠していることが度々あった。心配かけたくないだの、迷惑がかかるだのと考えていた様だが、悪化して突然ぶっ倒れたことが何回かある。
その度にカロルは泣き、エステルは治癒術をかけまくり、リタは怒り、パティは呆れ、ラピードは尻尾で叩き、ジュディは怖い笑みを浮かべ、フレンは拳を握りしめていた。
今回もまた、一人で全部背負い込むつもりかよ、こいつは。
レイヴンを見ると、心当たりがあるのか、本当に胸に手を当てて目を泳がせている。自覚ができただけマシか。
「せっかくもらった休みなんだ。開き直って潰れるまで飲んじまえ。介抱してやるよ」
「あら、青年カッコイイこと」
じゃあ、と諦めが付いたのか、追加注文をし始めた。
「おう、どんどん頼め」
*
「おっさんはね〜、わこうどたちの〜、やくにたちたいのよ~」
すっかりでき上がったレイヴンの肩を支えながら、暗い夜道を通り下町の宿『箒星』へと向かう。潰れるつもりで飲んだとはいえ、この男がここまで酔うのも珍しい。やはり疲れが溜まっていたのだろう。
「フレンちゃんも〜、ハリーも〜、いまがいちばん〜、たいへんだから〜」
「呂律が回ってないぞ、おっさん」
「あ〜、からだが二つほしい〜。そしたらもっと〜、いっぱい〜、はたらけるのに〜」
どこまで仕事中毒なんだ、このおっさんは。
「そこの道行くお兄さん達」
突然声をかけられて振り向くと、フードを被った露天商の男がいた。
「願いが叶う鏡は要らんかね」
明らかに怪しい。こんな時間にこんな場所で露天商をやっていることもだが、願いが叶う鏡など詐欺に決まっている。無視して通り過ぎようとしたが、
「いる〜。おれさまかう〜。二人にしてもらう〜」
「おい、やめとけって」
「ヤダ〜、ほしい〜」
駄々をこね始めた。ホントに35歳か、この酔っ払いは。
「はぁ、仕方ないな」
値札を見れば、その小さな鏡はそれ程高い金額でもない様だし、買ってやることにした。
「ほれ、懐に入れとけ。行くぞ」
「あんがと〜。せいねんすてき〜」
へにゃへにゃ笑うおっさんを支え直して、改めて宿へと向かった。
『箒星』に着いたあとは女将さんにお願いして、空いている客室のベッドに酔っ払いを放り込んだ。そうして、自分も隣の下宿先の部屋で寝床に着いたのだった。
3
「で、朝起きたらこうなっていた訳だ」
ある程度は端折ったが、大まかな流れを話した。おっさんたちは飲んだ後の記憶がないのか、部屋の隅にて同じ仕草で首を傾げている。
「アンタね、明らかにその鏡とやらが原因でしょ!何ですぐに思い出せないのよ!バカなの?」
リタが呆れた顔で詰め寄って来る。
「いや、だって詐欺だろあれ」
「でも関係ありそうでしょ!その鏡はどこよ!」
「これでしょうか?部屋の隅に何か落ちていますね」
エステルが拾おうとするのを、リタが止めた。
「むやみに触っちゃダメよ!何が起きるか分からないんだから」
「あっ、そうですね。ありがとうございます、リタ」
「べ、別に!これ以上ややこしいことになったら困るだけだし!」
笑顔のエステルと顔を赤くしたリタの、いつもと同じやり取りに、少しだけ気持ちが和む。なるべく落ち着いた行動を心掛けていたが、やっぱり自分もこの異様な状況に不安を覚えていたんだな。
「間違いない、見覚えがある。……鏡面がないじゃねぇか。枠だけか?」
「見た感じ魔導器ではなさそう。ただの金属製の枠だわ」
床に落ちていたのは、円形で銀色の金属だった。触ってもいいかと、リタに確認してから手に取る。表面には何かがはめ込まれていた跡があるが、今は何も入っていない。
「……相当古い物だわ、これ。遺跡から発掘された筐体の金属部分に似ている。今の技術では加工できない物よ」
「エヴァライトみたいなものか」
「あれは加工方法が伝えられていたけど、これは何の鉱物でできているのかすら伝わっていないわ」
もしかしなくても、すごく貴重な物だったのか?あんな所で売っていたのに。
「古代ゲライオス文明の時代に作られた物だろうけど、今の時点じゃそれしか分からないわ……」
力無くリタが言うと、部屋の空気が重くなったように感じた。
すると、それまで黙っていたレイヴンが、いつもみたいな胡散臭い声と仕草で喋り出した。
「いや〜、その鏡?ってば俺様のお願いを叶えてくれちゃったわけね。すごいじゃないの。これでおっさんの魅力も2倍になって、ますますファンが増えて困っちゃう。実はリタっちも既に俺様たちにメロメロなんじゃないの〜?」
「そんな訳あるか!バカなんじゃないの!」
「体調は悪くない。仕事に支障が出なければ問題はないだろう」
続けてシュヴァーンが淡々と言うと、リタがキレて詠唱を始めた。精霊術の研究は順調に進んでいるようで何よりだ。
「揺らめく焔、猛追!ファイアボール!!」
「「ぐはぁ!!」」
火の玉で黒こげにされるダメなおっさん二人。慌ててエステルが治癒術をかけている。できれば室内で攻撃術は止めて欲しいな。『箒星』の女将さんに怒られるのはオレなんだぞ。
「問題大有りでしょうが!!」
部屋に広がっていた重たい空気はどこへやら。リタの怒号とエステルの落ち着いた声が反響する。さっきまで落ち込んでいたリタの目が、やる気の光でみなぎるのがオレにも分かった。
「……ったく、『今の時点じゃ』って言ったでしょ!あたしを誰だと思っているの?絶対に原因を突き止めてみせるわ!!」
胸を張ってリタが宣言する。こうなった時のリタは頼もしい。オレの経験上、絶対に何とかしてくれる。
「それを売っていた商人を探すのは……、難しいか……。魔導器じゃないとすると……。そうよ!ナギーグ!!ジュディスよ!ジュディスはどこ?帝都に居るの?」
「あぁ!多分街外れのバウルの所だ!呼んで来るか?」
「お願い!それからエステル?精霊に何か分からないか聞いてみてくれる?」
「はい!分かりました!」
すると、おっさんたちが恐る恐るといった様子で手を挙げて発言したのが見えた。
「俺様たちにできることある?」
「ないわ。黙って大人しくしてなさい」
「「……はい」」
リタに言われて、同じ姿勢でしょんぼりしたおっさんたちを横目に、仲間たちが動き出す。ラピードは二人の監視役を買って出てくれたようだ。側に近寄り、珍しく撫でられているのが見えた。
オレはジュディの所へ行くために、急いで宿から飛び出して行く。解決の糸口が見えてきて、足取りは自然と軽くなった。
*
バウルの所にいたジュディと、彼女を迎えに行く途中で見つけた、買い物中のカロルを連れて急いで宿に戻る。道すがら簡単に状況を説明したが、あまり信じてもらえなかった気がした。
みんなと合流し実際に目にしても、カロルは、「あれ?これって夢?どこから夢なの?」と現実逃避していた。まぁそうなるのも分かる。あのジュディまで、ちょっと笑顔が引きつっているのが見えた。
ちなみにいつの間にか部屋にパティもいて、「うちの旦那のユーリが困っている気がしたのじゃ!」と、オレの顔を見るなり抱きついて来た。すぐにベリッと引きはがす。それにしても相変わらず神出鬼没な奴だ。
みんなが集まったところで、とっくに昼を過ぎていたため、一度飯にしようということになった。人数もいるので『箒星』の食堂と調理場を借りることに。すると、いつもは嫌がるレイヴンが珍しく自分から料理担当を引き受けてくれた。無言でシュヴァーンも調理場に向かっているのが見えた。
二人が、「せめてこれくらいはやらせて欲しい」というので、みんなここぞとばかりに好物を頼んでいた。オレはもちろんクレープを注文した。カロルもついでにプリンを頼んでいる。疲れた時は甘いものが1番だ。それにおっさんの作ったスイーツは格別だからな。甘いものが嫌いなのに、作るのはプロ級なんだから不思議なもんだ。
みんなの腹が一杯になったタイミングで、リタが話を切り出した。
「それじゃあ、ジュディス。これをナギーグで読み取ってみてくれる?」
リタから鏡の枠を渡されたジュディが、後頭部から生えた触手で軽くそれに触れた。目を閉じて集中している。
クリティア族にしかない、特殊な器官を使っている様子は、いつ見ても少し不思議だ。
どんな感覚なんだろう?前にジュディに聞いてみたら、言葉では上手く説明できないって言われたっけ。
……などと考えているうちに、終わったらしい。
「……これにはめ込まれていたのは聖核だわ。と言ってもほんの一部。薄く加工して鏡面として使われていたみたい。遥か昔に、神殿でご神体として祀られていたようね」
「魔核じゃないの?」
「ええ、カロル。術式が刻まれていた様子はないから聖核のままだわ」
その話を聞いて、なにかに納得したようにリタが大きく頷く。
「やっぱりそうなのね。エステル、精霊に聞いた話をしてくれる?」
「分かりました。ウンディーネが教えてくれたのは……」
エステルが精霊から聞いた話はこうだ。
「微かですが精霊が存在した気配が残っているそうです。自らをマナに変換し、心臓魔導器を通じて、レイヴンのマナと合わさったということです。その後、二人を再構築したと。鏡面はその時に全てマナに変換されたので、消滅したらしいです」
どういうことだろう?……さっぱり分からない。
「つまりこれはハルルの樹と同じ現象が、有機物だけでなく無機物にも起こるということで……。あの公式なら……。いや、あの論文に確か……。分解して再構築するには……」
「エステル、リタ!ちょっと待て。オレたちにも分かるように頼む」
ぶつぶつ言い始めたリタを一旦止める。オレもカロルも小難しい話は苦手だ。わけが分からん。
「よーするに、これはあれじゃの、おっさんが変な願い事をしたのが悪いのじゃ。身から出たサバというやつじゃな」
「パティ、サバじゃなくてサビだよ」
「そーとも言うのう」
パティのボケに律儀にツッコむカロル。人数が増えて一気に賑やかになったな。
「おじさまが自業自得なのはいつものことね」
「ジュディスちゃんひどい」
シュヴァーンもなにか言いたそうな顔をしているが、とりあえず無視する。話が進まない。
「リタ、説明を頼む」
「仕方ないわね。まず、原因はこの鏡で間違いないわ。聖核とそれに宿っていた精霊のマナが、おっさんの生命力と合わさって二人に分裂したのよ」
原因はなんとなく分かった気がする。問題はこの後だな。
「どうやったら元に戻るんだ?」
「そうね、今の状態はかなり不安定なの。だから必ず元に戻ろうとする力が働くわ。この位の大きさの聖核なら、いくら精霊でもマナの量は大したことないし、もって一ヶ月ってところよ」
一ヶ月か。けっこう長いな。
「じゃあ、特にオレたちができることはないのか?」
「切っ掛けになったおっさんの願いが叶えば、もしかしたら早く戻れるかも知れないわ。もちろんあたしもマナの分解と再構築について研究してみる」
おっさんの願い。「役に立ちたい。仕事をもっとしたい」だったか。
「……では仕事に戻ればいいのだな。オレは騎士団で」
「俺様はギルドで仕事すればいいわけね」
おっさんたちはめちゃくちゃ嬉しそうなんだが。オレたちがどれだけ心配していると思っているんだ。
役になんて立たなくても、おっさんがおっさんらしく生きていれば、それだけでみんな嬉しいのに。身体を壊してまで仕事をされたら、そっちの方がみんな悲しむ。
なんだかイラついて、おっさん二人を睨みつけてしまった。
そういえば元々おっさんに休暇を取らせるのが目的だった筈なのに、結局仕事させるのかよ。体調の方は大丈夫なのか?これじゃ本末転倒じゃねえか。
「別々に行動したらダメよ。いつ元に戻ろうとするのか分からないんだから、一緒に行動しなさい」
「「イヤだ」」
リタの言葉におっさんたちがお互いを指差しながら騒ぎ出した。
「この鉄面皮と一緒なんて、息が詰まって窒息するわよ」
「この鬱陶しい奴がいると、仕事にならん」
「同族嫌悪、いやこの場合は自己嫌悪かの」
睨み合う二人を見て、パティが呆れた様子で呟いたのが聞こえた。
「レイヴン、シュヴァーン。」
「……嬢ちゃん」
「……エステリーゼ様」
「みんなあなたたちを心配しているんです。どうかリタの言うことを聞いてくれませんか?」
エステルが胸の前で手を組んで、上目遣いにそう言うと、二人は大人しくなった。誰も彼女のお願いには勝てないな。おっさんは特にエステルに弱いし。
「よし!決まりだな。おっさんたちは、仕事しててもなるべく近くにいること。それと、何が起こるか分からないから、オレたちのうちの誰かが常に側にいるようにすること」
全員の顔を見ながらやるべきことを確認すると、みんな真剣な表情で頷いてくれている。
「早速明日から動くぞ。カロル先生、いっちょいつもの頼む」
「うん!ギルド凛々の明星、出動だ!!」
みんながカロルの掛け声に合わせて返事をする。なんだかあの旅の時みたいだ。この仲間たちがいれば何だってできる。オレは、お互いの強い信頼を感じた。
……ホントいい仲間だよな。なんだか胸がじわりと熱くなる。
だけど、おっさんの『願い』ってあんな仕事人間なだけのものなのか?もっと……なんかこう違う気がする。そのことだけが少し引っかかった。