薄明の空――仮面と願い   作:広瀬 りん

3 / 5
※注意書き
・クリア後設定/ネタバレあり
・外伝小説の内容は含まれていません
・原作設定を踏まえた独自解釈・捏造表現あり
・シリアス寄り、心理描写重視
・明るくて楽しいおっさん像を求めている方はご注意ください

誹謗中傷・転載は禁止。転載はご遠慮ください





5

 

 陽射しがとても温かい。この目を開ければ、どこまでも澄み渡る青空が見えるはずだ。吹き抜ける心地よい風がそれを教えてくれている。高いところを飛んでいるバウルからの景色はいつもとてもきれいだ。だけどレイヴンはなんだかまぶしくて、目を閉じたまま船室の屋根に寝転んでいた。

 

(ダングレストに戻るのも二ヶ月ぶりくらいね)

 

 普段レイヴンはだいたい二ヶ月置きにダングレストとザーフィアスを行ったり来たりしている。いつもは、バウルがいないので馬車と船を使っていた。そのため、それぞれの街での滞在期間はもう少し短い。

 

 バウルでの空の旅は快適だ。船室からは仲間たちの笑いあう声が聞こえてくる。鳥のさえずる声も実にのどかだった。のんびりしているうちに、あっという間に目的地に着くはず。

 

(なんか今回は長く感じたわ。あの街の騒がしさが懐かしい)

 

 ダングレストは彼にとって故郷のようなもの。あの黄昏の街でレイヴンという存在は『産まれた』のだから。ザーフィアスよりよっぽど居心地がいい。

 

(ハリーの顔が見たいなんて、俺様よっぽどだわ)

 

 レイヴンは苦笑を浮かべながら、この一週間ほどのことを思い出した。

 

 あの食事会の後は、特に面白い出来事もなく、淡々とした日常が過ぎていった。

 彼はシュヴァーンから離れられなかったせいで、飲みにも行けなかったのが少し不満だった。必ず近くに誰かが居たし、なんだかそれを振り切ってまで行く気力も沸かなかった。

 

「あ〜、めんどくさ」

 

 そうして一週間でやっと騎士団の仕事に一段落がつき、ダングレストへ戻れることになったのだった。

 

 ふと、レイヴンは雨の匂いが混じった風を感じた。

 

(そろそろ着くわね)

 

 すると、子供特有の軽い足音がトタトタと船室の階段を上がってきた。

 

(この気配はカロル君ね)

 

「レイヴン〜。どこ〜?」

「少年〜。ここよ〜」

 

 カロルが呼ぶ声に、レイヴンは立ち上がり大きく手を振った。

 

「レイヴン、こんなところにいたの?」

「風が気持ちいいわよ〜」

「そろそろトルビキア大陸だから、雨が降るかもよ。そんなところにいたら風邪ひくよ」

「俺様、水もしたたるいい男になっちゃう?」

 

 顎に手をやりドヤ顔を作る。するとカロルが呆れた顔で答えてきた。

 

「なに言ってんのさ。本当に風邪ひいても知らないんだからね!」

 

 そう言ってほっぺたをふくらませてから船室に戻っていった。

 

(からかい甲斐があるわね。ホント)

 

 レイヴンがなんとなく先を見ると、分厚い雨雲が広がっている。風も冷たくなってきた。

 

「さむっ」

 

 レイヴンは羽織の前を合わせて、少しだけ震えた。そして屋根からヒラリと飛び降りると船室へとゆっくり向かった。

 

 

 ギルドの街「ダングレスト」は、いつものように黄昏色に染まっている。この光景を見て、彼はようやく帰って来たことを実感した。

 茜色の空のせいで分かりづらいが、どうやらお昼どきだったようだ。広場の屋台では屈強なギルドの男たちが飯にがっついている。

 彼の鼻をスパイスの効いたいい匂いが刺激する。市場を行き交う人たちの喧騒も心地いい。

 

(やっぱ、これよね)

 

「おっ、レイヴンじゃねえか。帰って来たのか」

「ハリーがさみしがってたぜ」

 

 レイヴンは羽織をひらひらさせて、男たちにいつものように軽口で返す。

 

「男にさみしがられてもうれしくないっての。俺様、キレイなお姉さんに待ってて欲しいのよ〜」

「ははっ、相変わらずだな。元気で何よりだ」

 

 「んじゃ、またね〜」と手を振り、ひらひら、ふわふわと軽い足取りでギルドユニオン本部へと向かう。

 

「お、レイヴンの旦那!元気か?」

「元気、元気!」

 

 進むたびに次々と話しかけてくる人たちの一人ひとりへと、軽口を返しながら歩いて行く。すると、レイヴンの耳に自分を呼ぶ声が届いた。ずいぶん後ろからだ。いつの間にか大分離れてしまっていたみたいだった。

 

(ありゃ、やっちゃった)

 

 後ろを振り向いて待ちかまえる。

 

「レイヴン、待ってよ!」

「ほ〜ら、少年!おっさんを捕まえてごらんなさ〜い」

 

 レイヴンは、その場でくるくるとターンを決めて見せる。しかし、少しふらついてしまった。

 そこへカロルが抱きついてきた。しっかりと受けとめて頭をくしゃりとなでる。

 

「やめてよ〜」

 

 くすぐったがるカロルの柔らかい髪を堪能させてもらう。そのうち他のみんなも追いついてきた。

 

「レイヴン、あんまふらふらすんなよ」

「あいかわらず、クラゲみたいなおっさんなのじゃ」

「ワン、ワフン」

「………」

 

 ユーリ、パティ、ラピード。そして『シュヴァーン』は相変わらず無口で無愛想だけど、格好がいつもと違う。

 

(全身真っ黒。まるで烏みたいね。……白鳥《しろいほう》のくせに)

 

 シュヴァーンは黒い旅人風の衣装で変装していた。女性陣が大喜びで選んだらしい。ちょっとしたファッションショーだったそうで、彼は少しだけシュヴァーンをかわいそうに思った。

 何時間もかけて、結局は一番地味な服装を選んだみたいだ。だがそれよりも。

 

「……ひげまで整えるなんてハリキリ過ぎじゃな〜い?どったのよ?」

 

 レイヴンは、ついジト目でシュヴァーンを見てしまう。

 

「……女性の願いは無下にはできん。それに……」

「それに?」

「いや、何でもない」

「……まあ、そんなことどうでもいっか!さあ、さっさと行きましょ!」

 

 レイヴンはくるんと向きを変えると、またふわふわと歩き始めた。そのすぐ左横にラピードがついてくる。

 

「待ってよ、レイヴン!一緒に行こうよ!」

 

 そう言うので、レイヴンは少し歩調を緩めてカロルに合わせた。

 

「しょうがないわねぇ。少年ったらさみしがりやさんね。手、握ったげる」

「えぇ〜。いいよ、別に」

「ほら、遠慮しなさんな。パティちゃんもどう?」

「うちはユーリと手をつなぐのじゃ!」

 

 パティにすげなく断られたレイヴンはカロルの手を握る。それから、空いている手でなんとなく左胸をさすりながら改めて歩き出すのだった。

 

 

 ハリーはギルドユニオンの広い会議室で、巨大な椅子に腕を組んで陣取っていた。かつては偉大な首領、ドン・ホワイトホースが座っていたものだ。

 

(すっかり首領の貫禄ついてきたじゃないの。いいことだわ)

 

 レイヴンは一瞬だけ、まぶしいものを見たかのように微笑むが、すぐに大げさな仕草と共に口を開いた。

 

「たっだいま〜!レイヴン様、参上よ!久々の再会に心いっぱい胸がどきどき?」

「……おう、帰って来たか」

「ハリーったら俺様いなくてさみしかったっしょ」

「いや、全然」

「俺様、ショック〜」

 

 レイヴンはしょぼんと肩を落としてみせる。それを見てハリーは呆れたようなため息をつくと、ユーリに話しかけた。

 

「フレンからの手紙で大体のことは知っているが……」

「ああ、そっちがレイヴンでこっちがシュヴァーン」

「……本当に二人になってやがる。わけわかんねぇ」

 

 無視されていたレイヴンが顔を上げると、ハリーが二人のことを苦虫を噛み潰した顔で見比べていた。特にシュヴァーンの方をジロジロと見ているようだ。

 

「……レイヴン、お前がここに来たばかりのことを思い出したぜ。ガキだったからよく覚えていないが、死んだ目をして陰気な感じだったな。いつの間にかへらへらと胡散臭くなってたが」

「そうだったっけ〜?」

 

 ハリーが目を細めて、どこか懐かしむような視線をこちらに向けてくる。

 

「ああ、ドンがお前を連れてきたばかりの頃だ。……どこかチグハグなやつだとも思ったんだ。上手く言葉にゃできねぇが」

「……へぇ」

 

(子どもってするどいわね。だって『レイヴン』、作りたてだったもの)

 

 その時、ハリーがハッと息を呑んだ様子で身体を前のめりにした。ギシッと椅子の軋む音が響く。

 

「お前、その目……」

 

 そう言いかけてから、こちらをにらみつけてきた。レイヴンはそれを見つめ返したまま、へらっと笑う。

 

「なあに?ハリーったらそんなに見つめちゃって〜。やっぱり俺様がいなくてさみしかったのねぇ。添い寝してあげるわよ〜?」

「バ、バカやろう!てめえ帰って来たならトットと仕事しやがれ!」

「はいよ〜」

 

 ハリーに手でシッシとされたので、レイヴンはひらひらと手を振り返してから、みんなを促して会議室を後にした。

 

 

 会議室の外はだだっ広いロビーになっていて、色んなギルドの人間たちの声が行き交っている。ユニオンへの加入申請からトラブル解決まで、様々な理由で本部を訪れる人は多い。

 あっちでは白熱した交渉の声。そっちではケンカ寸前の言い争いの声がしていて、実に賑やかだ。

 

 ドンを失ってからはギルド同士が支え合うことでユニオンは運営されている。

 一時期はドンの跡目について揉めたりもしたが、その孫であるハリーを中心に上手くまとまってきていた。

 

(ハリーたち、ホントよくやってくれてるわ)

 

 ふと、ロビーの真ん中辺りで困ったようにオロオロしている男と目が合った。その男が慌ててこちらに駆け寄ってくる。

 

「レ、レイヴンさん!ちょうどいいところに!」

「あら、天を射る矢《うち》の若い衆じゃないの。どったの?」

 

 レイヴンは頭の後ろで手を組みながら、落ち着いて答える。

 

「酒場で揉め事です!」

「酔っぱらい同士のケンカなんてほっときなさいよ」

「いや、それがマスターに絡んだ奴らがいて」

「マスターに?」

「……ユニオンなんかもういらねぇ。依頼の紹介もやめろって言って詰め寄っていて」

「あらま」

 

 レイヴンはちょっと考えてから、近くで様子をうかがっていたユーリたちに話しかけた。

 

「俺様、行ってくるわ。いい?」

「もちろん俺たちも行くぜ」

「荒事になるかもだから、カロル君とパティちゃんは……」

「ぼくたちも行くよ!人数が多い方が良いでしょ?ね、パティ」

「そうなのじゃ!」

 

 彼は子どもたちの真剣な表情に、頼もしさを感じた。

 

「まっ、そうならないようにおっさん頑張るわ。レイヴン様の腕前をよ〜く見ておきなさいな!」

 

 レイヴンはムン、と力こぶを作ってみせ、ドヤ顔を決める。そこにシュヴァーンが淡々と話しかけた。

 

「早く行くべきではないのか?」

「分かってるっての!ノリ悪いんだから、もう」

 

 若い衆に向き直って必要なことを確認する。

 

「一応、ハリーにもこのこと伝えといて。酒場って『天を射る重星』よね?」

「はい!お願いします!」

 

 レイヴンは安心した顔の若い衆に、「行ってくるわね」とひと言かけてから酒場へと向かった。

 

 

 『天を射る重星』のカウンター前で傭兵ギルドらしき数人の男たちが、一人の男性を取り囲んで大声で喚き散らしていた。周りの客たちはそれをこわごわと遠巻きに見ている。退店した客たちもいたのか、夕方近いのにいつもより人は少なかった。

 

「だから言ってるんだろうが!!」

「聞いてんのか!こら!」

 

 取り囲まれている男性こと酒場のマスターはただ静かに耐えていた。

 

(さすがプロ。あんなんでも客扱いなのね)

 

「みんなはここにいて。危ないって思ったら頼むわ」

 

 レイヴンはそう言って騒ぎの中心へゆっくりと近づいて行き、パンッと手を打ち鳴らした。

 

「は〜い、みなさ〜ん。大きな声だしてどうしちゃったの〜?」

 

 ピリピリした空気にそぐわない明るい声が響く。その場にいる全員の視線がレイヴンに集まった。

 

「あ?なんだてめえ」

「関係ない奴は引っ込んでろ!」

「や〜ねぇ、さみしいこと言わないでよ〜。俺様にも聞かせてちょ〜だい」

 

 レイヴンはへらへらしながら男たちの様子を観察する。

 

(リーダーは……奥にいるあいつね。後は取り巻きって感じ)

 

 そのリーダーらしき背の高い男へ取り巻きその1が耳打ちしているのが見えた。

 

「へぇ、あんたがあの天を射る矢の『レイヴン』か」

 

 男がこちらをジロジロ見ながら前に出てきた。なんだかニヤニヤしている。

 

「あ〜ら、俺様有名人ね」

「そりゃあな。帝国のスパイさんよ!」

「よくご存じで。あ、でも元よも・と」

 

 レイヴンはウインクしながら男の言葉に返す。そのとたん、周囲のざわめきがレイヴンの背中に降りかかる。別に隠しているわけではなかったが、言いふらすことでもないため知らない人間も多い。

 

「てめえみたいのが未だにのさばっているユニオンなんか信用できるか」

「そうだ、そうだ!」

「首領、言ってやれ!」

 

 リーダーの男が、勢いづいたのか演説でもするように話し始めた。

 

「ドン・ホワイトホースの最後の言葉を覚えているだろう?『これからはてめえの足で歩きやがれ!』だ。だからオレたちは自分の足で歩かなきゃならないんだ!これからはユニオンなんざ不要だ!」

 

(本当にそう思うんだったら、こんなとこでくだ巻いてないでユニオンに直接抗議しなさいよね)

 

 取り巻きたちの拍手に気をよくした男は、こぶしを振り上げてさらに続ける。

 

「依頼の紹介なんぞいらん!自分たちで依頼も取れないような軟弱なギルドなんて知るか!強いギルドだけ残ればいい!」

「いいぞ、首領!」

「カッコいい!」

 

 客たちの中にも、頷いている人がチラホラ見えた。

 でも、とレイヴンが言い返す。

 

「分かったけど、マスターは離してあげてよ。彼だって仕事でやってるだけなんだからさ〜。ね、お願い」

「ふん、誰がてめえの言うことなんざ聞くかよ」

 

 レイヴンが手を合わせてお願いするのを見て、男は鼻で笑う。そして、カウンターに置いてあったジョッキを手に取り、レイヴンの頭からかける。

 

「レイヴン!」

「おっさん!」

 

 瞬間、空気が凍りつき、痛いほどの静寂の中で仲間たちの声だけが聞こえた。

 

 その時、レイヴンはなんでもないようにへらりと笑う。

 

「俺様、一度浴びるほどお酒飲んでみたかったのよね〜。夢が叶ったわ〜。あんがとさん」

 

 男はそれを聞いてポカンとした顔をした後、バカにしたような笑みを浮かべた。

 

「ハッ、情けねえ奴だな。まあいい、興が削がれた。おい、お前ら行くぞ!」

 

 男たちが軽蔑したような視線をこちらに向けてから、立ち去って行った。

 

「マスター大丈夫?ケガしてない?」

「っ、私は大丈夫です。ありがとうございました」

「お客さんたちも、びっくりさせてごめんね〜。今日は天を射る矢が全部おごるわよ。ゆっくりしていって〜」

 

 レイヴンはそう言うと、道化のように大げさに頭を下げる。ほっとしたらしい客たちはまるでショーを見終わったかのように、歓声をあげて拍手をした。

 

 レイヴンは頭をゆっくり上げてから考え始める。

 

(いくつかマスターに確認しておかなくちゃだわ)

 

「ねぇ、マスター?こういうことって良くあるの?」

「あ、いえ。酔って騒ぎだすことはありましたが、絡まれたのは初めてです。……あの」

「分かったわ。しばらくの間は天を射る矢から護衛を出すようにするから。何かあったら遠慮なく……」

 

 マスターと話していたら、レイヴンは首根っこをガシッとつかまれた。そのまま外へ連れて行かれそうになる。

 

「ちょ、待ってユーリ!?急にどったのよ?まだ話し中……」

「着替えに行くんだよ。……レイヴン、今の自分の状態、分かってんのか?」

 

 レイヴンはそう言われて、初めて身体を眺めた。髪も服もビチョビチョ。自覚したらなんだか寒くなってきた。

 

「あー、この服お気に入りなのに……」

「そこじゃねぇだろが」

「……クシュン!」

「ほれみろ。早く行くぞ」

 

 レイヴンは首根っこをつかまれたまま、引きずられるようにして酒場を後にした。

 

 

 レイヴンたちはなるべく目立たないように、ギルドユニオン本部へ戻って来た。

 入り口近くにいた天を射る矢のメンバーに、ハリーへの伝言を頼んでから急いでレイヴンの自室へと向かう。

 

「悪いけど、みんなここで待っててちょうだいね」

 

 レイヴンは部屋の扉の前でそう言うと、中へと入っていった。

 

「シャワーは……待たせるし、後でいいかしら」

 

 着替えの服を持って洗面所へ行く。まずは羽織を脱ぎ、洗濯カゴへ入れた。ベルトと短刀を外し、髪紐を解いてなんとなく洗面台の鏡を見た。

 

(あ…シュヴァーンがいる)

 

 虚ろな目で、表情を作らずに髪を下ろした姿はあいつそのもの。彼は理由の分からない違和感を感じた。

 

(……当たり前なのに。変なの)

 

 レイヴンは髪をぐしゃぐしゃとしてから、濡れた服を頭から脱いだ。その途端、胸に何かが詰まったようになり息ができなくなる。

 慌てて息を吸おうとするが、上手くいかない。思わず胸を抑え、壁に手をついて浅い呼吸を何度かくり返す。数秒動けなかったが最後に深呼吸をしてなんとか息を整えた。

 

(……冷えたせいかな、きっと)

 

 レイヴンはタオルを取って頭をガシガシと拭く。身体も拭いてから、椅子に座って着替えの続きを始めた。

 

「よし、レイヴン様完成っと」

 

 着替えが終わり、勢いよく椅子から立ち上がった時、視界が一瞬揺れた。ぽすん、ともう一度椅子に座ってしまう。

 

(立ちくらみかしら?俺様も年ねぇ)

 

 今度はゆっくりと立ち上がり、ひとつ伸びをしてから部屋を出た。

 

「おっ待たせ〜。ますます良い男になったっしょ?どうよ、どうよ!」

 

 レイヴンは腰に手を当てて胸を張ってみせる。

 

「レイヴン、なんかまだお酒臭いよ?」

「ごめんね、少年。もう少し我慢しててくれる?」

「おっさんはいつでも酒臭いだろ」

「青年、ひどい。いつもはないわ。たまによ、たまに」

 

 軽口を叩いていたら、足元にラピードが近寄ってきた。

 

「あら、わんこも匂いが気になるの?」

「……グルルー、ワンワン!」

「そっかあ、ごめんね〜」

 

 レイヴンはラピードをなでようとしゃがみ込んだが、スルッと逃げられてしまった。

 

「レイヴン、この後はどうするんだ?」

 

 ユーリに聞かれ、ちょっと考えてから答える。

 

「う〜ん、今日はもう遅いしハリーへの詳しい報告は明日にするわ。宿に行きましょ」

「お、それはいいのじゃ!今日の夕飯はジュディ姐が厨房を借りて作ってくれるのじゃ!楽しみじゃのう!」

「え、ホント?おっさんめっちゃ嬉しい!」

 

 レイヴンはパティとハイタッチして喜び合う。二人ではしゃいでいると、視界にシュヴァーンの姿が入った。腕を組んで、黙ってこちらに顔を向けている。なんだか雰囲気が怖い。

 

(今の会話のどこに怒るところがあったのかしら?)

 

 彼は心の中で首をひねった。あいつの考えていることが分からない。

 

「おっさん、どうしたのじゃ?」

「なんでもないわよ〜。夕飯楽しみね!さっ、早く行きましょうよ!」

 

 気を取り直したレイヴンは、パティと今晩のメニューについて話し合いながら宿へと向かって行った。

 

 

 宿屋『アルクトゥルス』では、すでにジュディスが食事の用意を済ませて、みんなを待っていた。美味しそうな料理が色々と並べられて彩り豊かだ。

 

「ふふっ、おじさまたちの好きなサバみそもあるわよ」

「わ〜い!ジュディスちゃん、大好き!愛してる!」

 

 レイヴンは投げキッスをしたが、ジュディスに笑顔でスルーされた。

 

「サバみそかぁ……。レイヴンたち大変だし、仕方ないかぁ……」

「カロル、からあげポテトもあるわよ」

「えっ、ホント?ジュディスありがとう!」

 

 わいわいと話しながら、それぞれ好きな席へつく。珍しくラピードはユーリではなく、レイヴンの足元に座り込んだ。

 

「相棒の側にいなくていいの?」

「ワン!」

「じゃ、一緒に食べよっか」

 

「「「いただきま〜す」」」

 

 レイヴンは、お出汁のいい香りが立ち昇ってくるみそ汁に口をつける。

 

「さすが、ジュディ姐じゃ!おいしいのじゃ!」

「この角煮、いつ食べてもうめぇな」

「ありがとう。沢山あるからどんどん食べてね」

 

 続いて、サバみそを食べたレイヴンは少しだけ首を傾げた。

 

「……ジュディスちゃんの料理は優しい味がするわね」

「そうだな、家庭的な味がする」

 

 シュヴァーンは好物を食べることができたからか、どこか嬉しそうにしている。

 

「レイヴン、どうした?箸が進んでないぞ?」

「いや〜、ジュディスちゃんの料理に感動しちゃって」

 

 ユーリの言葉にレイヴンはそう言ってから、いつものペースで食べ始める。やがて、皿は全て空になった。

 

 

 翌日、レイヴンたちは朝一番にハリーへの報告を済ませる。護衛の件も了承してもらった。

 今日は溜まっている二ヶ月分の事務仕事をできるだけ片付ける予定だ。一日中、ユニオン本部の自室にこもることになるかも知れない。だが、シュヴァーンもいる事だし逆に都合が良い。

 

「そこら辺にあるもんどけて、適当に座ってちょうだい。あ、クッション使っていいわよ」

 

 床に本などが散らばっている部屋を見て、整頓好きのカロルが呆れたように言う。

 

「レイヴン、少しは片付けようよ……」

「どこに何があるか分かってるから良いのよ」

 

 レイヴンはカロルのジト目を軽く受け流し、事務机に向かおうとする。

 その時、部屋のドアが乱暴に叩かれた。

 

「おい!レイヴンいるか!!」

「ハリー?どうしたの!?」

 

 ドアを開けると慌てた様子のハリーが、天を射る矢のメンバー数人と一緒に部屋へとなだれ込んで来る。

 

「どうしたの?ハリー、落ちついて」

「魔物だ!!大量の魔物がこっちへ向かっていると報告があった!!」

「なんですって!!」

「レイヴン!出れるか?」

 

 一度だけ、腰に差した短剣を強く握りしめた。

 

「すぐ行く!」

 

 レイヴンは仲間たちを見回してからハリーへと頼む。

 

「正式に『凛々の明星』へも依頼を出して!!」

「分かった!カロル、受けてくれるか?」

「もちろん!夜空に輝く凛々の明星の名にかけて!!」

 

 

  レイヴンは途中でジュディスやギルドユニオンの部隊と合流し、街の外に出る。

 魔物の群れがダングレスト付近の平原を通り、こちらに向かってきているのが見えた。あまりの大群に土煙が立っている。

 

「『凛々の明星』は自由に戦ってね!フォローはこっちでするから!」

 

 仲間たちにそう告げてから、レイヴンはユニオンの部隊へと指示を飛ばす。

 

「ユニオンのみんなは前に出過ぎずに、前線をすり抜けて来た魔物を叩いてちょうだい!いくわよ!」

「「「おお―!!」」」

 

 レイヴンは変形弓を手に取り、矢をつがえた。飛んでいる鳥型の魔物を目掛けて撃つ。吸い込まれるように矢が頭に刺さる。魔物はそのまま落ちていった。

 

「ほらよっと」

 

 続けて矢を三本連続で放つ。こちらに向かって来た虫型の魔物の影が3つ、視界の端でほぼ同時に崩れ落ちる。

 レイヴンは飛んでいる魔物を中心に仕留めていった。

 するとイノシシ型の魔物が突進してきたので、弓を剣に変形させる。

 

「鬼さんこちらってね」

 

 突進をギリギリでかわす。背中に風圧を感じながら、その勢いのまま体を回転させ斬り伏せる。即座に弓に戻し、少し遠くにいるパティを狙っていた魔物に矢を放つ。

 パティがこちらを見て、小さく手を振ってきた。それに笑顔で手を振り返してから、再び弓を構える。

 レイヴンは次々と矢を撃ちながら、周囲を観察する。

 

(まだみんな余裕ね。でも、魔物の数が多い。体力勝負になるかも)

 

 無意識に心臓に手をやり、詠唱しようとして止める。

 

(これは切り札。今じゃない)

 

「地道にいきましょうかね」

 

 レイヴンは素早く矢をつがえて放つ。風を切る音と共に魔物の影がまた一つ地面に倒れ伏した。

 

 

 どのくらい時間が経ったのだろうか。当初より魔物の数は大分減った。大きなケガをした者はいないようだが、みんなに疲れが見えてきた。レイヴンは戦場にいる者たちへ発破をかける。

 

「みんな、もう少しよ!踏ん張って!」

 

 見ると、特に前線で戦ってきた仲間たちの疲労が激しい。倒し損ねた魔物がレイヴンのところまで来るようになってきていた。呼吸が浅くなる。左胸を押さえて息を整えた。

 

(……さすがにしんどいわね)

 

 肩で息をしながら、変形弓を剣に変えて構える。近づいてきたオオカミ型の魔物たちが二匹同時に飛びかかってくる。それをバックステップでよけた。空を切る鋭い爪に前髪を何本か持っていかれる。着地後、即座に踏み込んで横薙ぎに斬り掛かったが仕留めきれない。

 

(踏み込みが甘かったか!)

 

 レイヴンの喉笛を噛みちぎろうとする牙を剣で受け止め、素早く短刀を抜いて魔物の腹部に突き刺す。

 

(もう一匹は……)

 

 いつの間にか狙いをレイヴンから変えた魔物がカロルへと迫っていく。背後からの敵襲にまだ気付いていない。考える前に身体が動く。

 

ザシュ!!

 

 肉を切り裂く嫌な音がした。背中が焼けるように熱い。レイヴンはそれを気にせず、短刀を逆手に持って後ろに突き刺す。魔物がドサッと地面に倒れた。

 

「カロル君、ケガはない?」

 

 レイヴンは、腕の中にしっかりと抱え込んだ温もりを確かめながら尋ねる。カロルは震えているようだ。

 

「怖かったわね。もう大丈夫」

 

 レイヴンは軽くポンポンと背中を叩いてやってからカロルを離す。

 

「レイヴン、背中!!」

「ん?まだ動くから。……戦えるよ」

 

 青ざめた顔のカロルに「少し休んでて」と声をかけてから、レイヴンは戦闘に戻った。

 

 

(これで、ほとんど終わりかしらね)

 

 レイヴンは落ちていく鳥型の魔物から目を離し、周囲を確認した。残っていた魔物たちはバラバラに逃げ出している。

 

「深追いはしなくていいわ!みんなお疲れさま!」

 

 その宣言に、そこかしこから安堵の声が聞こえてくる。

 レイヴンは仲間たちの側に行こうと一歩踏み出した。……はずだった。 

 

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