・クリア後設定/ネタバレあり
・外伝小説の内容は含まれていません
・原作設定を踏まえた独自解釈・捏造表現あり
・シリアス寄り、心理描写重視
・明るくて楽しいおっさん像を求めている方はご注意ください
誹謗中傷・転載は禁止。転載はご遠慮ください
6
クマ型の魔物から振り降ろされた爪が、風を切り裂いて迫ってくる。それをギリギリのところで回転しながら避けた。その勢いを使って、左手に持った剣で魔物を斬り裂く。そのまま倒れ込み動かなくなったそれを一瞥してから、シュヴァーンは周囲に目をやった。
もうこちらに向かってくるものはいないようだ。残った魔物たちが戦場から逃げ出していく姿が見える。
「深追いはしなくていいわ!みんなお疲れさま!」
後ろからレイヴンの声が響いてきた。
(どうやら、終わったようだな)
剣に付いた血を払い鞘に納める。そのまま少し息を整えようとしたその時、カロルの悲鳴がこだました。
「レイヴン!!レイヴン!!」
その必死な様子にシュヴァーンは何事かと振り返る。するとそこにあったのは地に伏せた紫と、それに縋り付く小さな影。
数秒の間、シュヴァーンは動けなかった。慌てて駆け寄る仲間たちの様子に、我を取り戻して走り出す。
「おい!しっかりしろ!」
「おじさま!?」
皆より少しだけ遅れてその場に近寄ったシュヴァーンは、レイヴンの姿を見て一瞬立ちすくむ。
(これは……)
横向きに倒れているレイヴンは、背中を丸めて苦しんでいた。心臓魔導器を指先が白くなるほどに強く握りしめている。
「…ぐ、ぁ…」
レイヴンは息が詰まっているのか、上手く呼吸ができていない。青白い顔が苦痛のためか歪んでいる。冷や汗だろうか、それとも涙だろうか、頬を水滴がつたっていた。
「レイヴン!息吸え!!」
「…ゆ…り…」
「しゃべんな!」
背中に怪我をしたのか、血が羽織に広がって赤く染め上げていた。
「シュヴァーン!治癒術かけてよ!!」
カロルの必死な言葉にシュヴァーンは首を振った。
「……駄目だ。今、術をかけたら心臓の負担になる」
「そんな……」
その時虚ろな目で浅い呼吸をくり返していたレイヴンが、苦しそうにしながらも唇の端を上げた。
「…だ…い…じょ……」
(こんな時までっ!)
シュヴァーンは思わず自分の心臓魔導器を握りしめた。
「バウルでリタを連れてくるわ!」
「頼んだ!オレたちはレイヴンを街に運ぶぞ!!」
「俺が背負う。カロルとパティは先に行って治療の準備を頼む」
「……うん、分かった!」
「……のじゃ!」
自力では動けないレイヴンをユーリに支えてもらいながら背負う。
すると今まで周囲で見守っていたユニオンの者たちが取り囲んできた。恐る恐る話しかけてくる。
「あの……、レイヴンさんは……」
「……オレたちはどうしたら?……」
それにユーリが苛ついたように答えた。
「ちっ、それくらい自分で!……いや、戦場の後始末を頼む。レイヴンはオレたちでなんとかする」
行くぞ!とユーリに促されて、シュヴァーンはレイヴンを揺らさない程度の早足で進み出す。
いつの間にか気を失ってしまったようで、レイヴンは力無くシュヴァーンに背負われている。浅いが呼吸が続いていることに彼は安堵しながら急いで街に向かう。しかし彼の中に一つ疑問が浮かんだ。
(……なぜこんなに軽い?俺と同じはずなのに)
同一存在のはずのレイヴンとの違いに違和感を感じたが、ひとまずは頭の片隅に追いやった。
(今は急がないと)
遠くに見えるダングレストの街を睨みつけるようにしながら、シュヴァーンは前へと進んだ。
*
心臓魔導器を見られるわけにはいかない。そのためシュヴァーンたちは、ギルドユニオン本部のレイヴンの部屋へと一直線に向かった。
最低限の応急処置を済ませて、苦しむレイヴンを彼は歯がゆい気持ちで見守っていた。皆、一様に黙り込みリタの到着を待つ。
(リタはまだか……)
すると乱暴にドアが開かれ、ハリーが慌てて部屋へ飛び込んで来た。
「おい!!レイヴンが倒れたって!?」
しかし、そのまま駆け寄ろうとしたハリーの足が止まる。
「……ケガしたのか?」
「ケガもあるが、心臓がヤバい……」
「……心臓魔導器ってやつか」
シュヴァーンはユーリとハリーの会話を聞きながら、血の滲んだ布を新しいものへと交換する。
レイヴンは左胸を強く押さえて、苦しそうにしている。時折咳き込んでいて呼吸もつらそうだ。
「こいつがこんな風になったの、初めて見た……。いつだってこいつは飄々としていて……。余裕かましてふざけていて……」
シュヴァーンがハリーを見ると、まるで迷子の様な不安気な顔をしていた。今にも泣き出しそうな悲痛な声がハリーから聞こえる。
「心臓のこと、知ってはいたけど実感が無かった。こんなになっちまうなんて……」
「……オレたちもここまでのは初めてだ」
するとレイヴンが途切れ途切れに言葉を発した。
「…はりー…なかな…いで…い…こ…だか…ごほっ、がはっ…」
それを聞いて、ハリーは目を見開いた後、苦しそうに顔を歪めた。
「……バカやろう!!オレはもう子供じゃねぇ!!……バカやろうが」
ハリーは耐えきれなくなったのか、踵を返して部屋を出ていってしまった。
レイヴンは再び気を失ってしまったようだ。一旦、咳は止まったがゼーゼーと嫌な音が呼吸音に混ざり始めている。
黄昏の街も日が沈み始め、空が暗くなろうとしていた。
(くそっ、まだか?)
苛立ちを覚えながら、シュヴァーンは部屋のドアを睨み付ける。その時、軽いノックの後で静かにドアが開かれた。
そこには待ちかねていたリタの姿があった。
「おっさん!!」
「レイヴン!!」
リタとエステリーゼが一直線にレイヴンの元へと向かって来る。
「リタ!エステル!待ってたぜ!」
「あんたたち!どいて!パネルを見るから!」
リタがレイヴンの横に勢い良く座り込み、心臓魔導器のパネルを操作し始めた。途端に表情が険しくなる。
「悪いけど、全員部屋から出ていって。集中するから」
「……分かった。リタ、頼んだぞ」
集中するリタの耳にはユーリの声は届いていないようで、返事はなかった。
シュヴァーンは一度だけレイヴンに視線をやってからドアへと向かった。
部屋の外に出たところで、エステリーゼが皆に問いかけてきた。
「何があったんです!?」
「レイヴン、ボクを庇ってケガをしたんだ。それなのに戦い続けて。それで倒れて……」
「カロル……」
カロルは悔しそうにこぶしを握りしめて俯いてしまった。
「さっきも言ったろ。カロルは悪くねぇ。無茶するおっさんが悪いんだ」
「……あのね、ケガした時、レイヴンがこう言ったんだ。まだ『動く』って」
(あいつ……そんなことを)
「ボク、なんだかレイヴンが怖かった……。助けてくれたのに……」
シュヴァーンはしゃがみ込んでカロルと目線の高さを合わせて話す。
「カロルはレイヴンを失うのが怖かったんだ。そうだろう?」
「……うん」
「あいつは俺でもある。だから、大切に思ってくれてありがとう」
「……うん」
カロルが泣き出してしまったので、シュヴァーンはその小さな肩を抱きしめた。
少しして落ち着いたのか、カロルが顔を上げてユーリに話しかける。
「でも……。ねぇ、レイヴンさ、最近ちょっと変じゃなかった?」
「……気付いてたのか」
その二人の言葉に彼は驚いた。違和感を感じていたのは自分だけではなかったのだ。
「なんていうか、その……目が……」
カロルが気まずそうにこちらへ視線を寄越してきた。
「……たまに、バクティオン神殿の時のシュヴァーンみたいな目をしてたんだ」
(それは……)
あの時シュヴァーンは完全に生きる気力を失っていた。せめてユーリの手で殺してもらおう、とまで考えていたのだ。……きっと、生気のない虚ろな瞳をしていたことだろう。
(あいつは、何を悩んでいたんだ?)
彼が思考の海に沈みそうになった時、部屋のドアが開いた。そこから顔を出したリタがみんな中に入るように、と促してくる。
全員が部屋に入ったところで、険しい顔のリタが話し始めた。
「……まずは、エステル。もう治癒術をかけても大丈夫よ」
「はい!!」
それを聞いたエステリーゼが急いでレイヴンの傷に治癒術をかけ始めた。
「それで心臓の方はどうなんだ?」
「……最低限の機能は戻したわ。今すぐどうこうってことはない」
リタのその言葉にシュヴァーンの緊張が緩む。しかし次の瞬間、リタが感情を爆発させる。
「でも!なんなのあれ!!何であんなに生命力が弱っているの!?」
「どういうことだ!?」
リタが気持ちを落ち着けるためか、大きく深呼吸をした。
「この子……心臓魔導器自体はもう安定しているわ。でもレイヴン自身の生命力が低すぎる。何か心当たりはない?」
ユーリが少し考える素振りをしてから告げた。
「レイヴンのやつ、ザーフィアス城にいた時、あまり食べてなかったみたいだ。指摘したらはぐらかされたけどな」
「……前に言った通り、今のレイヴンたちは精霊のマナが混じっていて不安定な状態なの。ちょっとしたことでも影響があるわ」
リタの顔がますます険しくなっていく。安心とは言い難いその様子を見て、シュヴァーンの全身に再び緊張が走った。
「他にはない?例えば精神的なことでも影響があるはずよ」
彼は先ほどカロルたちと話していた内容を思い出す。
「……何か悩みがあったようだ」
シュヴァーンを見たリタは一瞬驚いてから頷き返してきた。
「そうね、それも影響があると思うわ。問題なのは、生命力が低すぎてこの子の出力を上げられないことよ……」
張り詰めていたリタの声が弱々しくなっていく。
「このままじゃ、衰弱していく……」
時間が止まった気がした。全ての感覚が遠くなる。シュヴァーンに聞こえるのは自分の心臓魔導器の脈動する微かな音だけだった。
長い沈黙の後、エステリーゼが最初に口を開いた。
「……なんとかならないのですか?」
「元の一人に戻れば、安定するはずよ。でも、私には今すぐの戻し方が分からないの……」
俯いていた顔を上げたリタの頬には涙が流れていた。
「リタ……」
エステリーゼがリタに寄り添い抱きしめる。リタはその胸で静かに泣いていた。
「……確か、おっさんの願いが叶えば元に戻るかもって話だったな?」
「ええ、そうね。でも、おじさまがいくら仕事をしていても元には戻っていないわ」
「やっぱりおっさんの本当の『願い』はそれじゃないってことか」
腕を組んで考えている様子のユーリがシュヴァーンに話しかけてきた。
「おい、シュヴァーン。あの時の本当の『願い』ってなんだ?」
彼は思い出そうとしたが、霞がかかったかの様に朧げであの時の考えが掴めない。
「……分からない。ただ、もっと自分の奥底にあるような……」
「きっと、無意識に願っていたことがあるのね」
ジュディスのその言葉にシュヴァーンは頷く。
「とにかく今は、私たちに出来ることをやりましょう。栄養と休息を取らせて、ストレスを無くすことね。みんな交代で看病しましょう」
ジュディスからの提案にその場にいた全員が賛同した。
(『俺』の本当の『願い』か……)
彼は自分の内面からもう目を背けないと、心の奥で静かに決意した。
*
眠れない夜を過ごした彼は、カーテンの隙間からこぼれ落ちる光に朝の訪れを知った。
ユニオン本部に用意してもらった部屋では、泣き疲れて眠った子供たちがまだ夢の中にいる。
昨夜はエステリーゼがレイヴンの看病にあたっていた。どうしてもと押し切られてしまったのだ。
シュヴァーンは足音を立てずにドアへと向かう。
「どこか行くのか?」
壁に背を預けて床で眠っていたはずのユーリに話しかけられた。
「様子を見に行く」
それだけ答えたシュヴァーンがドアノブに手をかけようとした時、廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえた。そのままの勢いでドアが外側へと開く。
「レイヴンが!レイヴンが目を覚ましました!!」
エステリーゼのその言葉に、シュヴァーンはユーリと一瞬、顔を見合わせてから急いで廊下に飛び出した。
部屋の中に入ると、上半身を起こしたレイヴンが何事もないかの様にベッドから出ようとしているところだった。
「おっさん!何やってるのよ!!」
少し遅れてやって来たリタの怒鳴る声が響いた。慌ててエステリーゼが駆け寄り、レイヴンをベッドへと戻す。ヘッドボードに身体を預けたレイヴンはなぜか驚いた顔をしていた。
「レイヴン、まだ起きてはだめです」
「そうよ!あんた死にかけてたのよ!!」
二人のその言葉に対して、レイヴンはへらっと笑ってから軽くこう言った。
「おっさんはもう大丈夫よ。どこも痛くないしね。きっと疲れが溜まってたのよ。年かしらね。やだわ〜」
それを聞いた彼の心に抑えきれない苛立ちがあふれる。レイヴンを睨みつけ、奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめた。
「それよりも!嬢ちゃんにリタっち!隈がひどいわよ〜。美人さんが台無し。ちゃんと寝てる?」
その瞬間シュヴァーンはレイヴンの胸ぐらを掴んでいた。
「いい加減にしろ!!」
レイヴンは一度大きく目を見開いた後、こちらを睨みつけてきた。シュヴァーンは目を逸らさなかった。
「自分の命を消耗品のように扱うな!」
その時レイヴンの瞳から光が消えた。まるで硝子玉のようなその瞳は何も映し出していない。それを見て彼は戦慄した。
「ねぇ、痛いんだけど。…離して」
レイヴンのその言葉にシュヴァーンは手を離してしまう。
ふと、レイヴンは目を逸らし虚空を見つめて呟いた。
「お前になにが分かるっていうのさ」
普段のレイヴンからは考えられない様な平坦な声に、彼は一瞬だけ戸惑う。
「……確かに分からない。同じ存在のはずなのに、お前のことが分からない」
「同じねぇ……」
レイヴンがこちらにちらりと視線を寄越して皮肉げに笑った。
「……何が言いたい?」
「いやね、『同じ』ってどこまでかなぁって」
「どういう意味だ」
「さぁ」
(このままではまたはぐらかされる)
彼は、何もしないでいたら『レイヴン』が消えてしまいそうな、そんな錯覚に襲われる。
何か言葉をかけなければと思っても出てこない。手を伸ばそうと思ってもできずに、ただ自分の胸元を強く握りしめた。
「おっさんたち、そこまでだ」
ユーリの呼びかけに我に返ったシュヴァーンは、レイヴンから目を逸らしてしまう。そして、どこか安堵してしまったことに気づき、彼は自責の念にかられた。
「とりあえずレイヴンはまだ寝とけ。死にかけてたのはホントなんだからな」
「大丈夫だってば〜」
そう言ったレイヴンが再びベッドから出ようとするのを、ラピードが飛びかかって押し戻す。
「わんこ、止めてよ〜。うわっ、顔舐めないでぇ!」
先ほどまでが嘘の様に、何時も通りのレイヴンがそこにいた。
「オレとラピードが付いてるから、エステルとリタは休め。シュヴァーンはカロルとパティに、レイヴンが目ぇ覚ましたこと伝えといてくれるか?」
「……分かった」
心の奥に重たいものを抱えたまま、シュヴァーンは静かに部屋を後にしたのだった。
*
ソファで微睡んでいたシュヴァーンはふと目を覚ました。室内は暗く、朝の訪れはまだのようだ。
(いつの間にか眠ってしまったのか)
あの後も『レイヴン』のこと、いや『自分』のことをずっと考えていた。だが答えは見えない。
無性に外の空気を吸いたくなったシュヴァーンは、寝ている子供たちを起こさないように慎重に部屋を出た。
昼間の喧騒が嘘のように静まりかえった街を独り歩く。彼は街灯の灯りがなければ何も見えない暗闇が、今の自分の心を表しているかのような感傷を覚えた。
夜の湿った空気の中をあてもなく彷徨う。ダングレスト大橋に差し掛かった時、シュヴァーンの前方に人影が見えた。夜の闇の中に溶け込んで消えてしまいそうな、紫の羽織の男。
(レイヴン!?)
レイヴンは橋の袂近くの欄干に手を置き、物思いにふけっているかの様に見えた。
彼がまさかと思った時、レイヴンがぽつりと呟いた。
「……ねぇ、シュヴァーン?」
「!?……なんだ?レイヴン」
遠くの空を見つめたままレイヴンが穏やかな声で問いかけてきた。
「『シュヴァーン・オルトレイン』に『レイヴン』はもう必要ないんじゃない?」
予想外の内容に、彼は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「な…にを」
シュヴァーンはレイヴンの横顔を見つめる。今は見えないが、あの硝子玉のような目をしているのかも知れない、と思った。
(今度は目を背けない)
「……レイヴン。俺を厭っていたのはお前の方だろう?」
遠くを見つめていたレイヴンが身体ごとこちらに向き直る。
「『レイヴン』として生きて行きたいと思っていた『俺』にとって、『シュヴァーン・オルトレイン』は忘れてしまいたい過去の象徴だ」
シュヴァーンはレイヴンの視線を正面から静かに受け止めた。
「……」
「でも、今のシュヴァーンは人間らしくなってきた。あの人の…アレクセイの道具だった頃とは大違い」
あの頃のシュヴァーンは、「道具は何も考えない。何も感じない」、そう自分に言い聞かせていた。
(今は…そう、確かに変わった)
「……今のシュヴァーンにとって、俺は何?」
レイヴンからの二度目の問いに、シュヴァーンは自分の心の奥底を静かに見つめて、答えを返す。
「お前は俺だ。今も昔も変わらず」
レイヴンは一瞬、呆気に取られた顔をしてから、額に手をやって大きなため息をつく。
「何よそれ。真剣に悩んでたのがバカみたいじゃない。っていうかシュヴァーン、単純過ぎ」
レイヴンの頬に一粒の涙が流れた。いつの間にか白み始めた空の光を反射して、淡く煌めいている。彼はそれを綺麗だと感じた。
少しの間そのままだったレイヴンが、ふと空へと顔を向けた。それにつられてシュヴァーンも空を見上げる。
薄明の空は、朝焼けの橙色と夜の名残の紫色が溶け合って、言葉にならない美しさだった。
「……もう、こんな時間ね。戻らなくちゃ心配かけちゃう」
「……そうだな」
レイヴンがこちら側へと歩みよって来る。シュヴァーンは何も言わなかった。
そうして二人連れ立って、仲間の待つ場所へと歩んで行った。
7
「レイヴン、入るぞ。起きてるか?」
「ユーリ?起きてるわよ〜」
部屋に入るとレイヴンがベッドに座って本を読んでいた。
レイヴンが目を覚ましてから数日、その間おっさんは大人しくベッドの上にいた。少しずつ食欲も戻り、顔色も良くなってきている。リタが言うには減っていた生命力も回復し始めているらしい。
少しは起きていても良いとお墨付きが出たらしく、こうして本を読んだり、お見舞いにきた者たちとおしゃべりをして過ごしている。
大体はシュヴァーンも一緒にいるのだが、今日はレイヴン一人だった。
「誰も付いてないのか?今日はジュディが当番だろ」
「ジュディスちゃんなら朝食の食器を下げに行ってくれてるわ」
レイヴンは本から目を離さずに答えてきた。真剣に何の本を読んでるんだ?不思議に思って本を覗き込もうとすると、レイヴンが表紙を見せてくれた。
「……『誰でもできるお片付け』?なんだこりゃ」
「カロル君よ。元気になったら一緒に部屋を片付けようって渡されたの」
「へぇ」
真面目に読んでいるってことは、片付けをやる気があるのか。
「どういう風の吹き回しだよ。おっさん?」
「ん?そうねぇ、キレイなお姉さんを連れ込むには……」
いつものようにへらへらと軽口を叩こうとしたレイヴンが止まった。すっ、と顔をあさっての方に向けてから、どこか気恥ずかしそうにしている。
「えーとね。この部屋、少し住みやすくしようかなって。仕事か寝る時にしか使ってなかったからどうでも良かったんだけど。なんとなくね」
珍しいレイヴンの反応に一瞬呆気に取られて反応が遅れる。
「それとザーフィアス城の執務室もどうにかしようと思ってる。あっちは物を増やす方向だけど」
「そうか、良いことなんじゃねぇか?」
確かにシュヴァーンの執務室は殺風景だったからな。あっちもあっちで生活感がなかった。
「……ユーリも手伝ってくれる?」
レイヴンが真剣な顔で聞いてきたので、軽い調子で答えてやった。
「当たり前だろ。執務室の方はフレンが張り切りそうだな。覚悟しとけよ」
「……そうね」
レイヴンは少し困ったように笑ってから言った。
「ありがとう」
いつもの胡散臭くささを感じさせない様子に、オレはなんだか温かい気持ちになった。
「…おう」
窓から差し込む朝の光が部屋を照らしている。きっと今日はいい一日になるだろう。オレはそう思った。