ある時、翌日に頼まれていたファーミンとエピデムの用事をデリザスタが済ませていることがあった。
「これでセル坊は明日フリーだろ? 俺っちの実験に付き合ってもらうぜ~」
デリザスタの言葉にセルはエピデムの人体実験を思い出して気持ちが沈んだ。
これまでの人体実験は苦しくないこともあったが苦しむことが多かった。
デリザスタもエピデムと同じようなタイプだったのだろうかとセルは不安に感じていた。
その間にもデリザスタは話し続けており、日時と場所その他注意事項を頭に入れた。
「今からでも大丈夫ですよ」
そろそろ日付が変わるという時間帯ではあるが、場所はデリザスタの私室ということで特に問題はなかった。
いつ新たな用事ができるかわからない。わかっている仕事は早めに取り掛かるというのがセルの習慣になっていた。
「ん~、じゃあ今からにすっか」
「ではこれから伺います」
伝言ウサギを切ると、セルはデリザスタに言われた事前準備を始めた。
入浴し化粧を落とし、冠といった装飾品を外す。あとは気にならないなら寝巻に着替えて、気になるなら寝巻を持ってデリザスタの私室へ行けばいいだけだ。
寝巻を準備したところで徹夜続きで鈍くなっていた思考が動いた。
いや、何の実験をする気なんだ? と。
しかし、考えたところで答えは出ない。
おかしなことをされないことを祈ってセルはデリザスタの私室を訪れた。
「お、いらっしゃーい」
ノックをすれば返事があり、扉を開けると笑顔のデリザスタがいた。
「じゃ、寝巻に着替えて」
そう言われて服を着替え終わったタイミングでデリザスタは机の上に湯気の上がっているティーカップを置いた。
「ええと」
「飲んで」
「……どのような効能があるものでしょうか?」
機嫌を損ねないよう控えめに尋ねればデリザスタはニッと笑った。
「言うわけないじゃーん! せんにゅーかん無しに効果を知りたいんだから」
つまり、何かしらの効果はあると。
わかっていてもそれを拒むことなどセルにはできない。
意を決してセルは出されたティーカップの中の液体を飲み干した。
……ちょうど良い温かさで特におかしな味はせず普通のお茶のように感じる。
「よし。じゃあ次はこっち」
そうして連れて行かれたのはデリザスタの寝室だった。
「ベッドで横になって」
本当に何の実験なんだ!? とセルは内心で叫び、困惑しながら言われた通りベッドで横になった。
ベッドはふわふわで肌触りも良く、まるで雲の上で横になっているかのようだった。掛け布団も暖かく、重すぎずに心地が良い。
枕も同様で柔らかく首の負担を一切感じない。
これほど上質な寝具で横になったのは初めてのことだった。
「偉い偉い。じゃあ目を閉じよーか」
セルは言われるまま目を閉じた。
その直後に目を覆うように温かな布が乗せられる。
「あの、何の実験を」
「シー……」
実験について聞こうとしても、その言葉は遮られてしまった。
何も言えずただ目を閉じて大人しくする。
すでに何日か徹夜しているセルを抗いがたい睡魔が襲う。しかし、何の実験かわからないため寝るのはまずい。
セルは必死に意識を保とうとしていた。
そんなセルを嘲笑うようにセルのお腹辺りが優しくトントンと叩かれる。
早すぎず遅すぎず安心するリズムで与えられる刺激が加わり、セルは呆気ななく陥落した。
意識の浮上を感じてゆっくりと目を開けたセル。
部屋は薄暗く時間を確認すれば、10時間ほどが経っていた。
セルの意識は一気に覚醒し慌てて体を起こした。
寝室にデリザスタの姿はなく、すぐさま部屋を出る。
デリザスタはその部屋でソファーに座って本を読んでいた。
「お、セル坊おはー」
「も、申し訳ありませんデリザスタ様!」
セルはすぐに寝落ちてしまい、実験を駄目にしてしまったことを謝罪した。
「ふは、実験は大成功だっての。俺っちの実験はいかに早くセル坊を眠りに落とすかっていう『セル坊寝落ちRTA』だったんだからな」
5分と経たず寝させて10時間眠らせたなら上々だとデリザスタは笑う。
「ん、顔色も良くなってっしクマも薄くなってんな」
呆然とするセルに近づき顔を寄せたデリザスタは満足そうにそう言うと顔を離した。
「横になる前に飲ませたのはカモミールティーな。気に入ったんなら持って帰っていいぜ」
差し出されたカモミールのティーパックを受け取りお礼を言った。
確かリラックス効果があって安眠に良いと記憶している。
実験だなんて言ってその実、徹夜続きだった自分を休ませるためだった……?
ようやくデリザスタの真意に気がついたセルは、エピデムのような人体実験をされるのではないかと少しでも思った自分を恥じた。
「あぁそれとあの寝具、俺っちには合わなかったからセル坊にやるよ」
「あ、ありがとうございます」
「こういうドッキリされたくなかったら、化粧で誤魔化したりせずちゃんと休めよ~」
体調があまり良くないことを誤魔化すためにしていた化粧もバレていた。
なぜこの人はここまで自分を気遣ってくれるのか、セルにはわからなかった。
「……デリザスタ様はなぜ私をここまで気遣ってくれるんですか?」
寝起きで頭が回っていなかったのだろう。
気がつけばそんなことを口にしていた。
「そりゃあ、セル坊が有能で働き者だから倒れられでもしたら困るからだっての」
デリザスタはそう言ってセルの頭を撫でた。
セルはその言葉に目頭が熱くなるのを感じながらもお礼を述べた。