イノセント・ゼロがマッシュに敗れてしばらく経った。
壊された町並みの復興も始まっている。
セルは空家で身を潜め情報収集を行いながら今後の身の振り方を考えていた。
デリザスタについては元から、ファーミンの方は途中でイノセント・ゼロに反旗を翻したことで神覚者の監視の下で社会貢献に励んでいるという。
あのファーミンが社会貢献? とも思ったが、話によればデリザスタの説得によってファーミンが改心したという。
デリザスタとファーミンは仲が良い。そのデリザスタからの説得ということならそういうこともあるかもしれないとセルは思った。
そんな時、鳴るはずのない伝言ウサギが鳴った。
「……はい」
「あ、セル坊? おひさー!」
伝言ウサギに出れば、いつもと変わらぬ軽い調子のデリザスタの声が聞こえてきた。
「お久しぶりです。デリザスタ様」
「久しぶりついでにセル坊に会いたいんだけど、いつ会えそ?」
あぁこれは、残党狩りでも行われているのだろうか。
けれど、セルにとってはもうどうでも良かった。
敬愛するお父様もヘカテリス監獄へと収監されてしまったというのに、何をしろと言うのか。
「デリザスタ様のご予定に合わせます」
「じゃ、今からな」
「今から!?」
セルが時間を確認するともう間もなく日付が変わるという時間だ。
驚きはしたが、特に問題がないことも事実だった。
待ち合わせ場所は町から西へしばらく行った場所にある森の中。セルはすぐに向かうことにした。
森へ向かっている途中、そういえば以前も日付が変わるという時間にデリザスタと会ったことがあったなと思い出す。
あの時は徹夜続きでそれを見抜いたデリザスタに実験をすると称して呼び出された結果、寝かしつけられ目が覚めた時には心臓が止まる思いだった。
しかし、誰かにあれほど気遣われたことも優しくされたことも初めてのことだった。
そんなことを考えていれば、待ち合わせ場所へ到着した。
そこにはすでにデリザスタが立っていた。見たところ特に変わりはない。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいっていいって。やー、セル坊がまだ伝言ウサギを持っててくれてよかったわ」
デリザスタの言葉に伝言ウサギを捨てていると思われていたのか? とセルは疑問に感じた。
「ご用件は何でしょうか?」
「セル坊ならもう知ってっと思うけど、俺っちは今神覚者んとこで世話になってんだわ」
やはり残党狩りの一環だろうか。それとも残党狩りの手伝いか? 何にしてもデリザスタの実績になるのであればそれでいいか。
そう思いながらもセルはデリザスタの質問に答えた。
「存じ上げています」
「セル坊は今どんな感じ?」
「今は特に何もしていません。強いていうなら情報収集を」
「んじゃ、これやる」
セルが渡されたのはセル名義の預金通帳だった。
「多少はまとまった金が入ってる。ちゃんと真っ当な方法で稼いだ金だから」
真っ当は方法とは? いつから用意していた? そもそも名義がセルなのも不明だ。
困惑し思考が鈍っているセルを置いてデリザスタが話を続ける。
「全然足りねーとは思うけど、これまでお父様や俺たちに尽くしてくれてありがとう」
渡された預金通帳が手切れ金であることを理解した途端、セルの心臓が早鐘を打つ。呼吸が乱れ、耳鳴りがする。
言葉の続きを聞きたくない。
「じゃ、元気でな」
あまりに軽く、あっさりとした別れの言葉。
それは、イノセント・ゼロを失い軋んで悲鳴を上げていたセルの心に止めを刺した。
「……デリザスタ様も僕を捨てるのか」
顔を蒼白にしそう呟くセルの頬を涙が伝う。
デリザスタは目を丸くしており、このままでは失望されると頭では理解していても溢れる涙をこらえることができなかった。
「は? いやいや、セル坊はお父様ので俺っちのじゃないだろ」
セルに近づくとどこか焦ったように早口になりながらデリザスタは言った。
デリザスタの言葉はもっともだ。
セルはイノセント・ゼロに忠誠を捧げ尽くしてきた。
だが、頭ではわかっていても捨てられると思ってしまったのだからどうしようもない。
「それに、セル坊の1番は今でもお父様だろ? 扱いに困るっての」
当然だ。セルがデリザスタの立場でもそう思うだろう。デリザスタは要監視対象とされており、セルが何かすれば責任を問われることも考えられる。
いつ裏切るかわからない者を傍に置いておくなど愚の骨頂である。
デリザスタへ縋り付きたい。しかしそれはできない。
そんな葛藤を抱えたセルは何も言えず、俯くとただデリザスタの袖を掴んだ。
縋り付くとは少し違った弱々しい主張。デリザスタがその気になればすぐに振り払えるだろう。
デリザスタは考えるように指で頬を掻いてセルを見た。
「そうだなぁ、もしセル坊がお父様より俺を選ぶってんなら」
その言葉に顔を上げると、デリザスタの口がニィと弧を描いていた。
セルはデリザスタから目が離せなくなった。
「その時は、俺がちゃーんと面倒見てやるよ」
あっ、とセルから意味をなさない声が零れる。
それほどまでにデリザスタの言葉は甘露であった。
「なぁ、セル坊。お前はどうしたいんだ? お父様のもののままでいるか、俺のところへ来るか」
それはまさに天啓。
拒むことなどセルにできるはずもなかった。
「私は……デリザスタ様のところへ行きたいです」
本当にそれでいいのか?
セルは浮かんだ疑問を無視してデリザスタを選んだ。
「いい子だ。これからもよろしくな、セル坊」
デリザスタは嬉しそうに微笑むと優しくセルを抱きしめ頭を撫でた。
もう、戻ることはできない。
この温もりが得られるならそれで構わないとセルは思った。