ある日のこと、暇潰しをしようとデリザスタの部屋を訪れたファーミンだったが、部屋にデリザスタの姿はなかった。
少し待ってみたがデリザスタは帰って来ず、ファーミンは部屋を出ると近くを通りがかった者にデリザスタを見ていないか尋ねた。
聞いた話によると、ドゥウムの部屋へ向かったという。
ファーミンはすぐさまドゥウムの部屋へと向かい、いつものようにノックもせず扉を開けた。
「……で、ここが羽でこっちが尻尾。背中? 裏側? の部分は鱗がいっぱいで強そうなんだ」
床に座って胡坐をかいているドゥウムの胡坐の中にデリザスタが座って2人で絵本を見ていた。
デリザスタはドゥウムの指を掴んで絵本をなぞらせ、絵を説明しているようだった。
「なるほど。腹や表部分はどうなってるんだ?」
「そっちは鱗がなくて弱そう!」
「攻撃するならそこだな。あとは目か口か」
「すごい! 絵本の王子様も一緒のことした!」
2人は楽しそうに話していた。
それがファーミンにとっては非常に不愉快だった。
「あ、ファミ兄! ファミ兄も一緒に絵本見よ!」
デリザスタがファーミンに気がついて駆け寄ってくる。
そのままファーミンの手に触れようとした瞬間、ファーミンは反射的にその手を振り払っていた。
まだ小さなデリザスタはよろめいて目を丸くするとファーミンを見上げた。
「……ファミ兄?」
小さな声で不安そうに呼びかけるデリザスタにファーミンは何も言えなかった。
ドゥウムはゆっくり立ち上がるとファーミンから庇うようにデリザスタの前へ歩み出た。
「ファーミン。何の用だ」
落ち着いた声は感情の起伏がほとんど感じられない。
だが微かに警戒が滲んでいるのをファーミンは聞き逃さなかった。
つまり、それだけデリザスタのことを気にかけているということだ。
気に食わない。
「別に。もういい」
ファーミンは吐き捨てるように言った。
ドゥウムの背に隠れてデリザスタの姿は見えない。
気に食わない。
しかし、もしデリザスタの姿が見えたとしてもやはり気に食わない気がする。
何にしても、このままドゥウムの部屋にいることが酷く耐えがたかった。
「帰る」
ファーミンは踵を返すと部屋の出口へと向かった。
「待ってファミ兄!」
デリザスタが慌てて追いかけてくる。
軽い足音を背中で聞きながらファーミンは振り返ることもなく廊下へ出た。
「デリザスタ」
「ごめん、ドゥウム兄さん!」
ドゥウムの呼び止める声も無視してデリザスタはファーミンを追った。
しかし、体格の差もあって追いつくどころか距離が離れていく。
「ファミ……あっ」
それに焦ったのか、ファーミンへ呼びかけたと同時に足をもつれさせてデリザスタは転倒した。
ファーミンは思わず足を止め、振り返ろうとしてそれを止めた。
そのまま再び歩き出す。
「……やだ。置いていかないでファミ兄」
聞こえてきたのはデリザスタの涙声だった。
ファーミンは足を止めた。
振り返るのは躊躇われたが、背後から聞こえる小さな嗚咽が耳に刺さる。
胸の奥がざわついた気がした。
「泣くな」
ついに我慢できなくなったファーミンは低く呟き振り返った。
泣きながらも自分で起き上がったようで、デリザスタは座っている状態だった。
見たところ血が出ているところはないが、強く打ちつけたようで青痣になっている箇所があった。
ファーミンは無言でデリザスタへと近づきしゃがんだ。
涙で濡れた目元は擦りすぎたせいか赤くなっていた。
「痛いか」
「ううん、びっくりしただけ」
しゃくり上げながらもデリザスタは必死に笑おうとしいる。
苛立ちは残っているが、そんなデリザスタを置いていくこともできなかった。
「ファミ兄に置いていかれたことが悲しくて怖かった」
その言葉に少しだけファーミンの胸が痛む。
けれど理由はわからない。
「何で兄者の部屋にいた? オレの部屋には来たことないだろ」
ファーミンの問いにデリザスタが目を丸くする。
「部屋の場所知らない。前に聞いた時、教えてくれなかった」
「そうだったか?」
使用人に聞いても駄目だったというしょんぼりするデリザスタを眺めながら記憶を探る。
確かに部屋の場所を聞かれた覚えはあった。毎日押し掛けられてはたまらないと教えなかった記憶もある。
「教えてやる。次はオレの部屋に来い」
「ほんと!?」
デリザスタの目が輝いた。
余計なことを言ったかもしれないと思う反面、デリザスタが部屋に来る光景を想像して楽しみに思う気持ちもあった。
ファーミンは立ち上がり、デリザスタの手を引いて立ち上がらせた。
その小さな手は温かく、離すことが惜しく感じた。
「また転ぶかもしれないからな」
デリザスタはその言葉を素直に信じてファーミンにお礼を言った。
2人で並んで歩き出す。
「ね、またお手玉見せてよ。練習して左手なら片手で2つ投げられるようになったけど右手だとダメだから参考にしたいんだ」
「無理だろ」
「そんなことないよ。きっと上手くできるようになるから」
そんなやり取りをしながら2人はファーミンの部屋へと向かった。
感じていた苛立ちはいつの間にかなくなっていた。