マッシュくんの実家訪問イベントからしばらく経ったある日、普段は鳴らない伝言ウサギが鳴った。
俺はイノセント・ゼロがイーストンを訪れたことを書いた新聞から顔を上げた。
「アルフさん、フィンです! 今度みんなで海に行くんですけど、来ませんか? マッシュくんも楽しみにしてるって!」
海……あー、原作の海回か。みんなで遊んで、ウォールバーグ校長がイノセント・ゼロや悪魔の五つ子の話を振るやつ。
俺、その五つ子の1人なんだよな。魔力探知妨害はしてるけど、ウォールバーグ校長クラスの人に近づくのはヤバすぎる。
でも、行けば原作の進み具合の確認や乖離を見つけられるかもしれない。
それに、せっかく誘ってくれたんだからできればそれに応えたい。
もしウォールバーグ校長にバレてしまったら、土下座でも何でもしながら改めて正体を明かして「お父様の計画を止めたいと思っているんです。お父様の目的は~」って正直に話せば、いきなり攻撃されたりはしないはず。それに原作をいい方向へ変えられるかもしれない。
「ええと、予定を確認するので少し時間をください」
返事は保留にしたけど、結局行くことにした。
浜辺へと着くと、みんなは水着でワイワイはしゃぎだした。
マッシュくんは上がトレーニングウェアに下は海パンかな? フィンくん、ドットくん、ランスくんは海パンのみ。レモンちゃんは水着の上に上着を羽織っている。
俺もレモンちゃんのように水着の上に長袖のパーカースタイルだ。店員さんに聞いたら速乾性の高い素材でできているそうで水着の上に羽織るのに最適だと聞いた。
水着の選定にはかなり悩んだ。
そもそもどんな水着がいいかわからなかったし、上着を着ないと陰キャらしくない腹筋がこんにちはするからね。
デリザスタという立ち位置的に戦闘力はある方がいいだろうと鍛えた結果だ。……ドゥウム兄とも戦闘訓練しているけどまるで勝てる気がしない。
「海なんてはじめてだ」
マッシュくんの発言を皮切りに友達と海なんてはじめてだとフィンくんが言って、レモンちゃんを除いた全員が同意する。
もちろん、俺も同意した。俺の場合は前世も含めてだけどな! あれ、何だか涙が出そうだ。
目頭が熱くなっていた時にドットくんが魔スイカを取り出した。スイカにタコのような足? 触手? が生えていてうねうねしている。
その動きが予想以上にきもくて思わず凝視してしまっていたら、スイカ本体が突然動き出しマッシュくんの顔に張り付いた。かと思うと足だか触手をマッシュくんの首に突き刺しているではないか。
「スキを与えると血を抜かれて最悪死にます」
「怖い怖い怖い! 何でそんなもの持ってきてるの!?」
ドットくんの説明にフィンくんの真っ当な突っ込みが入る。
「と、とりあえず引っ張ってみる? 下手に引っ張るより刺さってる足を切る方がいいのかな?」
俺の言葉に誰かが答える前に、マッシュくんは地面へ頭突きすることで魔スイカを見事に割った。
俺の知ってるスイカ割りじゃない。
「それ食べ終わったら海いこうぜ」
え、食べるの?
俺の顔は引き攣っていたんじゃないかと思う。
フィンくんの方も凄い顔をしていた。
しかし、俺の前世は日本人だ。食べ物を粗末にしてはいけない精神が刻み込まれている。
味は意外と悪くなかった。でもうん、1回で十分かな。
「アルフさんは海で遊ばないんですか?」
マッシュくんとドットくんは海でお互いに水をかけて遊んでいる。そんな2人を浜辺に座って見ていた時、隣に座っていたフィンくんが話しかけてきた。
ランスくんとレモンちゃんは少し離れたところに座っているから気を遣われてるんだろうな。
「こうやってマッシュくんたちが遊んでるのを見ながら浜辺でのんびりするだけで十分です」
俺は微笑み素直な気持ちを答えた。
ほんと、平和な光景に癒される。
……魔スイカのくだりで精神的な何かを削られたような気がするから尚更平和に思える。
「今日もお酒飲んでるんですか?」
フィンくんの質問にピクッと体が震えた。
「……ええと、そうですね」
はい。今日も今日とてほろ酔いです。今回は最初から香水も振っている。
決して、決してアルコール依存症というわけじゃないんだ!
言い訳をさせてもらえるなら、原作の通りだとウォールバーグ校長と会うわけで、何かあった時に対応できるようにほろ酔いの方が都合が良かった。
フィンくんたちと海で遊ぶだけなら、俺も今回は飲まずに挑戦するつもりだったんだよ。
なんて言えるわけもない。
「でも、だいぶ慣れてきた気がします。次はお酒の力を借りずに挑戦できればと思ってはいます」
結局、当たり障りなく答えるしかなかった。
「得意不得意は人それぞれですからあまり無理しないでくださいね」
そう言ってフィンくんは微笑んだ。
フィンくんが優しい!
その優しさと正体を隠している罪悪感が胸に刺さる。
少し気持ちを整えよう。
「マッシュにとってはここからが正念場じゃのう」
お手洗いにでも行こうと思って立ち上がろうとした時、そんな声が聞こえた。
振り返れば、少し離れたところに設置されたパラソルとテーブルが目に入る。
そこには、ウォールバーグ校長が座ってココナッツジュースを飲んでいた。
浜辺へやってきた時にはいなかったのに!
しかもサングラスをかけた海パン姿なのに、上半身は包帯でグルグル巻きだ。
知ってたよ。うん、知ってた。原作でも登場してる。でもそれとこれとは別だ。大人しく療養してください。
「校長! なぜこんなところに!」
「夏だから」
フィンくんのツッコミに平然と答えるウォールバーグ校長。
その後もフィンくんが怪我について触れ、ウォールバーグ校長が吐血したり、重傷なのにいる理由として夏が一年に一度しかないという回答まで原作と同じだった。
違うのは俺の存在だ。
「ふむ、アルフさんじゃな。君のことはレインから聞いているよ」
ウォールバーグ校長の言葉に視線が俺へ集中していることを感じる。
「マッシュが魔法不全者であり、それを隠匿することで犯罪者として処罰を受けることになったとしても、マッシュの味方でいたいと啖呵を切ったとな」
そりゃそうだよな。レインさんが俺の存在を報告していないわけがない。
「言いました。その気持ちは今も変わっていません。……僕に何ができるかはわかりませんが」
サングラスをかけているせいでウォールバーグ校長の目は良く見えない。
でも、観察するようにじっと見られていることはわかる。
「君は、魔力が少し特殊じゃのう」
あ、あばばばば!
これどっち!? ネタは上がってんだよコラァ! 的な感じで俺の白状待ち!? それとも単純な疑問とか感想!?
「そ、そそそうですか? な、何でしょうね。わ、ワカラナイナァ」
俺のアホー! 動揺しまくりじゃねぇか!
少なくとも心当たりはあるってバレただろこれ!?
「面白い子じゃな」
そんな俺の反応を見たウォールバーグ校長はフォフォフォと笑った。
ひとしきり笑った後、ウォールバーグはさてと言って話し始めた。
「君らも知っている通り、イノセント・ゼロを倒さなければマッシュ・バーンデッドに平穏は訪れない」
待って。
その話は
何でどうしてと俺が困惑している間にも話は続く。
イノセント・ゼロの固有魔法最強クラスの時間魔法に加え、ウォールバーグ校長の空間魔法を使えること、禁忌魔法による魔力を増大させていること。
「イノセント・ゼロは魔法界史上一の魔法使いであると言っていいだろう」
良く知っている。
その力も恐ろしさも。
「それだけじゃない。奴を囲う五兄弟はそれぞれこの世界のトップクラスの魔法使いじゃ……」
ウォールバーグ校長に匹敵するかそれ以上かもしれないと告げられる。
その四男が俺です。
酔った状態で参加して正解だったな。そうでないと重責に耐えきれず昼食と情報を吐いていたかもしれない。
吐けば楽になるだろう。
その代わりに原作と大きな乖離が起こるかもしれない。大きく変わった結果、世界は滅びましたなんてことになったら目も当てられない。
「このままいけば世界は終わる」
勝てる見込みは0に近い。
普通に考えればと前置きし、ウォールバーグ校長はその普通を覆す不確定要素がマッシュくんだであることを信じていると言った。
「期待しているぞ。マッシュ・バーンデッド」
そう言ってウォールバーグ校長はココナッツジュースを飲み始めた。
「まかせてください。敵ボコボコにして世界平和にして、それで必ずみんなと一緒にこの学校を卒業するんで」
マッシュくんは相変わらずの無表情だけど、その決意が伝わった。
「そろそろ学期末テストあるけど、お前大丈夫なのか? 赤点1つで即退学だぞ」
そんなマッシュくんに残酷な事実を突きつけたのはランスくんの言葉だった。
その事実に冷や汗を流しながらマッシュくんが声を上げた。
マッシュくん唯一の弱点と言っていいのが勉強だもんな。
こればっかりはパワーじゃどうにもできない。サポートはできてもマッシュくん本人が頑張るしかない。
そうは言っても心配だな。何か対策できるか考えておこう。
「……あ、あの。そんな重要な情報を僕に聞かせても良かったんですか?」
「こんな状況だからこそ、1人でも多くの仲間が必要なのじゃ」
つまり、今回のような重大な情報を話すことで仲間に引き入れることが目的だったと。
やられた。
これがどう効いてくるかまではわからないけど、外堀の1つを埋められた気分だ。
「……僕にできる範囲でよければ協力します」
そう言うだけで精一杯だった。
気にしないようにしながらサポートするから勉強を頑張ろうというレモンちゃんたちの会話を聞いている時、ふと視線を感じて振り返るとウォールバーグ校長が俺を見ていた。
「…………」
ねぇほんとに大丈夫!? マッシュくんたちと解散して1人になった瞬間に背中からズドンて感じで攻撃されたりしない!?
そんな不安を抱えての帰路。1人になってからもウォールバーグ校長が俺の前に現れたり後ろから攻撃されるということはなく、無事マゴル城へと帰宅することができた。
俺は自室に戻るとベッドに倒れ込んだ。
「……俺、超頑張った」
に、してもウォールバーグ校長のあの意味深な視線は何なんだよ!?
頭を抱えてあーだこーだと考えていたが、精神的にかなり疲労していたこともあって襲い来る眠気に抗えず、俺はそのまま意識を手放した。
明日は分割話のため8時と20時に投稿です