(ファーミン視点)
「胡散臭い奴だと思っていたが、ものを透明にするだけの魔法か。小物め」
ファーミンの元へやってきたのは、神覚者である砂の神杖オーター・マドルだった。
合理的で小難しいことを並べ立てるオーターはファーミンからすれば、つまらなくて面白味にかける存在だ。付け加えるとすれば、デリザスタがカッコイイと言っていたことも非常に不愉快だった。
そんなオーターの指にはファーミンが魔法で透明にしていたトランプが挟まれていた。
「このゲームのルール。しっかり守らせてもらうぞ」
舞台はサーカス。2人はその演者であり一方が死ぬまで外れることのない足枷を互いに嵌めた上で演技を行う。面白くない演技を行えば天井から見下ろしているゼンマイ仕掛のサーカスの支配人から即座に罰が与えられるという仕組みだ。
ファーミンの攻撃と支配人の仕組みを把握するまで様子を見ていたオーターだったが、トランプを投げ捨てると反転攻勢に出た。
砂が吹き上がり渦を巻きながらファーミンへと向かってくる。
砂を巻き上げるだけではつまらないという理由から支配人がオーターへ剣を飛ばすが、彼は攻撃を受けることも厭わずにファーミンを砂で貫こうとする。
シールド魔法で砂を防ぐが、まるで濁流のように押し寄せる砂の勢いは止まらない。
やがてそのシールドも、パキりと嫌な音を立ててヒビが入った。
防戦一方となったファーミンは舌打ちをするとカギを使って足枷を外すと跳躍して砂から逃れた。
その直後、ファーミンは突如として膨大な魔力を感じた。
「自分から提示してきたルールで、都合が悪くなったら貴様だけ逃げるのか」
足枷のカギを持っていたこと、ルールを破ったことに関して皮肉を交えながらクドクドと語るオーターの言葉の続きは耳に入らなかった。
今も感じるその魔力は確かにデリザスタのもので、彼に何か起こっていることを窺わせたからだ。
それほどの魔法を使うほどに追い詰められている? デリザが?
しかし、デリザスタの近くには彼以外の魔力反応は感じない。
ではなぜ?
思考するファーミンを邪魔するように砂が向かってくる。
その鬱陶しさに苛立ちを覚えながらファーミンはトランプをチャクラムへと変えた。
「トランスペマンツサーズ、デキウスインクラネイション」
サーズの発動と共にファーミンの姿が消える。
ファーミンはそのままオーターへと近づき、両手に持ったチャクラムで切りつけた。
気配もない不可視の攻撃にオーターは反応できず、脇腹が切り裂かれる。
オーターは切り裂かれた勢いのまま体勢を整えて着地するも、すでにファーミンの姿はない。
続けられざまに切りつけられても、攻撃が当たるまで気配どころか音すら聞こえない。
一方的に嬲られるような状況になってもオーターの表情は変わらず、仕組みを看破しようと思考しているように見えた。
ファーミンはオーターから離れたところで姿を現した。
「オレのサーズはオレ自身の存在を相手の認識のうちから完全に消すことができる」
だからこの魔法の中においてオーターが攻撃を避けることは不可能だと告げる。
そして、ファーミンは再び姿を消した。
辺りは静寂に包まれ、オーターがいくら気配を探ってもファーミンを捉えることができない。
「……私にはまだやり残したことがあるのだよ」
眼鏡を上げながらそう呟き、オーターは魔力を集中させた。
オーターの周辺に砂が集い、次の瞬間にはサーカス全体が砂となっていた。
居場所を捉えられないのであれば、どこにいても捉えられるよう全ての範囲に攻撃すればいい。
イチかバチかにかけるようなことはしない合理的な判断だった。
「……いない?」
しかし、舞台であったサーカスのどこにもファーミンの姿はなかった。
ファーミンは魔法を解除するとデリザスタの魔力反応があった場所へ向かっていた。
規則だルールだのと小うるさい奴に付き合っている時間が惜しかった。だからファーミンはオーターとの戦闘からさっさと離脱した。思わせぶりな台詞は少しでも時間を稼ぐためだった。
デリザスタの魔力反応はとっくに消えていたが、ようやく反応のあった場所へと到着する。
場所はデリザスタの部屋から出て少し進んだ通路。デリザスタの部屋を通過しなければ来れない場所だった。
その通路の途中、壁に背中を預ける形で目を閉じ座っているデリザスタがいた。
ピクリとも動かないデリザスタにざわざわとした落ち着かなさを感じながらファーミンは彼に近づきしゃがんだ。
「デリザ? こんなところでどうした?」
声をかけても反応はない。
それどころか、呼吸すらしていないことが近づいたことでわかってしまった。
デリザスタの胸に耳を当てるとその鼓動はすでにない。
ぱっと見でわかるような大きな外傷はない。
それならなぜ?
デリザスタの頬に触れるとまだ温かい。
なのに、デリザスタは死んでいる。
「デリザ……デリザスタ」
『ん? 何、ファミ兄?』
呼べばそう言って振り返りデリザスタは柔らかく微笑む。
欲しいものを手に入れた時の高揚感とは違う。
けれども、その微笑みを見るだけでどうとは言えないが満たされた気分になっていた。
しかし、デリザスタはもう微笑まない。
それどころか動くことすらないのだ。
死とはそういうもの。
わかっていた。
だが、ファーミンにとってそれは他人事だった。
それが今、近しい者の死という形でファーミンの心を抉った。
「デリザ……」
呟くファーミンの頬を一筋の涙が伝い落ちる。
馴染みのない感覚に頬へ触れたファーミンの手が涙で濡れた。
そこでようやくファーミンは自分が涙を流したのだと気がついた。
ファーミンはデリザスタの頬を撫でた後、彼にもらったマフラーを強く握って立ち上がった。
「……お前を殺した奴をオレが殺してやる」
そう宣言したファーミンは続く通路の先へと向かった。
明日は分割話のため8時、12時、20時に投稿します
【おまけメモ】
・ファーミンの武器について
作中でファーミンがチャクラムを使用していますが、これは捏造設定です。
原作のオーター戦でファーミンが使用した武器は半円の刃物です。
(この作品を書くため原作を読み返すまでチャクラムだと思っていました)
チャクラムにしたのは、明確な武器の名前がなく描写しにくかったからです。
裏設定として過去にデリザスタがファーミンの武器を見た時に「チャクラムっぽくてカッコ良い」と言って実際にチャクラムを見たファーミンが気に入って使っている感じです。