光を灯すために   作:流雪

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神の都

捜索

 船と鉄道を乗り継ぎ数日、ショウはジョウトの地に降り立った。

「やっと着いた……」

 この時代の移動の大変さを甘く見ていた──わけではないが、苦労は得てして机上では実感できない。

 ここはエンジュシティ、歴史が流れる古き都。周囲を山々に囲まれ、古い住宅や店舗が碁盤の目状に立ち並ぶ。ショウの時代では、花の見頃や紅葉の時期になると多くの観光客が押し寄せていたものだ。ショウもまたそのような観光客として、あるいはジムチャレンジャーとしてエンジュシティに来たことがあった。この街の風景はそのときと大きくは変わっていない。

 ここからシント遺跡に向かうには、チョウジタウンを経由していかりの湖の北東に出る必要がある。シント遺跡はアルセウスや古代シンオウ人との関わりが深い。ウォロがヒスイの外にいるのならば、ほぼ確実に訪れると見てよいだろう。

 しかし、シント遺跡に向かう前にアルフの遺跡に立ち寄ることにする。

 アルフの遺跡はエンジュシティの南方にある遺跡だ。エンジュシティからの距離はシント遺跡よりも近い。ウォロがジョウトに来ているのならば、訪れていてもおかしくないだろう。加えてアルフの遺跡は人里に近く、目撃証言を得られるかもしれなかった。ウォロの容姿は人目を引く。たとえ訪れてから何年か経っていたとしても、近隣住民の記憶に残っている可能性は十分にある。

 モンスターボールからウインディを出す。

「ここから南にある遺跡に行くよ。よろしくね」

 ウインディに乗れば日が暮れる前に辿り着けるだろう。

 

 

「遺跡に興味がある、背が高くて綺麗な顔の男性? ええ、見たことありますよ。一年以上前になりますかね……」

 聞き込みを開始してすぐに目撃者は見つかった。アルフの遺跡近くの集落に、ウォロも来たことがあったようだ。

「しばらくの間、行商に来られていて。覚えている人は多いと思いますよ。遺跡を見に来る人自体が珍しいですし、とても目立つ方でしたから」

「一年以上前ということは、最近は来ていないんですね。他の場所に行くという話はしていませんでしたか?」

「流石にそこまでは……。すみませんね」

「いえ、ありがとうございます」

 礼を言って別れる。覚えている人は多いという言葉に従い、ウォロの目撃証言を尋ねて回る。中には行き先を耳にしたという住民も見つかった。

 どうやらウォロは湖の方に行くつもりだったようだ。ジョウト地方で有名な湖といえばいかりの湖だ。やはりウォロはシント遺跡に向かった可能性が高い。

 

 

 エンジュシティへの道を戻り、西に向かいチョウジタウンへ。人の足では二日ほど掛かるが、ウインディに乗れば数時間で移動することができる。

 シント遺跡はいかりの湖よりさらに北、山林を抜けた先に位置する。チョウジタウンで山を越えるための装備を調えなければならない。

 食料や傷薬を買い求めつつ情報を集める。どうやら、ウォロと特徴が一致する人物がシント遺跡の調査のために出入りしているらしい。

 翌日の明け方、シント遺跡へと出発する。山に入ると鬱蒼とした森が続いていた。

 ジュナイパーをボールから出す。山道が整備されているとはいえ、野生のポケモンを警戒しながら歩かなければならない。薄暗い中でも視界の利くジュナイパーは適任だった。

 森の中にはヒスイにはいない種類のポケモンも多く生息していた。道中、度々足を止めては観察を行う。生態系への影響を考えると捕獲してヒスイに連れ帰ることは難しいが、観察だけでも貴重な機会だった。

 森を抜けたのは昼頃だった。開けた視界の先に大きな柱を伴った建造物が見える。

「これがシント遺跡……! 本当に槍の柱──シンオウ神殿に似てるのか……」

 意匠の類似性については元の世界で写真を見たことがあった。しかしそれ以上に、それぞれの遺跡を包む空気がよく似ている。

 動悸が速まる。自分の鼓動がはっきりと聞こえた。

 おそらくウォロはこの先にいる。ショウは行かなければならなかった。ここまで来たからには、進まない選択肢などありはしないのだ。

 覚悟を決めてシント遺跡に足を踏み入れる。遺跡の内部は暗闇に包まれていた。照明も明かり取りの窓もないせいだろう。エーフィを外に出し、フラッシュを指示する。暗くて周囲の見えない洞窟や遺跡の調査において頼りになる存在だ。

 エーフィとジュナイパーを伴って奥に進む。その先に現れたのは広い空間と正三角形の舞台、そして──中央に立つ人間とポケモン。それが誰なのか、見間違えるはずもなかった。

 

 

再会と覚悟

 外を警戒する素振りを見せたルカリオに気づき、ウォロは顔を上げる。ルカリオの目は広間の入口を捉えていた。否、それよりもさらに奥、遺跡自体の入口の方向か。

「外に何か……人間か?」

 問いかけると肯定が返ってくる。

 シント遺跡を訪れる人間はほとんどいない。このような山奥の遺跡に来るなど、よほどの物好きか、盗掘者か、あるいは――。

 頭によぎった思考を振り払う。それを考えるのは後でいい。

 待機していたトゲキッスにいつでも電磁波を撃てるように、と指示しておく。盗掘者なら排除しなければならないが、貴重な遺跡を傷つけるわけにはいかない。

 息を潜めて来訪者を待つ。しばらくして、いくつかの足音が聞こえてきた。人間は一人、他はポケモンのものだろうか。

 入口付近に光が近づく。最初に姿を現したのはポケモン――エーフィだ。光源はこのエーフィだったようだ。

 見覚えのある姿に、まさか、と声がこぼれ落ちる。

 エーフィに続いて人間が現れる。それは予想通りの――それでいて、この場所で再会することになろうとは思ってもみない人物だった。

 その人物のことはよく覚えている。目的のために利用し、アルセウスに選ばれたことを妬み、最後にはウォロの夢を打ち破った人間だ。忘れられるはずもなかった。

 ショウは広間に足を踏み入れる。その隣にはジュナイパーが控え、こちらを警戒していた。しかし敵意は感じられない。

「お久しぶりです、ウォロさん。その子たちに見捨てられていなかったようで安心しました」

 ショウの声が広間に響く。内容だけなら嫌味にも聞こえるその言葉は、しかし真に安心したかのような色を伴っている。

「お久しぶりです。……アナタはワタクシの顔など見たくないものとばかり思っていましたが」

 ウォロがしたことを思えばそう考えるのが妥当だろう。それなのになぜ、ここまで会いに来たというのか。

「見たい見たくないではなく、会って話さなければいけないことがあったので」

 ショウはそう応じつつウォロの立つ舞台へと近づく。階段を上ったショウは、ウォロに対してまっすぐに対峙し、目を合わせた。

 この目を見たことがあった。望みと意志を持った人間の目。そして、相対する人間を見ると同時に、どこか遠く別の何かを見ているような――。

 あれは、シンオウ神殿で夢はあるかと問うたときだ。「ある」と答えたそのときも、ショウは同じ目をしていた。

「あたしは、あなたを信じることにしました」

 何を言っているのだ。あろうことか、自分を裏切った――ショウの視点ではそう認識されるだろう――人間に対して、信じることにした、だと?

「正気ですか?」

 思わず言葉がこぼれ落ちる。さすがに、他の言い方というものがあるだろうに。

 しかしショウに気を悪くした様子は見られなかった。

「あたしは至って正気ですよ。訳が分からないと思われるようなことを言っている自覚はありますけど。……信じると言っているのは、ウォロさん自身というよりウォロさんの信念です。それを信じられなければ、あたしは誰も信じることはできない」

 誰も、とは随分と話が大きい。そのように断言する以上、ショウの言う「信じる」は一般に用いられる意味での信頼や信用ではないのだろう。

「ワタクシの信念を信じるとはどういう意味ですか? ワタクシを信じることと、他の誰かを信じることに、どのような関わりが? ワタクシを信じられずとも、一般的には他の人間を信じるのに何の支障もないと思いますが」

「一般的にはそうですね。わざわざ自分を裏切った人を信じる必要性なんてありませんし。……ウォロさんは前に『好奇心、向上心に忠実であることを選んだ』と言いましたよね。あたしはそれをよいものと思います。優れていると言ってもいい。そう評価するのは、好奇心や向上心が人間の持つ資質として望ましいもの、期待に値するものだと考えているからです。……たとえ破滅的な結果をもたらすことがあるのだとしても――そうだってことをあたしは理解してしまいましたけど――それでも、全てを否定するなんて誤りだ。好奇心も向上心も、人がよりよく生きるには必要なものです。あたしはその可能性を信じ続けなければならない」

 この件において、ショウは個別の振る舞いを問題にはしていないのだろう。そうではなく、好奇心と向上心という人間が持ちうる資質自体の是非が問題になっている。

「……つまり、ワタクシを信じることは人間を信じることの一部である、ということですか? 他の誰かにであってもそれは同様だと?」

 ウォロの問いにショウは肯定を返す。

「はい、あたしにとって『信じる』というのは、思い通りにならない、裏切られるかもしれないという不確定要素を考慮して、それでも期待し続けるという意志です。よいものであれという祈りです。……個人レベルであの人はよくてこの人はダメ、というようなものではありません」

 でも、と痛みをこらえるような様子で続ける。

「あなたに裏切られて、人を信じることが怖くなりました。人間への信頼の一環としてウォロさんの信念を信じていましたけど、それが自分を傷つける可能性があるものだと知ってしまった。それでも、人間を信じないわけにはいかないんですよ。あたしの人生にはそれが必要です。……あたしは覚悟を決める必要があります。信じたものによって傷つく覚悟と、傷ついてもなお信じ抜く覚悟を」

 ウォロを見据え、ショウは再び告げる。

「ですから、あたしはあなたを信じることにしました。もう一度、人を信じるために」

 このような状況を、誰が予想しえただろうか。

「やはりアナタはキテレツですね! 面白いです。……本当に」

 出会った日と同じ言葉を口にする。初めにショウに抱いていた感情は、空から落ちてきた人間への純粋な好奇心だったはずだ。いつしか嫉妬に塗りつぶされてしまったそれをウォロははっきりと思い出した。

 ある日突然ヒスイに現れたショウは稀有な能力の持ち主だった。ポケモンを恐れず、その扱いに長け、数々の問題を解決して皆の信頼を勝ち取っていった。ただ生存だけを目的とするならば、人を信じる必要などショウにはないだろう。しかし、人が生命の存続以上の意味で「生きる」ために必要なものがあるということを、ウォロはよく知っていた。そして、真正面から突きつけられたそれを、目の前の人が背負い続けてきたものを、自分には無関係として退けるほど誇りのない人間ではなかった。人が歩んできた歴史を軽んじるような恥を知らぬ振る舞いをする気はない。

 ショウはシンオウ神殿での戦いによって負った傷と向き合い、考えた末に出した結論に従ってウォロの眼前に立っている。ならば、それに対しての応答を示さなければならない。

 戦いに敗れてから幾度も考えてきた。よりよい世界をつくるためには何をすべきなのか。なぜアルセウスは自分ではなくショウを選んだのか。自分の行いは世界にとって何を意味するのか。

 世界の理不尽を憎むのならば、己がそれを生み出すことは避けなければならない。既に生み出してしまった後ならば、相応の対応を。だから、ウォロには言わなければならないことがある。

「ショウさん、申し訳ありませんでした」

 謝罪と共に頭を下げる。ショウの表情は見えないが、息をのむ気配がした。

「理不尽な出来事に傷つき、よりよい世界を求めたにもかかわらず、余所者と罵り、理不尽に傷つけました。なくしたかった痛みをワタクシ自身が生み出してしまった。これはワタクシの過ちです」

 目的を隠してショウに近づき、その能力を利用し、最後には裏切ったことを後悔してはいない。もし再び同じ状況に置かれたとしても同じ判断を下すだろう。しかし、不必要にショウを傷つけるような振る舞いがあったことは事実だ。それは、世界はよりよくあるべきだという自分の望みと矛盾する。

 敗北の直後は到底冷静ではいられなかった。しかし数年が経ち感情の昂ぶりが落ち着いてもなお、自分の行動とその影響を省みられないほど愚かではなかった。

「謝られたからといって、簡単に赦せるようなものではありません……」

 喉の奥からしぼり出したような声が耳に届く。ショウが動揺しているであろうことは明らかだった。頭を上げ、返答を口にする。

「そうでしょうね。……赦しを求めて謝ったのではありません。ただ、アナタが示した覚悟に対して、応えるべきと考えたまでです。赦す必要はありませんし、アナタが何を思おうと、ワタクシがすべきことは変わらない」

「ウォロさん……謝罪する側の発言として『アナタが何を思おうと』はどうかと思いますよ……」

 ショウは呆れた口ぶりで言うと「あっ」と付け加える。

「非難したいわけじゃないですよ。あなたはそういう人でしたよね。良くも悪くも他人の意思に左右されない。……あたしはそれに救われたんですから」

 コトブキムラから追放されて路頭に迷っていたショウに手を貸したときのことを言っているのだろう。功労者に対するあの仕打ちには呆れ返ったものだ。とはいえ、ウォロからしてみれば恩を売れる絶好の機会を利用したに過ぎない。だがそれが、人の目を気にする者にはできないことなのは事実だった。

「赦せるかどうかは別として、謝罪は受け取りました。……これならもう一つの目的も果たせそうです」

 そう言ってショウは微笑みを浮かべた。

「単刀直入にお伝えします。ヒスイに帰ってきてくれませんか? ヒスイにはあなたの知識が必要です」

「それはギンガ団の意思ですか? ワタクシの知識によってヒスイは危険にさらされたのに?」

 意外な提案だった。ウォロがヒスイに異変を起こした張本人だと知らないわけではないだろうに。

「ええ、団長の許可もありますよ。そうでなければジョウトにまで来れません。あなたが起こした事件で、神話や歴史の理解が生存に直結しうることが明らかになってしまいまして、ギンガ団としてはその対策をしないわけにはいかないんです。あたしたちが知る限り、一番詳しいのはウォロさんですから」

 奇しくもウォロ自身が起こした事件によって自身の必要性を証明してしまった、ということか。

「ヒスイの未来のためにあなたの知識が必要なんです。監視も兼ねて調査隊に席を用意することになるので、完全に自由というわけにはいきませんが、行商人と兼業する必要はありません。悪い条件ではないと思います」

 ショウはそこでにやりと笑った。

「――というのが建前ですね。あるいはギンガ団の事情。それで、これ以降は個人的な都合です。あたしはウォロさんの知識が惜しいんです。知識が共有されないままに失われることが惜しい。あなたが戻ってこなければ、少なくともヒスイには研究成果が残りません。たとえ危険があるとしても、仮に実利的でなかったとしても、知識は知識であるという理由によって尊重されるべきです。あたしは知識が失われるのを見過ごせないし、見過ごしたくありません」

「……なかなか危険な思想ですね」

 知識を知識であるがゆえに尊重する、というのは、獲得手段や使用目的を問わず尊重する、ということに他ならない。

「こんなこと、誰彼構わず言ったりはしませんよ。それこそ団長には言わない方がよさそうですし。……でも、あなたは知を裏切らないでしょう? だから大丈夫だと判断しました」

 ショウが言うところの「信じる」とはこういうことなのだろう。その価値観はウォロにとって共感を抱かせるものだった。

「……いいでしょう、ヒスイに戻ります。ここの調査も一段落したところです。堂々と帰れるなら遺跡の調査もしやすい」

 アルセウスを追い求める以上、いずれどこかでヒスイに戻る必要はあった。それが予定より早まるだけのことだ。




ルカリオのトレーナーはせいぎのこころ持ちらしい。あとレジェンズアルセウスのエーフィはフラッシュを覚えない。
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