ヒスイへの帰途、ショウはウォロとともに鉄道に乗っていた。
「ポケモン図鑑が完成したそうですね。遥かジョウトまで評判が届きましたよ! ヒスイでは既にある程度出回っていると耳にしましたが、出版はまだでしょう? あれは多くの人の手に取られてこそ意味のあるものです。目途は立っているのですか?」
ウォロは好奇心に目を輝かせている。姿を消す前、図鑑の完成を楽しみにしていた様子は偽りではなかったのだろう。
「ヒスイで出回ってるのは断片的な写本ですね。出版については近日中に。図鑑に載せる調査結果自体は既に出揃ってる状態ですから、コトブキムラに戻ったら見せますよ」
「それはありがたい! 楽しみにしておりますね!」
それがもたらす結果が何であれ、ウォロの好奇心は本物なのだ。だからこそ、ショウはその心を理解できてしまう。それに、研究成果を待っていてくれる人がいるというのは素直に嬉しく思う。
「……ところで、なぜアナタはこの世界に留まっているのですか? すべてのポケモンとであい、図鑑も完成したのですから、元の世界へ帰ったものと思っていましたが」
「そのつもりだったんですけど……アルセウスには、あたしを帰す気がないんでしょうね。その必要性を考慮すらしていない、と言った方が正確でしょうか」
ショウはため息を吐く。
「図鑑が完成してからアルセウスに会いに行って、元の世界に帰してくれと頼むつもりでした。でも、ヒスイに留まる前提のことを言われるばかりで……帰りたいと言っても応えてはくれなかった」
「ワタクシに対して、よく平然とアルセウスに会ったなどと言いましたね……」
ウォロは苦々しさと呆れを混ぜたような表情を見せた。気を取り直すように頭を振ると「ですが」と続ける。
「なるほど、そういう事情でしたか。アルセウスに人の[[rb:理 > ことわり]]は通用しませんよ。……アナタがヒスイに留まることまでもが、アルセウスの意思なのでしょう。アナタに与えられた使命はすべてのポケモンとであうだけではないということです!」
ウォロは訳知り顔で指を振る。トゲピーならともかくウォロがやっても可愛くないのだが、と一瞬気を取られ――ショウは会話に意識を戻した。
「使命? コギトさんがおっしゃっていた時空の迷い人のことですか? でもそれだって異変を鎮めたことで終わったはずです」
「それも使命の一端だとは思いますが……ワタクシが言っているのは人生において天から与えられる使命のことです。──つまり『天命』ですね。これは普通、明確な形で与えられるものではありません」
「アルセウスに直接会うなどというのは特殊例です」とウォロは悔しげに付け加えた。
「『天命』……そっか、ウォロさんって昔の人なんですよね。ポケモンを怖がらないし個人主義的だから、昔の人っぽいとは思っていませんでしたけど」
言葉自体は知っているものの、天命という考え方はショウが生きていた時代では廃れて久しいものだった。
「……信仰を前提とした世界の解釈方法ですからね。いずれ忘れ去られるのは無理のないことなのでしょう。ですが、考えてもみてくださいな。アルセウスに与えられた使命というのは要するに天命ですよ。そしてアナタが今ここにいるのは、アルセウスによって連れてこられたからです」
アルセウスは伝説において、世界を創造したと語られる。それが真実か否かをショウは知らない。しかし、あらゆる物事を見通し、世界の理をも左右するような強大な力を持つ存在を、人は神と呼ぶのだろう。そのような存在に与えられた使命は、確かに天命と呼ばれるものに相違ない。
「ショウさんがこの世界で生きることに対して、何らかの期待が掛けられている、と解釈するのは大きな飛躍ではないと思いませんか?」
断定の響きを伴ってウォロは問う。否定することはできなかった。実際、アルセウスの口ぶりは何かを期待していると解釈しうるものだったのだ。
「この世界で生きることが求められているのなら、それが天命だというのなら、そんなものは果たされないじゃないですか! だってそれは……あたしの人生が求められているということだ」
「そうですよ。だからアナタは帰れないのです。……まあ、あくまでも推測ですがね」
「でも、そう考えれば今の状況に説明がつく、と言いたいんでしょう?」
「ええ。……そんなに元の世界に帰りたいのですか?」
ウォロは思案する様子を見せる。
「……シンオウ神殿で、アナタは夢があると言いましたね。その夢はどのようなものですか? この世界では叶えられないのですか?」
首を横に振る。
「叶えられないどころか、今だってあたしは自分の夢のために行動していますよ。あたしの夢は……ポケモンについて知ること。誰もがその知識にアクセスできるようにすること。――ともに生きる存在について、人間がより多くを知ることです。異なる世界に来た程度のことで、この夢を掲げる意味がなくなることはありえない」
「でしたら問題ないではありませんか!」
ウォロはあっけらかんとした調子で言い切った。
「夢については問題はありませんけど……ウォロさんはともかく、大半の人間は夢のためだけに生きているわけじゃないんですよ。簡単に割り切るには残してきたものが多過ぎるんです。家族も友人も、一緒に戦ってきたポケモンたちだって……」
ショウは何も、この世界で生きていくことを受け入れられないのではなかった。むしろ受け入れているからこそ、今こうしてウォロと会話をしているのだとすら言える。ただ、未練を残す形でこの世界に来てしまったことが最大の問題なのだ。
「その点についてはお気の毒ですが……人は、課せられた状況に対して力を尽くすほかありませんよ」
「世界を創造しなおそうとした人の発言とは思えないんですけど……」
ウォロがそのように言うのは意外だった。そのような態度は、ともすると現状追認的なものになりやすい。
「そうでしょうか。ワタクシには意志と能力と環境がありました。できると判断したことを実行に移したに過ぎません。――それを人は天命と呼ぶのです」