帰還
「団長、失礼します! 調査隊員ショウ、ただいま帰還しました。ウォロさんも同行していますが、共に入室してよろしいでしょうか?」
ショウは団長室の入口に立ち、自らの席で書類に目を通しているデンボクに声を掛けた。
デンボクは顔を上げ頷く。
「うむう。二人とも入れ!」
入室したショウに続き、ウォロも団長室に足を踏み入れた。
「報告します。シント遺跡にて遺跡を調査中のウォロさんを発見、調査隊への協力について承諾を得ました。詳細については後日、報告書を提出します」
「ヒスイを遠く離れた地での任務、ご苦労であった! して、ウォロ殿……久しいですな」
「ええ、お久しぶりです、デンボクさん」
鋭い目を向けるデンボクに対し、ウォロは外交用の笑顔を浮かべる。ここで波風を立てる気はなかった。
「ショウより既にお聞き及びでしょうが、ヒスイの皆の未来のため、あなたの知識をお貸しいただきたい! この地で我々が生きていくためには、ウォロ殿が持つ歴史や伝説の知識が必要になりましょう。……あなたが過去に犯した罪を忘れたわけではありませんが、公にしないと決めた以上、罪には問えぬ。今後とも、よろしくお願いいたしますぞ」
ウォロが起こした一連の事件が公になっていないことは、ショウから聞き知っていた。人為的に異変を起こせることが明らかになれば悪用されかねないからと。デンボクはその現状に思うところがあるようだが、利害は一致しているというわけだ。最初から態度が明確なのはやりやすい。
「ジブンを高く買っていただけているようで光栄ですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします。よい取引にいたしましょう!」
デンボクとの話を終え、ギンガ団本部の外に出る。
「さて、デンボクさんへの挨拶を済ませたことですし、ワタクシはコギトさんに会いに行ってきます」
「コギトさんの庵ならあたしも一緒に行ってもいいですか? ウォロさんの件ではお世話になったので報告とお礼をしないと」
大方、ウォロの足取りについて聞いたのだろう。ヒスイを去る前、コギトには他地方の遺跡を調査しに行くことを伝えてあった。
「構いませんよ。……準備がよければすぐにでも出発しようと思いますが、いかがですか?」
「一旦宿舎に寄りたいので待っててくれます?」
「わかりました。では、門の近くでお待ちしています」
宿舎の前でショウと別れ、コトブキムラの門に向かって通りを歩く。ウォロがヒスイを出たときと比べ、ムラの中にポケモンが増えていることに気づいた。かつてはポケモンを恐れるばかりだったコトブキムラの住人たちがポケモンと共存して暮らしている。この光景は調査隊の――ショウの成果なのだろう。人々はポケモンが恐ろしいだけの存在ではないと知った。ウォロがいない間にヒスイは少しだけ、しかし確実に変化していた。ふと、写真館の前に飾られた写真に目が留まる。そこにはウォロとトゲピーが写っていた。
「まだ残っていたとは……」
ウォロの起こした事件が公になっていないというのは本当のことらしい。
更に歩を進め、門に辿り着く。脇に立ってムラの様子を観察していると、門番のデンスケに話しかけられた。
「ウォロさん、久しぶりですね! ショウから聞きましたよ。何でも、神話の知識を買われて調査隊で働くことになったとか。今までヒスイから離れていたんでしょう?」
「ええ、しばらくジョウト地方で遺跡の調査をしておりましてね。調査が一段落したところにショウさんが来たものですから、ちょうどいい機会と思い戻って参りました!」
デンスケの対応はヒスイを去る前と変わらない。何も知らずにのんきなものだと思う一方で、知っていたところで彼らにウォロを止められるだけの力はない。だからこそ情報を伏せたのだろう。
ショウが来るまでの間、デンスケと会話を続ける。しばらく見ない間にコトブキムラにポケモンが増えたのは、やはりポケモン図鑑の影響らしい。門の脇にも見覚えのないバリヤードが立っていた。
しばらくして、ショウが手を振りながら近づいてくるのが見えた。デンスケもそれに気づいたらしい。
「ショウが来ましたね。……それではウォロさん、お気を付けて!」
コトブキムラから少し歩き、人目がなくなったあたりで立ち止まる。
「このあたりなら問題ないでしょう」
ボールからウインディを出して背に乗った。
一瞬の間の後、ショウもウインディのボールを投げる。
「ムラから離れた場所でその子を出したのは、強いポケモンを連れていると知られないようにするためですか?」
ウインディの背に乗りつつショウは問うた。
「その通りです。強いポケモンがいると警戒されますからね。実際アナタも、シンオウ神殿で戦うまでワタクシの実力を知らなかったでしょう?」
「そうですね。でも……あんな形ではなく勝負できたらよかったのに、とはずっと思ってますよ」
ショウの言葉に内心で同意する。ポケモン勝負でショウと互角に渡り合える者などヒスイにはほとんどいない。そして、それはウォロにとっても同様なのだ。だから、あの勝負にどこか高揚している自分がいたのは否定できない事実だった。
だがそれをショウに伝える気はない。ウォロは考えを頭の端に除け、出発を告げた。
「さあ、隠れ里に参りましょう!」
好奇心と罪
「どうも、コギトさん」
庵の外で優雅に茶を飲んでいるコギトにウォロは挨拶する。久しぶりに再会したはずのコギトに対して、ウォロの様子はあまりにもいつも通りだった。
「ウォロ……戻ってきおったか。ショウはうまくやったようじゃな」
目線を向けたコギトにショウは笑みを見せる。
「はい、おかげさまで。その節はありがとうございました」
ウォロに会いに行くと決めた後、その行方についてショウはコギトに尋ねに行ったのだった。「あやつのことは忘れろと言うたであろうに……」と呆れながらも、コギトは知っていることを教えてくれた。
「そうか。あたしが教えたことは役に立ったようじゃな」
コギトは頷きながら言うと、ウォロの方に顔を向けた。
「して、おまえは何をしに来たのじゃ? ヒスイに帰ってきたからといって、何の用もなしにあたしを尋ねてくるようなヤツでもあるまい」
散々な評価だ。だが、ウォロがそのように振る舞うのは、付き合いの長い相手に対する気安さでもあるのだろう。
「そうですね。ジブンがここに来たのは目的あってのことです」
ウォロはそう言うと帽子を脱ぎ、頭を下げた。
「――コギトさん、申し訳ありませんでした」
「……おまえがあたしに謝罪するとは予想外じゃった。それは何に対する謝罪か? 謝るべきはあたしではなくショウではないのか?」
コギトは驚いた様子だった。そのような表情を見るのは珍しい。ショウとてこの展開は予想していなかった。しかし、シント遺跡での一件を思えば驚くべきことではない。
「ショウさんには既に謝意をお伝えしましたし、それとは別件です。……ジブンは、コギトさんに教えていただいた知識をアナタの意思に反する形で利用しました。ヒスイのためにと先祖から受け継がれてきた知識を――力を、その意図に反する目的に用いたことは、お怒りになってもおかしくない行為だと理解しています」
「怒りか……怒ってはおらぬ。……しかし、その考えに辿り着けたあたり、ヒスイを離れた意味はあったと見えるのう」
感慨深そうにコギトはつぶやく。コギトはずっと、ウォロのことを心配していたのではなかろうか。ウォロとコギトがどのような関係なのか、詳しいことをショウは知らない。だが、二人が昔からの顔なじみであり、おそらく血縁関係があることは窺えた。
「いえ、ヒスイにいたときから理解はしていましたよ」
しかしウォロはコギトの言をあっさりと否定する。
「理解していたのにやったんですか!?」
ここまで静観していたショウであったが、思わず声を上げてしまった。
「おや、非を理解していることと、実行しないことは等価ではありませんよ。目的を隠してアナタに近づいたことも、コギトさんの知識を利用したことも、正しくないとは理解しています。もっとも、後悔はしていませんが」
ウォロはショウの方に振り向いた。
「以前、ジブンが『自らの好奇心、向上心に忠実であることを選んだ』と言ったのを覚えていますか?」
「カミナギ寺院、ですよね? 覚えています。そのときはウォロさんらしいと思っただけでしたけど、すぐ後に具体的にはどういうことなのか思い知らされましたから……」
つい、声に苦々しさが入り込んでしまった。今の本題はそれではない、と思考を振り払う。
「では、もうお分かりでしょう! ジブンにとっては善悪よりも好奇心の方が優先されるべきものだということです」
ウォロはそのように断言する。
「それは……」
ハードルの高さが段違いだ。理解せずに踏み越えるのと理解した上で踏み越えるのでは選択の重さが違う。
「あたし……ウォロさんのことを過小評価してたみたいです。そんなに
理解していないわけでも興味がないわけでもなく、ただ、優先順位が低いという理由によって、社会的な正しさを後回しにした。逆に言えば、ウォロは善なるものを知っているし、目的と衝突しない限りは尊重する意思もある。それゆえの謝罪なのだ。
分かったはずではないか。ウォロが持つ善性の一端を、自分は見てきたはずだ。ユウガオの頑迷さの背後に流れる過去を慮ったこと、苦しみや悲しみを自分一人のものとは考えなかったこと。何より、世界を創造しなおすと語ったときでさえ「よりよく」と望んでいたではないか。そうであるならば――。
「それに?」
ウォロの問いによって潜り込んでいた思考が浮上する。
「……いえ、思ってたよりも善意があるんだなって気づいただけですよ」
今はそれでいい。それで十分だった。
善性の存在を信じられる者とならば、共に生きることは決して不可能ではないはずなのだ。