「ビッグニュースです!」
そう言って研究室に駆け込んできたラベンは、喜びと興奮に表情を輝かせていた。
「先程の会議で大学の設立が正式に認められたのです!」
ショウはソファから勢いよく立ち上がる。
「博士! ついにやりましたね!」
「ええ、ついにヒスイにも大学ができるのです! ……ここまで大変な道のりでした」
ラベンとショウの連名で大学設置計画を提案し、認められてからというもの、素案の作成に関係各所との調整、教員の確保などと奔走してきた。これが予想以上に骨の折れる仕事だったのだ。人手が足りないとはいえ、研究機関としては調査隊という基礎がある。それにもかかわらずこの苦労とは、一から立ち上げる場合はいかばかりだろうか。
「本当に大変でした……。ウォロさんなんて何度も文句を言ってましたし」
ショウは苦笑を浮かべる。「こんなことをするためにヒスイに戻ってきたのではありませんよ」やら「ワタクシは遺跡の調査に行きたいのですが」やら、散々文句を聞かされたものだ。
「それでも協力してくれるあたり、ウォロさんも大学の設立を望んでくれているのだとは思います。……それは、嬉しいことですね」
ラベンはショウの言葉に頷く。
「誰かが期待してくれるというのはステキなことです。さあ、あともうひと踏ん張りですね! 『希望は生きるのを助けてくれるのです』この言葉に語られる希望をボクたちは持っています。どんな困難でもきっと乗り越えられるはずです」
そうであってほしい。そうであると信じている。そう願ってショウは頷いた。
ヒスイは歴史の転換点にある。望むと望まざるとにかかわらず世界は変化し続ける。そうであるならば、その変化はよいものであってほしかった。よいものにする力が人間にはあると、ショウは信じることにしていた。
この地の――この世界の未来が、よいものであることを祈っているのだ。
同人誌版あとがき
本作は近代のはじまりの物語です。「ヒスイの夜明け」とは近代の夜明けであると思います。私は近代を好んでいます。価値観を強く依拠しています。人類にはそこを通る必要があっただろうとも思います。本作で近代のはじまりを描こうと考えたのはそのためです。
でも、私は近代を終わらせたいのです。私は理性を殊更に重んじる人間です。自由と能力主義の恩恵を受けられる人間です。ですが、それらが常に正しいわけではないことは既に明らかになってしまいました。明らかになったからには、ずっと依り続ける続けるわけにはいきません。でも、私には終わらせ方が分かりません。人を能力によって量ることから逃れる術を知りません。この問題に対する回答は、いずれ何らかの形で示したいと考えています。いつになるかは皆目見当もつきませんが。
私が今回LEGENDSアルセウスの、より正確に言うならウォロについての二次創作を書いたのは、ウォロが自分とよく似た人物だと思われるからです。本作は小説という形式をとってはいますが、実質的には論文に近いものです。自分が抱える問題についてここ数年間で考えてきたことと、その暫定的な結論が反映されています。
さて、本作に登場させたポケモンのほとんどには、ストーリー進行の都合以上の意味があります。私欲としてはグレイシアを登場させたかったのですが、出番が思いつかなかったため泣く泣く断念しました。
また、執筆にあたりサウンドトラックを聞き返しました。「戦い:ウォロ」の中盤で鳴るフルートらしき笛と鐘の音がとても印象に残っています。両者は原曲の「チャンピオンシロナ」「戦闘!チャンピオン」にはなかった楽器で、つまりはウォロの特徴を表す音です。これは比喩ですが、ウォロは天の声を聞いたのだな、と思いました。
今回、私は初めて同人誌を作りました。相談に乗ってくれた友人と親戚、読みたいと言ってくれた友人たち、参考文献リストに作品情報を載せていいかという同人界隈でも相当珍しいであろう問い合わせにご快諾くださったお二方、そして、この本を手に取ってくださったあなたに、深く感謝いたします。
2024年12月
流雪
本作はコミックマーケット105で頒布した同人誌の再録です。LEGENDSアルセウスWebオンリー「翡翠奇譚伍」に合わせて公開しました(pixiv版)。ここまでお読みになった方になら理解していただけるかと思いますが、本作は望む人がアクセス可能な状態にしておくことによって完成します。知は共有されるべきである、という思想が本作の根底にあるためです。
Web版にない主な要素としては、裏表紙の引用句と参考文献リストの2点が挙げられます。前者はせいれいプレートからの引用で、本作の前提です。黒背景に黒文字で載せています。後者では、引用句の出典や影響を受けた作品、設定の参考資料について、主要なものを掲載しています。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。