アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする   作:音塚雪見

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第二章
ASTRA//CODE


 東京都第二アイドル育成高校。

 アイドルを目指す卵を育てるため、歌やダンスのレッスンなど、専門的な教育がおこなわれる施設である。

 雨森紗英はそこに通う高校一年生であり、少し前まで劣等生として扱われてきたが、最近はめきめきと成績を向上させている期待の星。

 

 

「……?」

 

 

 彼女が廊下を歩いていると、何やら視線を感じた様子。

 振り返ってみると周りの生徒が顔を背ける。

 盗み見されていたのだろうか。……それにしてもどうして自分を? と紗英は困惑した。

 

 

「気のせいかな」

 

 

 自意識過剰は時として恥ずかしい勘違いを生む。

 ゆえに彼女は首を傾げ、疑問を飲み込み、CRYSTAΛの四人が待つ音楽室へ足を運んだ。

 

 

「お待たせー」

 

 

 ドアを開けると三人──贄田実千、蜂谷亜咲、東恩納映莉子は各々好き勝手にだらけていた。

 具体的に描写すると、実千は椅子の背もたれを抱きかかえるように座り、キャラメルタイプのメイクポーチを漁っている。

 亜咲は椅子を三つ並べて上に寝そべり、顔の上には漫画雑誌。完全に昼寝の体勢だ。

 映莉子は窓際で小鳥と遊んでおり、如何にも優雅な様子、あるいはお前は童話の中から飛び出してきたんか、と突っ込みたくなる過ごし方である。

 

 

 常人であれば反応せざるを得ない光景。

 ところが紗英は慣れた様子で無視をした。

 ほとんど定位置の椅子に腰を下ろし、鞄を引っ掛ける。

 

 

「遅かったわね」

「ちょっと気になることがあって。なんか、その……ここのところ、やけに見られる気がするんだよね」

「当たり前でしょ」

「え?」

 

 

 んあーと口を開きながらビューラーで睫毛(まつげ)を挟んでいた実千が、呆れたようにため息をついた。

 

 

「いい? 私たちは一週間前のフェスで一番人気になったでしょ」

「うん」

「でもCRYSTAΛはそれまで落第ギリギリの駄目駄目グループだった。それが急に一番なんて取ってみなさい。そりゃあ……ね」

「ズルしたと思われてるの?」

「それなら簡単なんだけど──」

 

 

 辟易とした表情で。

 重たく肩を落とす。

 

 

「私たちの力じゃなくて、曲と振り付けのおかげで人気を得たと思われてるの」

「絢華さんの……」

「そ。ライブで使う曲は作詞作曲とか、あと振り付けとか、情報を纏めて提出しないといけないでしょ? だからCRYSTAΛの人気を生んだ『ツキシモ』とのコネを得ようと、虎視眈々と狙ってるんじゃない?」

 

 

 だって劣等生があっという間に一番だもんね~。なら自分たちもツキシモの曲で踊れば、大した努力もなしに一番になれると勘違いしてんだ~。

 と実千は口角を下げた。

 実に不満そうだ。

 

 

「ところでさ、実千」

「ん?」

「なんで教室でビューラー?」

「今日寝坊しちゃったの。睫毛(まつげ)の寝癖なんて直してる時間なかったし、昼休みの今やるしかないでしょ」

 

 

 ──普段はコンシーラーとか使わないのに、あんまりにも隈が酷いものだから使わざるを得なかったわ。

 何処か苛立ちの宿る声に、紗英は苦笑した。

 

 

 その時。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 なんてけだるげな声と共に音楽室の扉が開けられた。

 入ってくるのは黒髪の少女。

 時計を確認すれば、まだ授業までは何十分もある。始まる前に教室へ移動するにしても早すぎだ。

 

 

「アンタは……」

ASTRA(アストラ)//CODE(コード)三ヶ嶋(みかしま)花凛(かりん)です。どーぞよろしく」

 

 

 てし、と無気力な敬礼。

 双眸の下に黒く刻まれた隈は酷く、彼女のどんよりとした気配をいっそう強めていた。

 

 

「ASTRA//CODE……」

 

 

 小さく呟いた紗英は、その名前に覚えがあった。

 忘れもしない、一週間前のアイドルフェスにて、CRYSTAΛの一つ前に会場を熱狂の渦に叩き込んだグループである。

 

 

 全員一年生でメンバーが構成され、成績は文句なしの最上位。

 同級生の中で最もトップアイドルに近い存在が彼女らだと言えるだろう。

 けれども、そんな花凛がどうして音楽室に……?

 

 

「なんの用よ」

「いきなり喧嘩腰は感心しない。アイドルは広い心がなければ務まらない」

「ライバルが単騎で襲撃してきたのに、呑気にお茶でも出せっての?」

「ライバル──?」

 

 

 花凛は不思議そうに復唱した。

 何度かその言葉を咀嚼して、「なるほど」と頷く。

 

 

「何やら勘違いをしている様子」

「勘違い?」

ASTRA//CODE(わたしたち)CRYSTAΛ(あなたたち)をライバルだなんて思っていない。謂わば象と蟻。自分の爪よりも小さい相手を、好敵手だと認識する者は居ない」

「なっ……!!」

 

 

 挑発に乗った実千が椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。

 金髪を翻し、つかつか距離を詰める。

 鼻息すらかかるほど近づくと、彼女は怒りに身を任せて花凛の胸倉を掴んだ。

 

 

「馬鹿にしないでちょうだい……ッ」

「馬鹿にはしていない。客観的な意見。みんながそう思っている」

「その態度が馬鹿にしてると──!」

「実千っ!!」

 

 

 彼女の掌が頬に当たる寸前。

 紗英の叫び声が実千に冷静さを取り戻させる。

 

 

「……ごめんなさい」

「大丈夫。気にしていない。蚊が腕に止まったようなもの」

「アンタねぇ」

 

 

 ぴくぴくと実千は青筋を浮かべた。

 倫理やら常識やらがそれを阻まなければ、おそらく地獄絵図が爆誕していただろう。

 しかし自分が窮地を脱したことなど露知らず、花凛は無表情に言い放つ。

 

 

「私が音楽室を訪れた理由を訊いたね」

「ええ」

「要求は簡単。『ツキシモ』とのパイプを繋げて」

「はあ……?」

 

 

 ずいぶんと耳慣れた名前だ。

 というか実千が寝不足になった原因である。

 昨日新曲が投稿されたせいで、彼女は上手く寝付けなかった。

 

 

「アンタもそれ? 低迷する有象無象ならともかく、ASTRA//CODEに関しては人気絶好調じゃない。なんであや──ツキシモに拘るわけ? わざわざ私たちのところに足を運んでまで」

「ビビっと来た」

 

 

 自身のこめかみを指差す花凛。

 手で銃を形作り、「ばーん」と弾く。

 

 

「ツキシモの曲はASTRA//CODEにぴったり。もしも書き下ろし曲を作ってくれたなら、相乗効果で遥かな高みへ行ける。CRYSTAΛには勿体ない」

「失礼千万、言葉選びに棘しかないわね」

「そう捉えてしまったのであれば素直に謝罪する。私は誤解されやすい」

「誤解……」

 

 

 もう駄目だ。こいつと喋っていると疲れる。

 実千は見せつけるようにため息をつき、音を立てて椅子に腰を下ろし、他の三人に目くばせを送った。

 

 

「で、どうする?」

「どうする──って」

「ボクは反対かな。もちろん作るかどうかはツキシモさんの裁量次第だけど、少なくともボクは、花凛をあの人に会わせたくない」

「わたくしも嫌ですわ。気に入りませんわ。一昨日来やがれですわ」

 

 

 亜咲と映莉子は殺気立っている。

 発情期の猫のように毛を逆立たせ、(まなじり)を釣りあげた。

 警戒心の塊。

 

 

「何やら意見が纏まっていない様子」

「意見は纏まってるわよ。お断り」

「明日また来るから、その時に返事を聞かせてほしい」

「やっぱ聞いてない……疲れる……」

 

 

 じゃ、と右手を上げて花凛は去っていく。

 扉が閉まると束の間の沈黙が落ち、四人が肩の力を抜くと、パンケーキに小さな穴が空くように、ふつふつと怒りと不満とが湧き上がってきたらしい。

 

 

「な、なんなんだアイツはぁ──!」

「あんな態度取られて、ビンタでもしようものなら罰を受けるのはボクたち。こんな理不尽がまかり通っていいものだろうか」

「わたくし怒り心頭ですわ。アイドルの人気って品性と比例しないんですのね」

「台風みたいな人だったね……」

 

 

 音楽室は喧騒に包まれる。

 これが、これからCRYSTAΛを襲う激動のきっかけだとは、まだ誰も知らなかった。

 

 

     ◇

 

 

「また間違えた」

 

 

 とぼとぼと廊下を歩く小さな影。

 先程CRYSTAΛの四人に盛大な煽りをかました挑発ザウルスこと、三ヶ嶋花凛である。

 彼女は肩を落としながら嘆息した。

 

 

「どうしてこう、私はいつもいつも」

 

 

 端的に説明すると三ヶ嶋花凛は天然である。

 そのうえ無表情で反応に乏しく、時々とんでもない行動をやらかすものだから、ASTRA//CODEのサイコ爆弾魔と呼ばれていた。

 

 

 今回も爆弾魔の名に恥じず、その名に相応しい宣戦布告じみた言動をしてみせたのだ。

 さすがの花凛も相手のリアクションがおかしいと気付いたらしく、部室へ帰る道すがら、後悔に苛まれているというわけだ。

 

 

「また結愛(ゆい)に怒られる……」

 

 

『どうしてお前はそんなすぐ他所様に喧嘩を売るかな!? 舌がナイフで出来てるの!? それとも頭のネジが外れてるの!?』と頭を抱えて叫ぶユニットリーダーの姿を幻視した。

 

 

 花凛の性質からして常に迷惑をかけっぱなしだ。

 何か面倒事を起こすたびに、彼女はグリグリ攻撃を受ける。

 ゆえに花凛にとって「失敗」は多大なるトラウマであり、失敗をするたびに、こうして沈鬱なため息をつくのだ。

 

 

「部室行きたくないな……」

 

 

 小さく呟いて。

 廊下の壁に誰かがもたれ掛かっているのに気付いた。

 

 

「──あら、サボっちゃうの?」

 

 

 蠱惑的な声。

 食虫植物のような、聞く者を虜にし、最後にばくりと破滅する気配。

 彼女(﹅﹅)は喪服じみた漆黒のスーツを纏い、窓に背を向けて立っているため、逆光に顔が塗りつぶされている。

 

 

 普段は危機感に欠ける花凛も、思わず警戒態勢を取った。

 全身の肌が粟立って、脚の震えが止まらない。

 

 

 いったい目の前に居るのは誰なのだ。

 一年間を東京都第二アイドル育成高校で過ごしてきて、一度たりとも出会ったことのない人間だ。

 いくら記憶力に乏しかろうと、こんな特殊な存在感を放つ奴、すれ違っただけで脳裏に刻み込まれる。

 

 

「……貴女は」

「私? 私は──」

 

 

 彼女は無表情に告げた。

 

 

「霜月絢華。今日からここで教育実習をすることになった、なんの変哲もない大学生よ。どうぞよしなに」

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