アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする   作:音塚雪見

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貴女はだあれ?

 しばらく観察を続けていると、運のいいことに夜凪ゆき──いや霜月絢華は少女らから離れ、どこかへ向かった。

 

 

 気配を悟られないように木々の影に隠れながら付いていく。

 まるでストーカー、というかそのものの行動だが、憧れの存在が急に現れたのだからこうもなろう。

 

 

 霜月絢華は自動販売機で水を買い、木陰のベンチに腰を下ろした。

 ぱたぱたと手で顔を扇ぎ暑そうである。

 

 

「……ふむ」

 

 

 自分の持つ氷袋とハンディファンを見下ろす。

 実に涼しそうである。

 視線を移す。

 実に暑そうである。

 

 

 ここで隠れていても何も変わらないし、涼しさのお裾分けがてら近づいてみようか。

 

 

 私は彼女にバレないよう足音を殺しつつ距離を詰める。

 まだ気付かれてない。

 まだ気付かれてない。

 まだ気付かれてない。

 気付かれて……いや気付かれてないな。

 

 

 ついにベンチの背後にまで到着してしまった。手を伸ばせば届くところに憧れの霜月絢華が居る。

 

 

 心臓が高鳴った。

 きゅう、と身体の深いところが締まる。

 

 

 何をしておる志波紗耶香。緊張で固まってるんじゃあない。今すぐハンディファンを吹き付けるのじゃ。涼しさのお裾分けぞ。

 

 

 一度二度深呼吸して、えい。

 

 

「驚かないんだねぇ」

「そうね。気配は感じていたもの」

 

 

 彼女は驚いた様子も見せずに振り返った。

 どきり。

 近距離でまじまじと観察して改めて思う。

 やっぱりこの人は夜凪ゆきだ。他人の空似じゃない。

 

 

「隣、座っても?」

「どうぞ」

 

 

 よっしゃと内心ガッツポーズしつつ隣に陣取る。

 嫌だって言われても座ってたぞ。

 私の積年の想いを舐めないでもらおうか。

 

 

「どうも、志波紗耶香言います」

「私は──」

「霜月絢華、でしょ?」

 

 

 どうだ驚いたか、と言わんばかりに首を傾げる。

 彼女も同じく首を傾げた。

 

 

「どこかで会ったことがあったかしら」

「いいえ。ありませんとも。私と貴女は今ここで、初めて出会った」

「そう、ならよかったわ」

 

 

 そう。私たちは今ここで初めて出会った。こちらは一方的に貴女のことを知っているし、私淑しているけれど、真実を喋れば嫌われてしまうかもしれない。そう思うと口が重くなった。

 

 

 花音にはよく考え足らずと注意されるが、これでも結構怖がりなのだ。

 

 

 彼女はどうして自分の名前を知っているのだろう、と不思議そうに──あるいは警戒するように目を細める。

 夜凪ゆきさんですよね。敬愛しています。

 と切り出すのは悪手に思われた。なぜだろう。私の勘がそう囁いた。

 

 

「以前、コンサートで見かけたことがあってね。私は観客で貴女は演者。一方通行の認識だから私のことを知らないのは当然だよ」

「ああ……」

 

 

 実際にはコンサートを直接見たことはないんだけど、にわかだと思われたくなかったから私はちょっぴり嘘をついた。

 

 

「まさか東京から遠く離れた沖縄で遭うなんて」

「ええ。それにその格好……」

「分かる?」

 

 

 ふふん。そうですのだ。

 私も貴女と同じアイドルで、

 

 

「そこのドームでね、ライブをするの」

「……だから実千はここを目的地にしたのか」

「絢華?」

 

 

 さん、と敬称は意図的に外した。

 そうしたほうがいいと思った。

 

 

「気にしないで。独り言よ」

 

 

 独り言か。独り言ね。私が目の前に居るのに独り言。会話の合間に独り言。否応なく「嫌われてしまったんじゃないか」という恐怖が付きまとう。

 

 

 しかし、気にするなと掌を向けられ、

 

 

「それで、私に話しかけた理由は終わり?」

「……うーん」

 

 

 考え込んでしまう。

 たった数分の邂逅で終わりにしたくない。

 何年も憧憬を抱いて、ようやっと出会えたのだ。

 終わりになんてできるはずがない。

 

 

「せっかくの奇遇だし、お茶くらいはしたいんだけど……もうすぐリハーサルが始まるし、喫茶店を探してる時間はないね」

 

 

 リハーサルをすっぽかすと花音は怖いし、何より運営の人に迷惑をかけてしまう。いくら憧れの人が居るとしても、私情を優先するのは論外である。

 

 

 じゃあここでお別れしないといけないのか……。

 私は心底残念でため息をついた。

 

 

「──あ、そうだ!」

 

 

 その時、電流のような閃きに至る。

 

 

「ちょっと控室に来ない? 案内するよ私。紹介したい人も居るし」

「そうね……」

 

 

 私がここに居られないのなら、霜月絢華のほうを控室に招いてしまえばいいのだ。逆転の発想。天才と呼ばれるに相応しいファインプレー。全私がスタンディングオベーションで万雷の拍手を送っております。コングラチュレーション!

 

 

 彼女は少し考えて、答えた。

 

 

「少しお邪魔するわ」

 

 

     ◇

 

 

 控室に戻り、花音と斎に紹介しても、二人は霜月絢華の正体に気が付かなかった。

 

 

 まあそうか。私並みの妄執的なファンでないと、過去の夜凪ゆきと現在の霜月絢華を結び付けられる人間は居ないだろう。

 

 

 はっきり言って別人レベルに違うのだ。装いが違うとか、雰囲気が違うとか、それ以前に存在が違う。如何な観察眼があっても看破できまい。事実、記憶力に優れている斎ですら判らなかったのだから。

 

 

 あるいは、霜月絢華と夜凪ゆきを同一視してる私が間違っているのか。

 その可能性もある。

 というか、そっちのほうがあり得るかもしれない。

 

 

 私はシャワーを浴びて髪の湿った彼女を盗み見ながら、彼女の正体について思案を巡らせた。

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