アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする   作:音塚雪見

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第六章
摩擦


 APEXIAは四人になった。

 大会は三日後に開催される。

 絢華は母親のように立派なアイドルになるため、限界まで自分たちを追い込んで、よい結果を残せるよう努力していた。

 

 

「はあ……はあ……」

「もう、無理……限界……」

「お腹の中身が全部出る……」

 

 

 小和瀬麻美、出射千絵、中郡智美の三名は、口から魂でも放出しそうな勢いで、膝に手をつき、荒々しく呼吸に勤しんでいる。

 

 

 額の汗を拭った絢華は、そんな三人の様子を確認して、トレーニングを再開しても問題なさそうだと判断した。

 判断の基準は、仮に自分の状態がああだったら、不都合なく運動ができるだろうという予測である。

 

 

「よし、回復したね!」

「絢華……はあ、貴女……目が腐り落ちてるの?」

「失礼な。可愛らしいお目目がしっかりと両方揃ってるでしょ」

「両方揃ってたら、はあ、私たちが……ふう、限界寸前だと判るはずなんだけどなあ」

 

 

 文句を言い放つ麻美。

 それを冗談だろうと笑う絢華。

 両者の間には感覚の隔絶があった。

 

 

 高校生にとって、小学生の抱える問題が理解できないように。

 無意識の、無自覚の、意図しない、自然な隔絶だった。

 とても「あの程度」のトレーニングで音を上げる人間が、この世界に存在するなど考えつかないのだ。

 

 

 そんな二人の会話を聞いていた千絵と智美は、上手く言葉にできない、漠然とした不安に襲われる。

 

 

「……絢華」

「ん? なぁに」

「絢華の目標は、何」

「私の目標──」

 

 

 千絵のぽつぽつとした質問。

 それを受け、絢華は首を傾げて。

 

 

「トップアイドルになることだよ」

 

 

     ◇

 

 

 東京都第二アイドル育成高校でボーカルのレッスンを担当する、田中先生と呼ばれる女性は、教え子のぎりぎりを見極めて、昭和のスパルタ特訓ではないが、当人の限界以上を引き出す教育を得意としていた。

 

 

 あくまでも、ぎりぎりを見極めて、である。

 必要以上を要求するなどないし、危ない橋は渡らない。

 渡れない、と表現したほうが適切かもしれない。

 

 

 しかし。

 彼女は今。

 一度たりとも渡ったことのない橋を、渡ろうとしていた。

 渡らせようと、していた。

 

 

 APEXIAというユニットが存在する。

 先日、第一回戦が開催された大会の、参加申し込み数日前に結成されて、なんと歴代最高得点で予選を通過したユニットだ。

 

 

 通常、アイドルの評価点は個人に依らず、チームで連携が取れているかが争点となる。

 むしろ個々人の方向性が違っていたり、能力に差がありすぎると、たとえ一人が突出していても、評価は低くなる。

 アイドルにワンマンチームは必要ない。

 それが常識だった。

 

 

 けれども、APEXIAは常識を破壊した。

 たった一人の活躍によって。

 たった一人の暴虐によって。

 

 

 APEXIAは四人で構成されるアイドルユニットだ。

 霜月絢華。

 小和瀬麻美。

 出射千絵。

 中郡智美。

 

 

 急ごしらえのチームらしく、四人の間に上手く連携はできていないようだが、マイナスを圧倒的に上回る加点があった。

 

 

 ひとえに、霜月絢華の輝きである。

 

 

 暴力的とまでに思える才能は、審査員の判断基準を大きく揺るがし、ワンマンチームを認めないはずの方針さえ歪め、後の時代からは「失敗」と烙印を押されるであろう、APEXIAに歴代最高得点を与える、という結果に至った。

 

 

 田中は生徒によって自分の教育方針を変えないことを教育方針としていたが、目の前に現れた霜月絢華は、そんな彼女の覚悟を動揺させ、このアイドルの限界を見たいという欲求を噴出させた。

 

 

 確かに、APEXIAはワンマンチームだろう。

 霜月絢華以外のメンバーは、彼女に付いていけていない。

 足元にも及ぶまい。

 

 

 だが、しかし。

 太陽に目を灼かれた者が視覚を失うように。

 太陽の傍にある星の光が見えないように。

 圧倒的な才能は、多少の影を塗りつぶす。

 

 

 もしも。

 もしも、である。

 自分が霜月絢華を鍛えたら。

 これ以上に育てられたら。

 いまだ底の見えない才能を。

 限界まで、鋭く磨いたら。

 

 

 いったいどんな怪物が生まれるのだろう。

 いったいどんなアイドルになるだろう。

 良きにつけ悪しきにつけ、歴史に名を刻むのは間違いない。

 

 

 霜月絢華と他の三人には隔絶した実力差がある。

 霜月絢華に合わせたレッスンを行なえば、間違いなく、他の三人は付いていけずに脱落するだろう。

 それでも、彼女らを取り巻く大人たちは、鮮烈な才能を貶めることに我慢いかず、三人に危ない橋を渡らせた。

 

 

 だからこその歴代最高得点かもしれない。

 田中も、件のライブ映像を見て、霜月絢華の終着点を拝みたくなってしまった。

 

 

「はあ、はあ……」

「うっ、くぅ、はあ……」

「ごほっ、がっ、ひゅ……」

 

 

 ボーカルレッスンとはいえ、そこは様々な科目を担当するアイドル育成高校の教師だ、田中は四人に厳しいレッスンを施した。

 

 

 霜月絢華だけは涼しい顔をしているが、他の三人は苦しそうに、床に這いつくばって、どこか虚ろとした雰囲気を漂わせている。

 実際に見たことはないが、戦場で逃げ惑う人々というのは、おそらくこういった雰囲気をしているのだろう。

 

 

 ……ああ、教師として失格だ。

 自分は教え子全員のことを考えなければいけないのに。

 今の私は、霜月絢華のことしか目に入らない。

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