アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする   作:音塚雪見

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畏怖

 三ヶ嶋綾乃にとって、霜月絢華を育てるというのは、まるで亡き友人と再会したようで、楽しさと同時に、感傷を覚える行為だった。

 

 

 けれども、最近は、霜月絢華に母親の存在を感じられず、それどころか、出生不明の化け物を相手にしているような、ある種の恐怖を覚える、理解のできない神秘的な何かに接しているような気分に陥る。

 

 

 絢華が自分たちの、APEXIAを名乗って、大会を優勝したのは耳にした。

 まだ高校一年生だろう。

 並み居る強豪を打ち破って。

 弱冠十五歳だか十六歳だかの少女らが、全高校生の頂点に立った。

 

 

 出来すぎだ。

 自分たちの時と比較しても。

 絢華は、驚異的な速度で階段を駆け上っている。

 

 

     ◇

 

 

 霜月邸にて、どこのご家庭にもあるようなトレーニングルームで、三ヶ嶋綾乃と霜月絢華が汗を流していた。

 絢華は雫を垂らしているものの、疲れを見せることなく、鉄仮面でも被っているように、不気味なほどの笑顔である。

 綾乃はそんな彼女の様子を眺め、口元までせり上がってきた言葉を呑み込み、縛っていた髪を解く。

 

 

「じゃあ、今日はもう終わりにしましょう」

「練習し足りないです」

「でも……」

「私、もっと頑張らないと」

 

 

 満面の笑みの絢華。

 気持ち悪い。

 ふと浮かんだ感想に、綾乃は、苦々しい表情を作った。

 

 

「そうね──貴女がそう言うなら、もう少し、やりましょうか」

「やった! ありがとうございます!」

 

 

 霜月ゆいの忘れ形見。

 亡き親友の遺子。

 そうだ。

 だから。

 私の感じているこれは、封じ込めておかなければ。

 

 

「そういえば……数日前に出してた課題はどう? ほら、上手く言葉では表現できないけど、アイドルの、感覚的な秘訣というか……もちろん私も活動しはじめてから数年くらいで会得したから、まだできてなくて当然だけど。その、進捗を聞きたくて」

「ああ! 掴めました!」

 

 

 淀みなく。

 莞爾として。

 首を傾げる絢華。

 

 

 シンギュラリティとは、人工知能が人間の知能を上回り、自律的に自己改良を始める転換点を指す言葉だ。

 

 

 それ以降、技術の発展は人間の制御や理解の範囲を超える可能性があるとされているが、それがいつ訪れるのか、そもそも本当に起きるのかについては、専門家の間でも意見が分かれている。

 

 

 この予想に関して、綾乃は、妙な気持ち悪さを覚えていた。

 不気味の谷現象に近いものかもしれない。

 人間が人工知能に勝てる分野は少なくなっていく。

 言い換えれば、人工知能は人間よりも高い能力を持っている。

 

 

 さらに言い換えれば、人間を超越した才能を持つ人間は、もはや、人間の範疇に収まらず、人工知能などのような、薄気味悪い、理解のできない存在と同義なのではないだろうか。

 

 

 目の前の少女は。

 霜月絢華は。

 ついに、綾乃の手に収まる域ではなくなった。

 

 

 気持ち悪くなって。

 才能が、薄気味悪くなって。

 異常な才能は、自然、拒否反応を催す。

 

 

 自分たちが何年も、それこそ学生時代からプロとして社会に出て、何年も何年も研鑽して努力して積み上げて、ようやっと辿り着いた世界に、霜月絢華は、無遠慮に配慮なく土足で、才能という一点のみで、人間面して侵入する。

 

 

 もう綾乃には手に負えなかった。

 親友の娘だとしても。

 自分が積み上げてきた歴史に。

 こんなにも簡単に、手を伸ばされたら。

 防衛反応的に、拒絶してしまう。

 

 

「──ごめんなさい」

「え」

 

 

 以上の理由から。

 三ヶ嶋綾乃は、霜月絢華と関わるのを辞めた。

 

 

     ◇

 

 

 雨に打たれている。

 曇天が天蓋である。

 アスファルトに空にすべてが灰。

 雨粒の反射が無機質な音列をなす。

 私は自分が歩いているのかさえ判らなかった。

 

 

 前照灯が目に刺さる。

 瞼を閉じた。

 肌の感覚が鋭敏になった。

 開く。

 霧がかっていた。

 

 

 川べりを歩く。

 轟轟と濁流。

 鼻先が熱かった。

 吐く息が白くなる。

 

 

 背中を向けたすべてが足を引っ張っていた。

 足首に指が絡みつく。

 私の踏みつぶしたものが還る。

 唇が震えた。

 

 

 持っていた傘を放り投げる。

 元より使わなかった物だ。

 濁流に呑み込まれた。

 流れていく。

 黒のそれはすぐに見えなくなった。

 

 

 空を仰ぐ。

 どこまでも遠い灰。

 雲の隙間はない。

 十重二十重に積み上がった緞帳。

 

 

 川を覗き込んでみた。

 泥の混じった水面には何も映らなかった。

 眺めていると流れが遅くなる。

 ゆったりと葉が沈んでいく。

 

 

 手を伸ばした。

 指先が濡れた。

 枝が隠れていた。

 指先を切った。

 流れに一瞬だけ赤が紛れる。

 

 

「…………」

 

 

 ポケットに収まるスマートフォン。

 しばらく鳴っていない。

 鳴る由もない。

 何も残っていない。

 

 

 ワンピースの裾が土に汚れていた。

 興味がなかった。

 雨粒が数多落ちる。

 茶の水玉柄になった。

 

 

 私は散歩をやめにした。

 

 

     ◇

 

 

 最近の絢華は様子がおかしい。

 小和瀬麻美は頭を悩ませていた。

 

 

 ……まあ、それも無理はあるまい。

 短い期間で何人もメンバーが減っていくのだ。

 彼女の能力からして、こういった挫折経験は限りなく少ないか、あるいは体験したことすらないだろう。

 

 

 だから麻美は絢華を励ますため、あまり向いていないと自覚しながら、不器用な手付きでケーキを作ってみた。

 落ち込んでいる友達を元気づける経験などないから、これでいいのかと自問自答しながら、頑張って作ったケーキだ。

 

 

 ──絢華は喜んでくれるかな。

 

 

 麻美は少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 これがAPEXIA解散のきっかけとなった。

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