アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする   作:音塚雪見

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面倒事解決! 閉廷!

「ふーむ」

 

 

 校門から校舎を見上げる。

 ここは東京都第二アイドル育成高校。

 東恩納(ひがしおんな)映莉子(えりこ)の父親を説得するため、CRYSTAΛ(クリスタ)の四人を指導することになってしまった俺は、逃げ出したい気持ちに駆られながら、ここに足を運んだ。

 

 

「今更、未経験ですなんて言い出せないしな……」

 

 

 頭を掻いてため息をつく。

 暇潰しがとんだ大事(おおごと)になってしまったものだ。

 人生何が起きるか分からないとは云うものの、いくらなんでも、これはあんまりじゃないだろうか。

 

 

『着いた』とスマホで連絡し、待つこと数分。

 玄関から一つの影が走ってくる。

 

 

「──絢華さん!」

 

 

 アイドルフェスで出会った少女、雨森(あめもり)紗英(さえ)だ。

 彼女はよく懐いた犬のように笑顔を見せ、俺の周りをくるくる回る。

 

 

「前も言ったけど、私に指導なんて向いてないわよ」

「大丈夫です! 絢華さんは台風みたいな人ですから!」

「……?」

「私たちは風に巻かれるポリ袋です。頑張って絢華さんに付いていけば、きっと尋常でない成長ができるはずなんです!」

 

 

 よく分からないが。

 とにかく、やる気はあるらしい。

 

 

 むん、と胸の前で拳を構える紗英。

 俺とあまりにも熱量の差があるもので苦笑をしつつ、守衛の人に話を通して、首から来校カードをぶら下げた。

 

 

 普通の学校ならばこう簡単に校内には入れないと思うが、そこはアイドル育成学校。外部のインストラクターやプロデューサーがよく出入りする都合上、生徒の説明があれば、比較的容易に許可がいただけるそうだ。

 

 

 大学生の自分が高校に居る。

 肩身の狭い思いをしつつ、音楽室へ向かった。

 

 

「──あ」

 

 

 音楽室の扉を開けると、CRYSTAΛの残りの三人が談笑していた。

 本当に「先生」になってしまったんだなぁ。

 なんて現実感の薄い現実に頭痛を覚える。

 

 

「霜月さん……ありがとうございます」

 

 

 この事態の原因(自分の愚行は見ないふり)である映莉子が丁寧に頭を下げた。

 お嬢様は些細な所作ですら美しいものらしい。

 

 

「別にいいわ。頭を上げてちょうだい」

「……はい」

 

 

 非常に柔らかい笑みだった。

 陽だまりの蒲公英(たんぽぽ)のような、数日前とは比べ物にならないほど柔らかい笑み。

 

 

「それで、なんのアドバイスをすればいいの? 歌とか?」

「そのことなんですけど──」

 

 

 隣に立っていた紗英が口を開く。

 

 

「まず私たちのパフォーマンスを見てもらって、何処をどう改善すればいいか教えてほしいんです」

「分かったわ」

 

 

 それなら素人の俺にもできそうだ。

 いきなり魅力的なアイドルになるには? とか哲学的なことを訊かれても答えられないからな。

 

 

 胸を撫でおろして、近くの椅子に腰を下ろす。

 CRYSTAΛの四人は音楽室のステージ中央に立ち、各々定められた角度で停止した。

 

 

『──!』

 

 

 そこから始まる圧巻のライブ。

 自分一人にだけ披露されているのが勿体ないくらいだ。

 以前フェスで見た時より遥かに洗練されており、いったい何処に口を挟めばいいのか分からないくらい。

 

 

「はぁ、はぁ……どうですかっ!?」

 

 

 額に髪を張り付かせ、紗英は上目遣いを向けてきた。

 

 

「そうね……」

 

 

 意味深に沈黙を作ってみる。

 いやどうですかとか言われても。

 完璧でしたね、としか返しようがない。

 やっぱり素人に先生とか無理なんじゃないか???

 

 

 CRYSTAΛの一人一人と目を合わせ、静かにため息をついた。

 もう諦めるしかないか。

 上手い言葉なんて見つからないし、謝罪をするしか。

 

 

「試しに私がやってみるわ」

「──え? 今の曲を、ですか?」

「ええ。上手い説明ができそうにないから、実際にやってみせる」

「でも初めて……いや二回しか見てないですよね? それで歌と、ダンスを覚えたって言うんですか?」

「まあ、一度この目で見れば」

 

 

 この身体の才能を舐めないでほしい。

 おそらく人類に可能な動作であれば、ほとんど完璧に模倣できるだろう。

 

 

 愕然とした表情の四人をステージから下ろし、代わりに俺が独りでステージに立つ。

 

 

 四人でやることを前提に作られた歌とダンスだから、歌詞割りとか振り付けとか厳しい個所もあるが、まぁ適当に挑戦してみよう。

 

 

     ◇

 

 

 ──この気持ちを、なんと表現すればいいのか。

 

 

 眼前で繰り広げられる光景が信じられなくて、私は何度も瞼を擦り、しかし鼓膜を叩く音が、否応なく現実を教えてくる。

 

 

 霜月絢華さんは死神のような女性で、本人は何も語らないが、おそらく昔はトップアイドルだったのだろうと思わせる貫禄がある。

 だから歌も踊りも相当な練度だろう。

 そう思っていた。

 思っていたのだ。

 なんて不十分な認識だろう。

 

 

『──────』

 

 

 霜月さんは一人で踊っているはずなのに、時々四人に見えた。

 私たちのパートに合わせているのか、立ち位置を変えるごとに、姿もまた変わっているような。

 たぶん一度見ただけで、私たち全員の癖を把握したのだ。

 

 

『──────!』

 

 

 そして表情。

 歌声。

 

 

 退屈そうに世界を睥睨する死神ではない。

 楽しそうに世界を舞い踊る妖精さながら。

 跳ねるように歌い、慈しむように囁き、軽やかに叫ぶ。

 

 

 声質が全然違うはずなのに、発声の特徴や語尾の抜き方を完全に模倣されて、四人が同時に歌っているように聞こえた。

 

 

 トップアイドル?

 いやいや、そんなものではない。

 これはもっと、こう、形容しがたい何かだ。

 アイドルなんて存在には定義できない、人の形をした偶像(アイドル)だ。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 曲が終わっても、私たちは何も喋れなかった。

 ただ沈鬱に、ひたすらに、黙りこくっていた。

 

 

「……? 私、何か間違えたかしら」

 

 

 無表情に首を傾げる霜月さん。

 先程あんなに激しい動きをしたのに、汗一つかいていない。

 こんなところでも、彼女との違いを目の当たりにする。

 

 

「……いえ、ありがとうございます。その、霜月さんのパフォーマンスが凄くて、言葉を失ってただけです」

「あらそう? 満足いただけたようで何よりだわ」

 

 

 退屈そうに椅子へ座って、霜月さんは呟いた。

 

 

「上手く表現できないけど、伝わった?」

「……はい。それはもう、完璧に」

「よかった。じゃあ私は帰るわね」

 

 

 ひらひら~と手を振って彼女は音楽室を出ていく。

 残されたのは冷たくなった私たちだけ。

 

 

 ──否。

 

 

「な、なんなのあれ……っ!!」

「ボク自分の目を疑ったよ!?」

「わたくし、あんなの初めて見ましたわ!!」

 

 

 煮えたぎる溶岩のように心を燃やす、アイドルの卵たちが残っていた。

 

 

「人間ってあんな動きが可能ですの?」

「いや、まあ、理論上は……」

「『理論上は』って言葉が出てくるってことは、普通は不可能ってことでしょ」

「うん」

「じゃあ目の前で披露してくれた絢華さんはなんなの?」

「化け物でしょ」

「言い方……。いや私も同意だけど」

 

 

 完璧な理想像を見せつけられて、きらきらの輝きを目指す私たちが、折れていられるはずがなかった。

 脳裏に焼き付いた、焼き付けられた映像を何度も再生して、理想の動きをトレースしていく。

 

 

「あっ、指先がズレた……!」

「どうやれば霜月さんみたいに軽々と踊れるんですの……!?」

「というか四人分のダンスをこなしつつ、四人分のボーカルをこなすって何? 両面宿儺なの?」

 

 

 憧れと劣等感とを薪にくべて、遥か遠くに光る理想へ走る。

 もはや私たちに「映莉子のお父さんにアイドルを認めさせる」という当初の目的は残っておらず、ひたすら絢華さんを再現──追い越すことを目標に練習を続けた。

 

 

 いつもは十八時くらいには下校していたのに、その日は……その日からは、外が真っ暗になっても、音楽室の光が煌々と輝いていた。

 

 

     ◇

 

 

「ふんふ~ん」

 

 

 機嫌よく鼻歌を歌う。

 身体が軽い。

 今なら空も飛べそうだ。

 

 

「やっと理解してくれたかぁ。俺にはアイドル(・・・・・・・)の先生とか無理だ(・・・・・・・・)って」

 

 

 直接言うのは憚られたからな。

 ごめん素人なんで指導とか無理ですって。

 

 

 いくら動きが再現できようと、中身が俺みたいなド素人かつ熱意もない人間じゃ、とてもアイドルなんてやれるはずもない。

 

 

 だから適当に歌って踊ってさえすれば、勝手に見切りをつけてくれるだろうと思ったのだが──見事に成功だ。

 重荷が外れたことで身体が軽い軽い。

 今日は贅沢にアイスの買い食いでもしちゃおうかしら?

 

 

 最高に気分のいい俺は、小気味よくスキップをしながら、夕暮れの帰り道を進んでいったのであった。

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