アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする   作:音塚雪見

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霜月邸弾丸ツアー

「完成した……」

 

 

 パソコンの画面から視線を外す。

 いったいどれだけ作業していたのだろうか。

 窓の外は明るい日差しに染まっている。この椅子に座ったのが夜の八時くらいだったから、朝になるまでトイレにも行かず、ぶっ通しで働いていたらしい。

 

 

 立ち上がって背筋を伸ばすと、小気味よいを通り越してもはや不安すら感じる勢いで筋肉が鳴った。

 一時間座りっぱなしだと寿命が二十二分減ると聞くし、スタンディングデスクを導入するべきかもしれない。

 

 

 俺はカーテンを開けて太陽光を浴びる。

 小鳥の鳴き声が鼓膜を震わせるが、それよりも恐ろしいまでの眠気が脳と視界を揺らしていた。

 レコーディングもこのまま終わらせてしまおうかと思っていたが、さすがに限界である。

 

 

「いったん寝て……そしたらデモ音源完成させて、CRYSTAΛのみんなに渡しに行こう……」

 

 

 もはや自分が何を言っているのかも分からない。

 ふらふら幽鬼の足取りでベッドに飛び込み、それだけで、意識が遠くなった。

 

 

     ◇

 

 

 ──曲が完成したわ。

 その連絡が来たのは、絢華さんに書き下ろし楽曲をお願いしてから、僅か三日後のことだった。

 

 

 あまりにも早すぎる。

 もしや三日三晩徹夜で作業をしていたのでは?

 という疑いのもと絢華さんに電話をかけると、案の定、電話口の向こうの彼女の声は酷いものだった。

 凛として麗として清純な鈴のような声は、強力な竜巻が過ぎ去った後の街のごときガラガラボイス。

 

 

 確かに早く曲を作ってくれるのは嬉しいのだが、自身の健康度外視で作業されても困るというか。

 取り繕わずに言うと心配で仕方がないので、私はキレた。

 

 

「絢華さん!」

『……何かしら』

「何かしら、じゃないですよ! 薄々感づいているんでしょう!? 貴女の健康を第一に優先してくださいよ!!!」

『言い訳するわけじゃないけど、健康には気を遣ってるわよ。ただ、思いのほか興が乗りすぎたというか、気が付いたら時が経っていたというか』

 

 

 なんたることだ。

 全然反省していないではないか。

 

 

 このままでは狂気のブラック労働ウーマンが完成してしまうと、あるいはすでに仕上がってしまっているのかもしれないが、とにかく私は絢華さんを〝わからせる〟ために、直接現地に赴くことにした。

 

 

「絢華さん」

『……ちょっと声が怖いわよ』

「絢華さん」

『……何かしら』

「今から私は絢華さんのお家に向かいます」

『は?』

「つきましては住所を教えていただけると嬉しいのですが」

 

 

 スマホ越しの彼女は混乱に見舞われているようだ。

 困惑を声に溶かし、

 

 

『紗英……貴女、いったい何を言っているの?』

「電話で心配していても一向に理解してくれないようなので、対面して説得したら納得してくれるかなと」

『まるで童女みたいな扱いじゃない』

「ええ。反抗期の中学生くらい分からず屋です」

 

 

 間髪入れずに言い返すと絢華さんは黙り込んだ。

 しばらく静寂が続き、ため息が響く。

 

 

『……嫌だ、と拒否しても無理矢理に突撃してきそうな感じがするわ』

「さすがにそこまでは──」

『どうだか。貴女、そういうところ頑なよね』

 

 

 スマホ越しなため確認することはできないが、雰囲気から察するに、彼女は額を押さえて首を振っているようだった。

 

 

『いいわ。住所は教える。けどその代わり、CRYSTAΛのメンバー全員で来てちょうだい』

「え、全員ですか?」

『せっかくだから新曲のレコーディングも一緒に済ませるわ。そっちのほうが労力が少なくて済むもの』

 

 

 レコーディング、って。

 まさか絢華さんの家にはスタジオがあるのだろうか。

 いいところのお嬢様っぽい気品だとは思っていたけど、もしかすると想像以上かもしれない。

 

 

 私は電話を切り、CRYSTAΛのグループチャットに連絡を入れた。

 

 

     ◇

 

 

 豪奢な屋敷を前に彼女たちは硬直していた。

 ──いや、その描写は正しくない。

 厳密に言えば、東恩納映莉子だけは慣れたように外観を眺めている。

 

 

「な、な、な……」

「ねぇ紗英。絢華さんのおうちは本当にここなのかい? 住む世界が違いすぎてボク震えてきたよ」

 

 

 贄田実千は驚愕を顔面に張り付け、口と目をまん丸に開き、蜂谷亜咲は瞼を閉じて顔を青くする。

 雨森紗英はしきりに地図アプリと提示された住所を見比べ、「あ、合ってるはず」と自信なさげに答えた。

 

 

 紗英の連絡によって集合したCRYSTAΛの一同だが、霜月家の屋敷を前に十五分近くたむろしている。

 それはひとえに住居の規模が常識外れだからなのだが、さすがに退屈したのか、東恩納家の令嬢、映莉子が可愛らしく首を傾げた。

 

 

「早く行きませんこと?」

「映莉子は慣れてるからいいかもしれないけどね、ボクたちには心の準備をする時間が必要なんだよ! 金魚の水槽を変える時、水合わせをする必要があるように!」

「そうよ! 私たち庶民は小心者なんだから!」

「ちょっと卑屈過ぎない……?」

 

 

 紗英は苦笑する。

 まあ、そうだ。確かにいつまでも立ち往生しているわけにもいかないし、そろそろ勇気を出して、呼び鈴の一つでも押してみるべきだろう。

 

 

 この規模の住宅に慣れている映莉子を船頭にして、四人は霜月邸の正門へ向かった。

 

 

「おや、貴女方がお嬢様の言っておられたご友人ですか。話は通っております。どうぞお入りください」

 

 

 しかし彼女らの不安とは裏腹に、守衛は簡単に四人を敷地内に案内し、十数メートルはあるアプローチを歩く。

 丁寧に整備された庭の光景はさながら中世ヨーロッパの庭園のようで、何か雄大な芸術に触れたような気にさせた。

 いささか大きすぎる玄関をくぐると、屋敷の中は天井の高い吹き抜け構造になっており、落ち着いた色合いの赤いカーペットが敷き詰められている。

 踏みしめると驚くほど柔らかく、深く沈み込んだ。

 

 

「……これ、本当に踏んでいい奴?」

「私知ってるわよ。ペルシャ絨毯って高いんでしょ。これはペルシャ絨毯じゃなさそうだけど、それに匹敵するほど高級そう」

「はははは。お気になさらず。ただの安物ですよ」

 

 

 階段を笑いながら下りてきたのは豊かな髭をたたえた老人だった。

 齢幾つか知れぬ風貌だが、背筋は鉄棒が貫いているかのように真っすぐである。

 しっかりとした体躯を執事服に包み、如何にもな見た目。

 

 

「執事だ……」

「実在したんだ……」

「住む世界が違う……」

「そんなに珍しいことですの?」

 

 

 映莉子が空気の読めない疑問を放つ。

 

 

「珍しいよ!」

「ほほほ、元気のよいお嬢さん方だ」

 

 

 執事が屈託なく笑った。

 悪戯げに目を細め、四人を二階に案内する。

 

 

「そこの壁際に飾ってある壺ですが」

「わ、高そう」

「蚤の市で購入した千円の安物です」

「えっ」

「飾り方を整えてやるだけで、存外立派になるものですよ」

「へぇ……」

 

 

 CRYSTAΛの四人は物珍しそうに邸内を見回していた。

 映莉子だけは、「そういう」空気に驚いているというより、他人の家にお邪魔する目新しさに感心しているようだったが。

 

 

「その部屋の前の絵画など、どうです」

「うーん」

「ボクはあんまり好みじゃないかな」

「たぶんこれも蚤の市で買った奴なんですよね?」

「オークションで一億四千万です」

「一億ぅぅぅぅぅ!?」

 

 

 平然と眺めていた実千が噴いた。

 男だと思っていた幼馴染が女だと発覚したような。

 常識が塗り替わる衝撃が彼女を襲ったのだ。

 

 

「わ、判らない……価値の基準が判らない……」

 

 

 三人は肩を落として執事に付いていく。

 映莉子だけは「そんなものか」と普通にしていた。

 価値観の異なる四人が同じアイドルグループを組んでいるのは、ある種の奇跡なのかもしれない。

 

 

 そしていよいよ目的地に到着した。

 執事はある扉の前で立ち止まり、

 

 

「ここがお嬢様──霜月絢華様のお部屋でございます」

 

 

 私はこの場を去りますので、あとはご友人方でごゆるりと。

 老執事は影に溶けるように姿を消した。

 

 

「え? 消えた?」

「忍者……ジャパニーズ忍者よ!」

「強そうな執事って実在したんだねぇ。ボクびっくり」

「わたくしの爺やも似た雰囲気ですわね。同じ養成所を出たのかしら」

 

 

 四者四様の反応をして彼女らは扉に視線を向けた。

 ここがあの霜月絢華の部屋なのか、と。

 誰かが唾を飲み込む音が響く。

 

 

「じゃあ、行くよ──」

 

 

 紗英がノックをし。

 ドアノブを捻ると。

 果たしてそこには。

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