ある可能性のお話 〜名も無き少女に祝福を〜 作:wasirunoguchi
可能性。
それはあらゆる物事に存在する。そして人はあらゆる可能性を夢想する。希望の可能性、絶望の可能性を。
可能性の悪魔。彼はあらゆる可能性を収集し、閲覧し、開示していく。完璧な0でなければ、それは可能性として存在し、いつかは現実となるだろう。
故に悪魔は言うのだ。
「可能性はある」とーーーー
現在(いま)ではない何時か、此処ではない何処かーーーー
カランカラン
ふと店の扉が開かれた。
店内にいた者は扉の方に金色の瞳を向ける。扉には1人の人間が立っていた。キョロキョロと店内を見渡し、不思議そうにしている。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
恐らくはこのカフェのマスターであろう者がカウンターに来店者に声を掛け、導く。声を掛けられた人間はビクッとしながらもカウンターへ移動し、訪ねる。
「あの…すみませんが客ではなくて…。歩いていたら路地で迷っちゃったみたいで…。駅までの道を訪ねたいのですが…。スマホも何でか充電切れでナビも使えないし…。」
偶然道に迷った者が近くの店で道を聞く。そういう事はあるだろう。この人間も同じように道に迷い、道を聞くため来店したらしい。
「道、ですか…。お教えしても宜しいですが、ちょうど雨が振って来ました。傘もお持ちで無いようですし、雨宿りがてらコーヒーでも如何でしょうか。無論、強制は致しませんが。」
眼鏡を掛けた初老のマスターは笑顔でそう言ってコーヒーをカウンターへ置く。店内から外を見れば確かに雨が振って来ていた。窓に雨粒が当たり、路地を濡らしていく。
「えっと……。じゃあお言葉に甘えて。」
人間がカウンターへ座る。今まであるアニメ映画の聖地巡礼をしていて歩き疲れていたのもあった。差し出されたコーヒーを飲み、ほっと一息つく。コーヒーの香りが心を落ち着かせていく。
「此処へは何かご用事で?」
一息ついたタイミングでマスターがコップを拭きながら質問する。
「いや、好きな漫画が映画化されたので見に行ったら凄い感動して。勢いのままその映画で出てきた所を聖地巡礼をしちゃいまして。そのまま道に迷いました。ハハハ………ハァ。」
「なにか?」
「いや、映画は凄いよかったんですが…、映画のヒロインの最期がとても悲しくて…。漫画で展開は解ってたんですが、改めて映像化されて声が付いたら尚更悲しくて…。ネットでも救われて欲しい、こうすれば幸せになるんじゃないか、って人がいっぱいで。」
「なるほど。物語は終われど救済の可能性を考える方々がいる。あなたもその中の1人と。」
「はい。入れ込み過ぎなのは解ってますけど、なんか納得いかなくて。…………すみません。いきなりこんな事。いき過ぎたファンの独り言と思って下さい。」
「いえいえ。可能性を模索する事がどれほど素晴らしいことか。……そうですね。少々お待ち下さい。そんな貴方にお勧めの1冊がございます。雨が止むまでの暇潰しとしてご覧頂ければと。」
そう言ってマスターはカウンター奥の扉へ消える。手持ち無沙汰となった人間はコーヒーの飲みながら店内を見渡す。カウンターの小さな黒板にはおすすめメニューが書いてある。カレー、チャーハン、スパゲティ、ブレンドコーヒー。まるで映画に出てきたカフェのように思い、少し笑ってしまった。マスターは似ても似つかぬようなダンディーさだったが。これだけの雰囲気であれば他に客がいそうなものだが、今は客は居ない。
「お待たせ致しました。」
マスターが奥の扉から戻る。ちらりと奥の部屋が見えたが、なぜか部屋全体が歪んで見えた。目の錯覚かと思い目を擦るが、その間に扉は閉まってしまった。
「こちらがその本になります。1人の女性に起こった数奇な可能性の物語。少々描写が激しい部分がありますが…。まぁ、貴方であれば大丈夫でしょう。」
マスターから渡された本を人間が受け取る。丁寧な装丁の本だ。表紙にはこう書かれている。
〜名も無き少女に祝福を〜
人間は本を開いた。まだ雨が止む気配は無いーーーー