ある可能性のお話 〜名も無き少女に祝福を〜 作:wasirunoguchi
なんじゃこりゃ?ーーーー
玲世は目の前に広がる光景に漠然とそう思った。下はまだ良い。起伏がある草原が広がっている。しかし上は。
「沢山の……扉?……………ちょっと待って。ここって…。」
見渡す限りの無数の扉がひしめき合うように広がっていた。この光景は印象的だったからとても覚えがある。とは言っても漫画の中でだが。現実にこんな光景はあり得ない。
「地獄?」
チェンソーマン第8巻に出てくるロシアのサンタクロースとの戦いでデンジ君たちが地獄の悪魔に落とされた場所。
「なんでこんな場所に?…ってそうか。これ夢だ。」
寝る前に映画の事を考えていたからだろうか。この状況は夢を見ている。そう結論付けた。新年の初夢が地獄の風景とはなんともいえないが、どうせならデンジ君やレゼちゃんに会いたかったと玲世は思った。
「凄いリアルな感じ。一ファンとしては地獄に来た!って喜ぶんだろうけど…。夢だとしてもさすがに気味が悪いなぁ。次の刺客篇の映画が出来たら地獄はこんな感じ?」
周りを見渡し、そう呟いた。上空にひしめく無数の扉なんてCGを使わなければ描写は不可能だ。レゼ篇の撮影の際もチェンソーマンや爆弾の悪魔ボムもCGの爆発や特殊メイクやマスク、特注のスーツを着て撮影したけど、チェンソーマンもボムも顔が顔のため、前が見にくくて大変だったのを覚えている。
「しかし私の想像力も捨てたもんじゃないわね。そのうち悪魔でも出て来るのかな?………地獄だと闇の悪魔か。うん、それはお断り。」
根源的恐怖の闇の悪魔。作中でも一瞬で地獄に落とされた全員のの両腕を切断し、暴力の悪魔を穴だらけにした。ビーム君とかもここでやられちゃったんだっけ。あんなのに会うなんて夢でも嫌だ。しかし
そんな事を考えていたからだろうか。
爆音とともに。
視界の端に映る無数の扉の1つが開いた。
ドカァァァン!!!
「びゃ!!!!!!」
あまりの轟音に耳に手を当て、しゃがみ込みながら爆発した扉を見る。何かが私の方向に落ちてきた。
ドザァァァァ!!!
玲世の遥か前方でそれは墜落し、土煙を上げて滑って来た。玲世の5メートル前方でそれは止まる。土煙が酷く、それが何なのかははっきりとは見えない。
「え………………………何?」
驚きのあまり少し放心し、なんとか言葉が出た。土煙が次第に収まり、落下して来た物体が徐々に露わになっていく。
それは人の形をしていた。ただ、頭は無誘導爆弾にキバが生えたのような形をし、全身傷だらけで両腕と両足は切断されているらしく、血が噴き出していた。
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
突然の出来事に腰を抜かし、玲世は尻餅をつく。腰から下が無くなったかのように力が入らない。
「なん、な、な、な、なんなんなん?あれ?これ爆弾の悪魔?なに?ドッキリ?誰かがマスクかぶってる?だけど血だらけでこれじゃあ死んでる?でも此処は地獄だから死んだら現世に行く?現世に行ったらレゼちゃんになる?じゃあ嬉しいかも?」
パニックになり過ぎて早口でわけの分からない事を口走る。爆弾の悪魔と分かったのは特徴的なその頭。映画の撮影の際に自分も作り物のマスクとして身に付けていた。
半ば現実逃避のようにうわ言を喋っていたが、状況は待ってはくれない。
「!!!!」
強烈な悪寒が玲世を貫き、爆発で開いた扉からもう一つ何かが降りてきた。
それは黒い液体のように見えた。コールタールのようにドロリとした液体。それが扉から垂れている。ゆっくりと地面に向かって垂れている。そして液体が地面に着いた瞬間。
周囲を闇が包んだ。
胴体から真っ二つになった11人の宇宙飛行士達が合掌し並んだ状態は、レッドカーペットの両脇で整列する人のよう。
玲世の歯がカチカチとなる。身体がガクガクブルブルと震える。それは人の根源的恐怖の現れである。それは漫画ではこう言われていた。
「闇の悪魔」と。
怖い恐いコワイこわい
ほぼ無意識に震える手で爪を立てながら自分の頬を引っ張り抓る。古典的な方法だが夢から覚めたい一心で。
「いひゃい…。…………なんでぇ。夢でしょ、これぇ…。うぇ~ん!!」
思い切り抓ったせいか、それとも恐怖のせいか、涙が出てきた。
玲世が泣き出しても闇の悪魔は動かない。動かないからこそ尚更怖いと感じた。
恐怖とパニックとで情緒が乱高下し、感情が抑えきれず更に泣き出した瞬間。
「おい!人間!なんでこんな所にいる!?」
小さい女の子のような声が聞こえた。玲世は泣きながら声の方を見る。そこには爆弾の悪魔の頭部に手足が生え、デフォルメされたかのような不思議な生物が浮いていた。
「おい!聞いてるのか!?泣いてないで答えろ!」」
「知らないわよ〜〜〜!!なんなのこれぇ!?これ夢でしょう!?なんでこんな怖いのよ〜!……ヒック、ヒック、誰か、」
玲世は恐怖に耐えかね限界だった。誰でも良い。この悪夢から助けて欲しい。その一心だった。
「おい、馬鹿!……………マズい!!」
不思議な生物はこれから起こる事を察知したかのように慌て出し、玲世の服へ潜り込む。そして玲世は
「たすけて」
地獄でその言葉を口にした。
ヴィィィィィィン!!
チェンソーの音と共に周囲の闇が切り払われる。同時に玲世を蝕んでいた恐怖が薄れていく。あれだけパニックを起こし、怖くて泣いていたのが嘘のようだった。
「チェンソーマン………。」
黒い異形に、腸をマフラーのように巻いた姿。主人公デンジが変身した姿ではなく、チェンソーの悪魔「ポチタ」の真の姿だ。地獄で助けを求める悪魔を周りの悪魔ごと切り殺す地獄のヒーローが、玲世の助けを求める声に応えた。
周囲の闇が消え、チェンソーマンと闇の悪魔が対峙する。しかしかき消えるように闇の悪魔は消え去った。
しばらくチェンソーマンの姿に目を奪われていた玲世だったが、ハッと我にかえりお礼を述べた。
「あ、ありがとうございました!」
チェンソーの頭が玲世の方を向く。目は無いが何故か玲世の腹部辺りを見ているようだった。
「……?あの…」
ギュル
チェンソーマンのマフラーが伸び、玲世に巻き付く。
「えっ、はぇ、うぇ?」
いきなりの展開に困惑する玲世をよそに、マフラーは玲世を持ち上げ、上空の爆発で開いた扉に伸びていった。
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
そして玲世は扉に放り込まれ、扉は閉まるーーーー
扉の先でこれから起こる体験を、この時の玲世はまだ知る由もなかったーーーー