昼休みも終わり、今は現国の授業中。
なぜ国語の先生の声って眠気を誘うんだろう…担当教科の抽選声でやってる?
私はウトウトしながら窓の外を眺める。
春をこれでもかと告げるように、校庭の桜と軽やかな風がダンスする。
活き活きと踊るそれらを眺めると、最近ひっついてくる後輩を連想した。
「なんで私に構うんだろ…」
夏井鈴音。はちみつ色のふわふわした髪が印象的なあの子…
いや見た目より性格が特徴的だけど。
彼女の甘やかな見た目、人懐こい距離感…私に構わなければクラスの中心人物となれるポテンシャルがあると思う。
なんかたまに…限界オタクみたいな空気纏うけど…
少なくともこんな面白くも何ともない奴を構う必要がない。
たとえ彼女がそう思わなくとも、私が私を認められない。
「はぁ……」
溜息一つ教室に溶かすと、また睡魔が忍び寄ってくる。
このまま寝てもいいかな……怒るような先生じゃないし……
そんなことを考えているうちに意識が薄れていった。
――夢の中で私は、かつての姿に戻っていた。
長い黒髪を腰まで垂らし、まだ希望に満ちていた頃の自分。
汗と砂ぼこりにまみれながらも、ただがむしゃらに練習していた日々。
笑顔は多かったし、仲間もいたはずだったのに……
一瞬で景色が切り替わり、鋭い痛みが胸を刺す。
ざんばらに刈られた毛先が肩に当たる感触。
ゲラゲラと嘲笑する声が耳を貫き心で渦を巻く。
当時はあまりの事に感情が追いつかなかったが、改めて見ると恐怖と屈辱が喉を塞いで、叫びたくても声にならない――
「―――ッ!!」
飛び起きた拍子に机が揺れる。先生が驚いたように振り向いた。
「……あぁ七倉さん。大丈夫かしら?具合悪いなら保健室に……」
「いえ……大丈夫です。少し眠気が……」
慌てて周囲を見回すと、他の生徒たちも私を見ていた。
気まずくなって顔を伏せる。こんなこと初めてだ。いつもならどれだけ眠くても他人の前で寝たりしないのに。
「本当に大丈夫?顔色悪いけど……」
「……本当に平気です」
深呼吸して心臓の鼓動を落ち着ける。
あの悪夢を見るのは久しぶりだった。過去の傷跡は、確かに未だ鮮やかだということを思い知らされる。
午後の授業が全て終わるころには、頭痛がこめかみに重くのしかかっていた。
廊下を歩いていると、あの軽快な足音が聞こえてくる。
「せんぱ〜い!待ち伏せ成功!放課後ご飯行きませんか?」
「……ごめん。今日は帰る。」
「え?あっもしかして体調悪いですか??」
「そんなんじゃない。ただ疲れてるだけ」
「じゃあ送ります!」
「いいから、先行って……」
言い終わる前に鈴音が私の腕を掴んで引き寄せた。
そのまま額に手を当ててくる。
「ちょっと!勝手に触らないで……」
「うわっ冷たい!寒いんですか!?あっまさか貧血??体温計どこにあります!??保健室行きます!?」
「だから……ほっといてって言ってるでしょ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
彼女は一瞬固まり、少しだけ眉を下げた。
「……ごめんなさい。ちょっと、強引すぎました」
申し訳なさそうに離れていく手の温もりに、逆に罪悪感が湧く。
こんな風に追い詰めたかったわけじゃない。
ただ、今の荒れた心に触れられるようで怖かっただけ。
己の器の小ささに心底呆れる。
「……明日」
「え?」
「明日なら……付き合ってあげられる。それじゃダメかな?」
彼女の表情がパッと明るくなる。
太陽みたいに眩しい笑顔。
「はい!約束ですよ!それまで元気回復させてくださいね!」
パタパタと走り去っていく後ろ姿を見送りながら、ふと思った。
この子にとって、私はただの好奇心の対象なのか。
それとも本当に大切に思ってくれているのか。
「……わからないな。」
鞄を肩にかけなおし、昇降口へ向かう。
沈みゆく夕陽が私の影を長く伸ばしていた。
答えの見えない問いと共に、私もまた一歩ずつ歩き出す。
ほんの、ほんの少しだけ足が軽くなった気がした。