第26話 理想郷
教会の奥の私室にてシャンメリーをグラスに注いで悠々とシスターはモニターを見ていた。その顔にはにんまりと笑みが張り付いている。
「あれがランサーの迷宮の宝具ですね。素晴らしいですわ。佐藤三郎もここでやっと終わる。くくく」
モニターには石造りの迷宮にて牡牛の怪物に追い掛け回されている佐藤の姿が写っていた。全力で走る佐藤の後ろを槍を持った牡牛の怪物がぴったりと張り付いている。
「しかしなんで追いつけないのですか?ぎりぎりに焦らしているのでしょうか?まあそれはそれでありですが」
シスターはシャンメリーを愉しみにながらも首を傾げていた。
「星の子たる神霊が怪物に零落しているからだね。怪物はターゲットを追いかけまわすが蹂躙ではなく追い詰めるのが仕事だ。だから相手の足の速さに引っ張られているのだよ」
ルーラーがモニターを見ながら解説する。にやにやとした笑みで佐藤を見ていた。
「なるほど。縛りがかかっているのですね。オリュンポスの神々によって怪物に貶められた星の子たる牡牛の神。改竄された神話なのですわね」
「ああ。ランサーはこの宝具を使うのにかなり大変だったようだよ。本来は怪物ではない星の子を神霊に引き上げるために街でカルト宗教活動をやってたからね」
「忘れ去られた信仰ですか。哀れなこと」
そしてモニターの三郎は十字路で右に曲がった。そこでなぜか彼は止まってリュックの中に手を入れる。
「なにか小細工していますわね。がんばれー。うふふ」
「さて。彼はこのピンチをどう乗り越えてくれるかな」
「わたくしは彼が粉々にミンチになる方に賭けますわ」
そして三郎は大きな布地を出して近くの壁に貼りついて布地を外に向けて立った。
「馬鹿なんですか?あはは!迷彩で迷宮に溶け込んだつもりなのですか?!ふふふ、あははは!やっちゃいなさいまし!ミノタウロス!!!」
そして牡牛の怪物が迷彩を張っている三郎の横を通りかかる。そして三郎の近くに立ってあたりを見まわたす。しばらくして怪物は通路を歩いていって曲がり角を曲がって佐藤の前から姿を消した。
「はぁ?!なんで迷彩如きで見失うんですか?!気配くらい読めるでしょう?!」
シスターはグラスを机に叩きつけて粉々に砕いてしまった。ルーラーはそれを見て笑う。
「牛の視力。色覚は人間よりも劣っているんだよ。それにあのミノタウロスはあくまでもランサーが呼び出したものだ。本来のスペックを発揮できていないんだよ。ロジックが恐らくは見たものに反応するくらいの単純さしか再現できていないんだ。もともと神霊を使役するだけでも難しいんだ。ロボットよりも短調にもなるさ。くくく」
「なんですかそれは?!またあの男は神秘のバグをついたんですね?!きぃいいい!!」
シスターは思い切りモニターを殴る。モニターに罅は入ったが、佐藤には何らダメージはなかったのだった。
うまく撒けた。迷彩は効果あるらしい。というか他に手段がなかったから賭けだったけど勝てて良かった。問題は。
「ここからどうやって出るのかだよな?」
神秘に因って作られた迷宮なんだろう。それはわかった。でだ。いつもの神秘ガバガバ理論によれば恐らくは入れるってことは出られるってことだ。入口は出口になるのだからね。
「どうやって出口を探すかだよな……いつもならナビを使うんだけど……うん?GPS?!」
俺はスマホを取り出して画面を見る。ちゃんとGPSのデータを受信してた。つまりこの迷宮はちゃんと現実の座標とリンクしているってことだ。俺はノートとボールペンを取り出す。まずは今自分がいる地点を書きこむ。スマホのGPSを見るとどうやらここは現実だと雪城市の中央区らしい。
「……マッピングすればいいってことだな。じゃあ余裕だな」
俺はスマホを片手にノートとペンを持って歩く。ノートに通路とGPS座標を書きこんで通路を歩く。たまに槍を持った怪物と遭遇したけどそれ茶色系の迷彩で壁のふりしてやり過ごした。一時間くらい歩いただろうか。
「うん?なんだここ?GPSデータが入らない?」
とある扉の前でGPSが入らなくなった。そこだけなんか変だった。
「これはなんかあるな。宝箱かな?まあヒントないし入ってみるか」
俺はドアに手をかけて中に入る。すると辺りの風景が草原になった。遠くに綺麗な湖がある。見渡すと入ってきた扉がなくなっていた。360度なんか全部草原で地平線が見える。生えてる草も背が高くないから怪物さんが来てもなんとかなりそう。俺は草原用の迷彩布を取り出して腰に巻き付けてから草原を歩く。
「さっきからGPSが変だな。なんで雪城市中央区とイングランドのサマセット州グラストンベリーが交互に出てくるんだ?なにさここ?」
そして俺は湖のほとりに辿り着いた。とても綺麗な湖だ。青い湖水が日の光でキラキラ輝いてる。癒しスポットだわぁ。
「え?あなたは?!誰ですか?!なんでここに人間がいるんですか?!」
俺が振り向くと白いドレスを着た金髪に緑色の眼の白人女性がいた。
「あ、どうも。すみません。ここどこですか?」
「ええ?!迷い込んだのですか?!ここはアヴァロンですよ?!現世から入ってこれるはずないんですが?!というかその恰好?日本の学生服?!どういうことですか?!」
「いやあ。なんか迷宮に閉じ込められて歩いてたらここに出て」
「迷宮?!なんですかそれ?!はいぃ?!」
「ところでアヴァロンってなんですか?あ、俺は佐藤三郎って言います。受験生です」
「あ、どうも。私はアルトリア・ペンドラゴンです。……って普通の人なんですかあなた?!魔術師とかじゃなくて?!」
「魔術師じゃないです。受験生です。でアヴァロンって?GPS的にはここなぜかイギリスのサマセット州のグラストンベリー周辺なんですけど?」
「いや。アヴァロンは理想郷っていうか妖精たちの異界というか……あの。アーサー王伝説とか知りません?」
「あーはいはい。知ってますよ。奥さん寝取られて国も燃えた人ですよね。可哀そうですよね」
「雑ぅ?!私への理解が雑!!」
なんかペンドラゴンさんがガクッと膝をついてむせび泣いてる。
「じゃあ俺はもう行くんで。失礼しますね」
「ええ?!アヴァロンですよ?!理想郷ですよ?!なんか感慨とかないんですか?!」
「癒しスポットだとは思うんですけど、俺受験あるから帰らないと」
「あ、はい……」
俺はそのまま振り返らずに歩いていく。この方角なら中央区駅に出るはずなんだが。まあそこがゴールかは知らないけど。マッピングは大事。そして森の近くに扉があった。俺はそこを開けて中に入ったのだった。