佐藤を拉致された九十九達はひどく焦っていた。
「マスターを救出しないと!!急がなければ!!」
ライダーはいつもと違って落ち着きがなかった。
「ライダー……。ですがどうすればいいというのですか。落ち着いてください」
セイバーはライダーをなだめようとするが効果はなかった。
「ワタシのマスターは一般人だ!サーヴァント相手に何とかなるはずがない!!」
「ライダー。でも佐藤君は今までも何とかしてきたわ。信じなさい」
九十九はライダーの手を握ってそう言った。ライダーは俯いてなにも話さなくなった。
「君たちはランサーについては何か把握しているかな?」
ラピスが九十九達に問いかける。
「いいえ。必中の槍って言うのを持っているということくらい。ただその槍もマスターに貸しちゃうくらいには大事ではないみたいということかしら」
「その情報は初めて聞いたね。……街の方で今牡牛を祭るカルトが流行っているのは知っているかな?」
「あー。なんか確かに牡牛の神輿は見たわね。……あれってランサーの仕業なの?」
「ああ。ランサーの仕業だよ。彼は牡牛の姿をした神を祀っているんだ。そういう逸話があり槍を持っている英雄はほぼ限られる。街に行こう。あのランサーが佐藤君を拉致したとしたら恐らくは固有結界の中だ。宝具が固有結界になるタイプならさらに限られる。ほぼ一人だけだ」
ラピスは街の方へと跳ぶ。九十九達もそのあとを追いかける。家々の屋根の上を跳んで街の方へと向かう。
「ランサーの真名に心当たりがあるのね?」
「ああ。ただ……おそらくは神話の方じゃないと思う」
「神話の方じゃない?どういうこと?」
「牡牛を祀る信仰は時代が古いんだ。中国神話だったら蚩尤なんかがいい例かな。比較的新しい神々によって討伐される古い神だ。それらは皆怪物に貶められて後世に伝承された。ランサーのあたりはつけていた。だけどさっき聞いた必中の槍でほぼ確定だ。ミノタウロスは知っているね?」
「ギリシャ神話最大級の怪物討伐譚。英雄テセウスが倒した牛の怪物……でも槍?」
「ミノタウロスはミノス王の妃パシパエが海神ポセイドンの呪いによって牡牛と交わって生まれた怪物だ。ミノタウロスの義父であるミノスには愛人プロクリスに的を決して外さない槍を贈った逸話がある。この槍はもともとエウロペがゼウスから貰った槍なんだよ」
「じゃあランサーはミノス王なのね……じゃあ宝具は?!佐藤君が閉じ込められたのって!」
「ミノタウロスがいた迷宮だね」
「とんでもないところに放り込まれたのね……」
「まあ彼なら飄々と神話をハックして生き延びてるだろうさ。そこはそんなに不安ではないよ。さてここで気になるのはエウロペ、ミノス、ミノタウロスの関係だ。共通点は分かるかな?」
「……みんな牡牛に関わっているということよね?」
「ああ、そうだ。みんな牡牛に纏わる人物なんだが、ここで一つのキーワードが出てくる。星の子」
「星の子?」
「ミノタウロスの本名とされるアステリオンのことだ。その意味は星の子。さて先に行ったね。牡牛の姿をする神とはとても古い神なんだとね。ゼウスと牡牛の神。どっちが古いと思う?」
「その理屈だと、牡牛の神よね?え?じゃあまさかミノタウロスって……神だったの?」
「そうだよ。星の子なんて大仰な名前がついているんだ。もともとは怪物なんかじゃない。あれはクレタ島の古い神だった。ミノス王。実はこの名前ははっきりと解読されてなくてね。ミノスは個人名か王を指す称号かわかってないんだ。もともとクレタ島のミノア文明はオリュンポスのゼウス信仰とは全く別の信仰を有していた別の文明だ。もともとはクレタ島が文明の中心でギリシャ系が朝貢していたらしい。それがどこかでひっくり返ってギリシャの覇権下に置かれて神話が歪んだんだ。ミノスはミノタウロスに若者の命を捧げる暴君じゃない。アステリオンという牡牛の神を信仰するクレタの祭祀王だ」
「神話が改竄されたのね。じゃあランサーはギリシャ神話ではなくそれ以前のミノア文明のクレタ王のミノスなのね」
「ああ。それならゼウス経由で手にした神の槍をポンとマスターにくれてやるのも筋が通る。本人からしたら信じてもいない神から与えられた、いや。それどころか自分の伝承を歪めた神から与えられた槍なんていらないだろうさ」
九十九はラピスの推理を聞いて多くのことが腑に落ちた。宝具を粗雑に扱う英霊。なるほど。それは本人からすれば後付けで加害者が与えたものでしかないのだから要らないのは自明である。
「僕が街に張っていた観測術式が少し狂ったんだ。どうやら街の裏側に固有結界を展開しているみたいだ。展開するのが迷宮である以上、どこかに外界との入り口が絶対に設置されるはずだ。僕たちはそこから突入して佐藤君を救出すればいい」
「ありがとうラピスさん。敵同士だったのに」
「かまわないよ。僕も長年の迷いが吹っ切れた。彼には感謝している。バーサーカーも彼に感謝していたんだ。ここで恩義を返せなきゃ人間じゃないさ」
ラピスは優しげに笑う。魔術師なのに温和な雰囲気。いや。これがこの人の本性なのだろう。九十九は思う。魔術は人を歪めるのかもしれない。そして歪んだ先で魔術師は何も手に入れることなく終わる。その連鎖に意味はあるのだろうか。今はまだわからなかった。
「迷宮の入り口はおそらくは若者が集まるところになるはずだ。逸話上そうならざるを得ないはずだ」
「若者が集まる。繁華街かしら」
九十九は若者だが、若者文化には疎くぱっと思いつかなかった。
「たまり場になるはずだ。おそらくは……ナイトクラブ!!」
そしてラピスたちは中央区のナイトクラブの前に降り立った。
「あった!!」
九十九の魔眼は迷宮への入り口をしっかりと捉えた。そして彼女たちは迷宮へと突入していった。