迷宮がなんか震えた。遠くから剣戟と牡牛の悲鳴が聞こえる。
「九十九達が追いかけてくれたのかな?」
ありがたい話だ。だけどお互いに何処にいるのかわかんない以上合流は難しいだろう。そして俺は座標的には中央駅のところに辿り着いた。どでかい如何にもボスがいますよ的な場所についてしまった。
「ここの前で待ち合わせって言うのも悪くないけど、まあ確かめておくかね」
俺は扉を開く。中から明かりが溢れた。そして中に入ると、美しい青い海が近くに見えるバルコニーだった。
「わぁ。綺麗だ……あのアヴァロンってとこよりいいなここ」
「まさかアヴァロンと比べてその感想とはね。嬉しいじゃないか」
声のする方に振り向くと犬を可愛がるランサーが広間の奥の玉座に座っていた。
「ここもそうですけど、迷宮の建築も素晴らしいものでしたよ。とても綺麗だった」
「君はここをなんだと思っているのかな?君を処刑しようとして招待したつもりだったけどね」
「綺麗なものは綺麗です。この間博物館にちょっと物色に行ったときに展示で見ました。ここはクレタ島のクノッソスですね。牡牛のフレスコ画を見ましたよ」
「……驚いた。もう忘れ去られたと思ってたよ……なあ君はこの迷宮をなんだと思う?宮殿か神殿。どちらだと思う?」
「どちらでもあるんでしょう?古代においては神殿と宮殿はほぼ同じものだ。宗教と王権は別ち難く存在するものだった。ふふ、これでも結構優等生なんですよ俺」
「ああ。そうとも!そうだとも!来たまえ。ちょっと歩こうか」
ランサーは立ち上がり、歩いていく。俺はそれをついていく。海の見えるバルコニーの通路を二人であるく。途中にフレスコ画があった。
「これはなんですか?牛を飛び越えてる?」
「ああ、それは我々のお祭りだよ。牡牛を飛び越えるのを競うんだ。ふふふ。ああ、あの光景は座に至っても忘れることはないだろう……」
「楽しい文明だったんですね」
「ああ。満ち足りていた。島の外はどうしようもなく野蛮だった。だが我々はここでそれなりに平和に暮らしていたよ。現代に比べれば苦労も多いが。それでも良かったんだ……」
ランサーは優し気な顔で壁の絵を撫でている。そこには嘘はないと思った。
「君はここまでこれた。ということはだいたい私が何者なのかを察しているんだろう?」
「名前までは正直知りません。ミノタウロスってやつは流石に聞いたことがあります。迷宮に生贄を入れてそれを食べる牛の怪物。でも……あの迷宮に怪物なんていませんでしたよ」
「……ああ。そうか。君は本当にわかっているんだね……」
「日本の妖怪もそうです。もともとは地方の小さな神様だった。あのミノタウロスもそうだったんでしょう?博物館で見ましたよ。ミノア文明では牛の神様を信仰していたって」
「そうさ。君たちも知っているゼウス達オリュンポス系の神々のせいさ。この地を征服したのちに我々の信仰は野蛮な生贄供犠に改竄された。我々の神統譜もまた改竄された。我らが太母エウロペはゼウスの愛人に零落させられた。星の子アステリオンは……ミノタウロスなどという怪物に貶められた……すべてが辱められた……この地には我々の信じる満ち足りたものがあったのに……彼らの価値観によってすべては無に断罪されたのだ」
「だから聖杯を求めたんですね?」
「ああ。我らの神を怪物から神の戻したかった……もう過ぎ去ったことなのにな……」
俺たちは建物を出て砂浜を歩く。美しい青い海。
「だから君を殺さなくてはいけない。聖杯を手にするにはそうするほかないから」
「そうですか」
ランサーの手に両刃の斧が握られていた。ラビュリス。儀礼の用の斧。
「その斧は神事のためでしょう。俺の血で汚すことなんてない」
「あはは。そうか。それも知っているのか……参ったなぁ……君を殺したくない……」
この人はただ自分に押し付けられた悪意のあるレッテルを払おうと必死なだけなんだ。なんとも無常しかここにはない。だけど。
「クレタ島は今観光地であり考古学の都でもあります。俺があなたの正体に迫れたのはその知見があったからです」
「そうなのか?あの島に人々がやってきているのか?」
「真実は埋もれないものです。俺だけじゃない。多くの人間がミノア文明の真の姿を復元しようとして頑張ってる。牛の神を大切に祀っていたことを。知っている人は知っている。そしてそれを世界に知らせようと今日も頑張ってるんです」
ランサーは目を丸くしていた。そして彼は斧を手から砂浜に落とした。
「あなたについた間違った神話はいずれ誰かがきちんと暴きます。だから聖杯なんかに飲まれないでください!」
俺がそう言うとランサーは泣きながら優し気に微笑んだ。
「ああ……そうか……なんだ。私の願いはもう果たされていたんだな……」
ランサーの姿が透明になっていく。そして俺にゆっくりと近づいてきて手を取って何かを渡してきた。
「これは?」
台に乗った金の牡牛の像だった。
「旧約聖書じゃ偶像崇拝なんて笑われるだろうね。だけど私は君の人生の成功を祈ろう。これはお守りだよ。君の受験が上手くいきますよに……」
そしてランサーは俺から離れて建物に背中を預けて座る。
「その斧を持っていきなさい。餞別だよ。役に立つこともあるかもしれない。もしよかったら受験が終わった後にクレタ島に行ってほしい。そして君の人生に良きことが多きことを我らが神の祈る。幸あれ」
そしてランサーは瞬きしている間に消えてしまった。そして地面が割れて俺はどこかへと落ちていく。気がついたら駅の広場のベンチに座っていた。
「夢……いや違うんだな」
俺の手に金色の牡牛の像があった。俺はリュックから紐を取り出してリュックにその像をつけた。お守りだって言っていた。なら肌身離さず持っておきたい。
「佐藤君!」
九十九達が俺たちの前に跳んでやってきて降り立った。ラピスさんもいて肩に伊吹を背負っていた。
「みんな助けに来てくれたのか。ありがとうな」
「何言ってるのよ。自分でなんとかしちゃったんでしょ。もう。ランサー、あなたが倒したの?」
「ううん。彼はもともと戦う気なんてない人だったよ……」
俺のとなりにラビュリスが置いてあった。
「ところで伊吹は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。ミノタウロスに飲み込まれてたけど後遺症はないわ」
「ランサーらしいな。伊吹に無茶ぶりされて憑依させたんだろうね。やれやれ」
俺は斧をリュックに仕舞う。そして立ち上がる。
「ラピスさんも協力してくれたみたいですね。ありがとうございます。教会に送りますんでいいですか?」
「ああ。この子も連れてもう聖杯戦争から離れるよ。君と会えてよかった。佐藤君」
ラピスさんが手を差し出してきた。俺はその手を握り握手した。そして教会に行ってシスターに舌打ちされてラピスさんは雪城市から離れた。なんでもアメリカに行くらしい。人類学やるなら世界でトップの大学がいいという話らしい。彼も受験生か。なんか仲間が増えたみたいで嬉しい。
「伊吹。お前は明日からちゃんと学校来いよ」
俺は珍しく説教してしまった。ちょっとこいつにはイラっとさせられたしすこしくらいやり返してもいだろう。
「俺は……特別になれなかった」
「特別な奴なんてこの世にいねーよ。なりたかったら目標見つけて努力しろ。チートなんて頼るな」
伊吹はぐぬぬって顔してた。九十九も一言行ってきた。
「伊吹君。まっとうに生きるってすごく難しいことよ。あなたにはこの世界にちゃんと居場所があったんでしょう。ならそれを大事にしなきゃダメ。推薦も決まってるんでしょう?ならちゃんと進学しなさい。それが立派な人になる近道よ」
「……そっか。ああ、俺は夢を見て道を踏み外すところだったのか……わかった。明日からちゃんと学校に行く……頑張るよ」
俺と九十九は笑った。これでいいんだ。俺たちは日常を生きていくことに精一杯になればいい。チートも奇跡もいらないんだから。
「マスター。良かったぁ」
ライダーがぎゅっと俺に抱き着いてきた。
「ああ、ごめん。心配かけたね」
「令呪を残しておくべきだった。そうすればワタシがすぐに助けに行けたのに」
「あーまあ許してくれ。うん」
心地の良い感触に包まれつつも申し訳なさでいっぱいだった。ライダーと俺は一蓮托生なんだから。心配は駄目だろう。……なんか美味しいもので多少は償い出来るかな?そして俺はライダーと一緒に家に帰ったのであった。