短編集   作:につけ丸

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ブルーアーカイブ
土生アザミの異常な執着/または彼女が如何ようにして心配するのを止め、エビスを愛するようになったか


 

 昔は気が狂いそうなくらい降り積もる雪を恨めしく思ったものだが次第に無感情になって、今やあいつと世間話でもしながら作業するのも悪くないと諦めてしまった。

 エビスの味覚はまず海からやってくるんだ。山と海で囲まれているからな。あいつはよく断言していた。

 あの田舎というより僻地に近い北国は、妙に食べ物に熱心で何かしら名産がないと気がすまない連中ばかりだった。道を歩けば食べていくかい食べていくかいの十字砲火が乱れ飛ぶ。棲みつくようになってそれなりの年月が流れたが名産を食べない日はなかったように思う。

 厳しい北国というものは寒さとは裏腹に大地に根づく根菜という根菜のすべてが甘かった。あいつは海から幸は来ると言ったが、そのたびに私は山と土から幸が生まれているに決まってるじゃないかと何故か啖呵を返していた。

 あいつとの会話を思い出すと酷く疲れる。そうなったのは最近の話だった。

 体を横たえて気だるい阿片を呑むように空気を吸う。

 龍涎香の甘い香りがした。

 潮の匂いがした。

 

 

 ──鏡はな、宝石なんだ。

 

 人類が一番最初に手に入れた宝石なんだ、それが口癖だった。エビスでの記憶には大抵こいつが登場し、あまりにありふれて取り留めもない会話だったから思い出すのに難儀する。

 はていつだったか。

 エビス分校から私以外の生徒を追い出すためこいつをだまくらかして買収した時? トウモロコシ農家さんの収穫を手伝って休憩しながらダべっていた時? ゲヘナのテロ集団……自称修学旅行生たちが突然市街戦を始めた時? そこら辺に生えてた毒キノコをこいつがヤマイグチだと渡して来た時だっただろうか? 

 あれは無駄に図体がデカかった。だから毒キノコを食した後、私がトイレで生まれて初めて本気で神へ祈る羽目になり三八式実包でお礼参りにいけばこいつは同じキノコを何十本も食べていて……。

 その瞬間、バカだバカだと思っていたのが本当に馬鹿だったのだと確信に変わったように思う。

 

 

 思考が散文的になっちゃうなあ。

 始まりはいつだっただろう? エビスに来た日に、私はこいつと出会ってしまった。

 私が尊敬を超えてもはや崇拝している花鳥風月部の主コクリコ様が居住する"彼岸邸"はエビスにあった。

 花鳥風月部として活動するなら! と一念発起してあのクソド田舎を訪れ、刹那のうちに後悔したものだ。駅を降りて見渡す限りの平野。平野。平野。

 そして呟いた。

 

「……終わってる……」

 

「同感だな……」

 

 その独り言を聞かれたのは、今にして思えば一生の不覚だった。

 物腰は丁寧で礼儀正しく、エビス分校の敏腕美人経営者。そんな人物虚像を住民たちへイメージを植え付ける予定だったのに、一歩目からしくじったのだから。

 振り向くと、見上げるほどの巨体があった。

 最初に目に入ったのはヴァルキューレの校章。しかも校章が刻まれていたのは──。

 

「竹束?」

 

 なぜか竹を束ねた資材を担いでいて、そこににヴァルキューレの校章がペイントされていた。

 

「あー……お前が今日からエビスに転入する土生アザミだな。私はまあ、なんだ。こんなド田舎でも一応、キヴォトス。ヴァルキューレはいるものだ……本官一人だけ、だが」

「あら。これはこれは……」

「そう取り繕うな。さっきの呟きは聞こえていたんだ。正直、本官もD.U.勤務からこんなド田舎に左遷されて辟易しててな。それで暇だからエビスに越してきた物好きの顔でも拝んでやろうと思ってな」

「ふうん? それで、その物好きの顔を見た感想は?」

「乳がデカい」

「実家に帰ろうかなあ……」

「待て。次期エビス自治区会長と鳴り物入りでやってきたお前にそんなことされたら数少ない在校生たちにタコ殴りにあう」

 

 ヴァルキューレの人間か……と少し警戒を強めたが、すぐに馬鹿らしくなってやめた。馬鹿だったからだ。

 ただ、歩くだけで目を引く女だった。

 足首まで届く金髪と丸い獣耳、なにより見上げるほどの身長。あとから聞けば去年の時点で191cm、今年はまだ伸びているだろうと少し誇らしげに缶コーヒーを飲みながらだべっている時に言っていた。

 ヴァルキューレらしく鍛え上げられてはいたが少し常軌を逸していてもはや肉体の黄金律を奏でていた。栗浜アケミという七囚人がいたが、あの筋肉ダルマの女傑とすこぶる似ている女だった。

 特に優美な肢体からは有り余る短兵迫打の才を言葉もなく物語っていた。

 馬鹿なうえに妙なやつで、ヴァルキューレのクセに……いやキヴォトスの人間のクセに銃を持たない妙なやつだった。

 

「……キミは銃は持っていないんだね。不用心じゃない? それにヴァルキューレ隊員が基本装備している丸盾型のシールドも持っていない」

「銃は持っちゃいない。エビスはヴァルキューレが暇な場所なんだ。あとシールドは……本官には()()が盾だ」

「……資材を運んでいたんじゃないのか」

「よく言われる。でもこの盾はなもう一人の自分……まあ分身みたいなものだ」

 

 2メートルを超す長大な竹束を木の棒でも振るように軽妙に揺らす。

 冗談かと笑い飛ばそうとして目に曇りが見えず本気なのかと頭痛がしたものだ。

 でも火縄銃の入り乱れる戦国時代かと錯覚するほど時代錯誤な盾なのに、妙に似合っていた。

 

「おっと。名乗りが遅くなったな。ヴァルキューレ所属、エビス署勤務の久辺良ゴボウだ。よろしく頼むアザミ」

「ゴボウ? ……ゴボウ?」

「あまり連呼しないでくれ、恥ずかしいだろう。それにその名前でココに左遷されたようなものだ」

 

 ゴボウは一度現場に出れば顔色ひとつ変えずに寄らば殴り、寄らぬならば寄って殴る。生まれる時代を間違えた烈女のクセに、名前ひとつで赤面するやつだった。戦いの才には二物も三物も与えた天が、入れ忘れてしまったと申し訳程度に添えたたおやかさだったように思う。

 

 ゴボウはその実直な外見からは見合わない不真面目さで口元に手を持っていき、おちょこを傾けるような仕草をした。

 

「……で、どうだろう。親交を深めるために一献」

「いきなり次期エビス自治委員会長と次期ヴァルキューレ署長が食事とは剛毅じゃない。癒着を疑われない?」

「安心してくれ、上の方がもっと腐ってる」

「あはは、心配したのにひどい返しだなあ。……でも私は安くない。割り勘でって言ったら……」

「だったら初回サービス。今日はツケで払ってやる」

「割り勘はいやだとさっき言ったでしょうッ、変わらないじゃない!」

 

 私とゴボウが打ち解けるのは早かった。いや、あれは打ち解けていたのか? 気づけば居酒屋で飲み明かして食い明かし、アザミは摂取した栄養は全部そのバカ乳に向かってそうだなと言い、そのセクハラ発言はヴァルキューレの上層部直伝かゴボウちゃん? と初日から憎まれ口を叩きあっていたような記憶がある。

 それから何度も月が満ち欠けして、私がエビスに嫌いではなくなるのと同じ時間で。同じ速度で。ゴボウもエビスに馴染んでいった。

 何度も飲み食いし、何度もツケた。

 返済期限も義務もないツケだ。返す気もないツケは今では幾ら積み上がっていたのか。

 

「騙される方が悪いけどさ……分校に一泊させてあげてみいいくらいは気にしてたんだよ。今はどれくらい貯まってたのかな。あなたは数えていたかなあゴボウちゃん」

 

 問いかけるが答えはない。

 うなじがこそばゆくなって白い髪の間から、髪が顔を出した。蛇の姿をした髪。ちろちろと舌を出し入れする髪蛇の顎をつぃぃと撫でた。結局、あれほど毎日顔を付き合わせながらこの特異な髪を見せたことはなかった。

 まばゆい黄金色の小麦畑のような金髪に、数匹の蛇が戯れていく。

 近くにはヴァルキューレの校章を刻んだ竹束が転がり、手首と足首の関節には獣皮のプロテクター。地面に転がるゴボウの瞳孔の散大した瞳を閉じてやり、頬を撫でる。

 

 久辺良ゴボウが死んだ。

 

 あっという間だった。

 

 

 

 

 

 ──硝子は嫌いだ。

 

 鏡と真逆だから。そんな事をゴボウはよく言った。ガラス工芸が盛んなエビスでよくもまあ……とは思うが無駄に頑固で一切翻すそぶりはなくて注意するのもいつの間にかやめてしまった。

 硝子が嫌いで、でも宝石には異様に執着する女だった。ダイヤモンド。真珠。風信子石と橄欖石。ルビー、虹石と蛋白石。珊瑚。オニックス。エメラルド。サファイヤ。トルコ玉。紅玉髄。カルケドニウス、血玉髄。月長石。緑柱石。血石。乳石、とにかく宝石を眺めては一日を潰すような女で、三度の飯よりも宝石が好きだ、はゴボウを象徴する迷言だった。

 

 ──鏡はな、宝石なんだ。

 

「ああ、あの時か」

 

 ふと思い出す。

 百鬼夜行で騒動を起こす2週間ほど前。白いイタチが出たと騒ぐガラス職人の工房へふたりで訪れた時。

 そんな話をした気がする。

 最初の出会い以来、ゴボウは華やかなD.U.勤務時代からは考えられないくらいすっかり落ちぶれていて職務にも不真面目になっていた。

 私も広いエビスの政務をほぼワンオペしていて目から光がなくなっていた。

 いや、私のそれはどうでもいいのだが、ゴボウはたまに事件があれば宝石をくすねる不良警官へと変貌し、たまに指摘すると、盗んでない。押収と言ってくれ、を何度聞いたか知れない。

 ただどこに隠しているのか、少し調べて見たがまったく痕跡がなかった。興味本位にどこに隠しているのか聞けば、胸を張って珍しく自慢げに笑っていた。

 

「絶対にバレないところだとも」

 

 不良警官そのものだったが、あの山女は住民からは慕われていた。一旦現場に出れば瞬時に敵勢力を制圧する暴の化身だったからなんだかんだ住民には頼られていたのだ。

 

 それに比べて私は……。

 

 ああ、いけない。

 妙な方へ飛んだ思考を打ち切って、ガラス工房での一幕を思い出す。

 

「それで今日も地元住民様からの陳情を断れずにパトロールしに来たってわけだ。相変わらずだね。仕事熱心なのか不良警官なのかはっきりしたらどう?」

「腐敗と忠勤はヴァルキューレのお家芸だ。ふたつ揃ってヴァルキューレなんだ。その素晴らしい精神は末端の本官にまで根付いているのだ」

「このゴボウは根腐れしてるから廃棄に回すしかないようね……。はあ。連邦生徒会長も戻ってきたら頭が痛いでしょうね。留守の間に、青魚の速度で腐ってるじゃないか。でも留守番しているキミたちは上が腐ってても河原に賽を積み上げるようにキヴォトスの治安を守ろうとしている。う〜ん……やっぱり私から最も理解の遠い組織だなあ」

「アザミも我々に近い官側だろ。エビス自治委員会長どの──なあ、アザミ」

 

 エビス切子を日光に掲げて、眩しさに目を細めた。

 冬の陽射しで工房内のガラスたちが乱反射する。

 

「本官は、私はどうやら……D.U.から離れて。エビスに住んで。職務をそれなりに熟すうちに。私はこのド田舎を……変化も、その兆しもない暇な生活を……好きになりかけてるらしい」

「キミも相当物好きになったじゃないか」

「本当にな」

 

 吐く白い息も消えかかる光の中から、私は影に入った。眩しくて影に入った。ゴボウもエビス切子を置いて隣に立った。ふたりで光を眺めていた。

 

「宝石は変わらないから美しい。変わらず光を放つから美しい。だが硝子は流体だと言う。変化はゆっくりで数千年かけて変わったのも分からんものらしい。知らず知らずのうちに、知らない場所で、知らない形へ変わっていく。私はそれがいつの間にか気に食わなくなったんだな」

 

 知らない間に好きな店もいつの間にか吹っ飛んで様変わりする。時間すら凍てつかせる雪で閉ざされたエビスでは考えられない常識だった。

 

「あは。粗忽者のキミもついに風流を感じるようになったか。そうだね……ここは長閑すぎて時間感覚が狂う。キミの美意識も狂ってしまったんでしょう」

「相変わらず毒舌だなお前は。しかし……D.U.の連中とはもう価値観が合いそうにないのは確かだ。キヴォトスには建設産業が花形だとうそぶく奴がたくさんいる。ヴァルキューレに居れば思うよ、銃撃戦と爆発音で彩られた非日常がこの学園都市の本質なんだと……」

 

 でも私はやはり。

 

「──宝石は無謬の光だから美しいと思う。そしてエビスには無謬の光があった。アザミは……どうだ?」

 

 

 私に言わせれば鏡の方が嫌いだった。

 鏡を見ていると首が疼く。タートルネックに隠した傷が殷々と鳴り響く稲妻のように疼いた。

 

 潮の匂いが強くなる。

 水音もぼちゃりぼちゃりと小うるさい。

 

「……あなたは変わった自分を好ましく思っていたのでしょう。でも私は……」

 

「私は……」

 

 まだ体温の残るゴボウの頬へ爪を食い込ませ、指が白むほど力を込めた。ゴボウの麗貌な顔がしわくちゃに歪み、近くの水面にそれと同じくらい自分の顔が歪んでいるが見えた。

 

「私は……。……昔の。……昔の私に、戻りたかった……」

 

「ゴボウ……。あなたに出会う前の……キミを知らない昔の自分に……花鳥風月部の風流のままに筆を走らせ、文字と趣向を磨くために生きていたあの頃へ……戻りたかった……」

 

 私とゴボウは同じ速度で歩いていた。同じ時間を、同じ距離を、同じ速度でエビスを駆け抜けていた。

 

 滴るほどの豊穣と生命に溢れた北のエビス。

 賑やかな百鬼夜行とは思えないほど刺激や狂騒も存在しない。他校のような、トリニティの荘厳さもゲヘナの力強さもミレニアムのような革新も進歩も存在しない。

 あるのは耕作と収穫。繰り返される死と再生の営みだけ。

 今にして思えばあの()()()分校も嫌いではなかった。

 そもそもエビスというキヴォトスの僻地に不満がある訳ではなかった。逆に百鬼夜行中心部の賑々しい雰囲気は好ましくなかった。

 風流の源流は自然から始まる。人々の喧騒よりも晴耕雨読といえばいいのだろうか? 土を踏みしめてざくざくと大地と会話し、草原で憩い、名瀑で詩でも詠むほう方が私の趣味にあった。

 

 でも私の最上は風流だった。

 風流のためなら百鬼夜行全土を葬ってさえ構わない。本気でそう思っていた。

 少なくともエビスに来る前は。

 こいつに……会う前は。

 謀略のためにエビスの住民に顔を覚えられるのは都合が悪かった。そうとも。風流(悪事)が終わればこんなド田舎とはおさらばする計画だった。

 ──エビスの自治委員会長。その地位が私をエビスに縛り付け、住民たちと交流を可能にする仮面(ペルソナ)だった。

 その仮面があれば私は存在出来た。そして会長の存在は知っていても、土生アザミは誰にも覚えられることも慕われることもない。

 ハブの身体は褐色で目立たない。人里に住み着くネズミを捕食するために山奥よりも人里に近い場所に棲みつくが落ち葉や土のなかに潜んで滅多に人の目につかない。

 それでいい。そう思っていたはず。

 なのに。

 

「あなたを嫉視し始めたのはいつだったかなあ……。住民に慕われるあなたに嫉妬を覚えてるようになったのは……いつ……?」

 

 私には地位があった。

 私には地位しかなかった。

 エビス自治委員会長という地位でしかあの僻地に私は存在していなかった。

 でもゴボウは違う。

 ヴァルキューレの生活安全局として住民に接し慕われてるのと同時に、こいつは制服を脱いでも慕われつづけた。

 宝石の横領──悪事を働いているのはこいつも同じだったのに。

 

「あぁ──」

 

 タートルネックを剥いて、さらけ出したうなじと首元にはおびただしい引っ掻き傷が刻まれていた。縄で首を絞めあげられたような──いや、蛇が首元に巻きついたような索条痕。

 

「……痒い……痒い……。……首が、痒い……」

 

 ゴボウに嫉妬する度に首が疼いて仕方がなかった。嫉妬する度に喉を掻きむしって醜い傷跡が残り、首をタートルネックで覆うようになった。

 

 鏡は嫌いだった。

 醜く変わっていく自分を克明に映し出すのだから。

 硝子は流体だとこいつは言った。

 知らず知らずのうちに、知らない場所で、知らない形へ変わっていく。

 硝子も嫌いだった。

 

 

 

「ゲホッゲホッ……なあ、アザミ……最近、妙な噂がある。百鬼夜行で都市伝説といえば、()()()()がいるだろう? ごほっ……あれとは毛色が違うようでな。アザミは、知っているか?」

 

 私の風流には"恐怖"が必要だった。

 一の黄昏に至るための百の物語。そして物語が芽吹くには千の言霊と万の心。幾万の恐れの種が必要だった。

 

 そのためにエビスの住民へ、最も恐怖する存在を幻視させた。

 そして最も頼りになるゴボウが死ねば人々は恐慌状態になる。その恐怖を吸って私の怪書……恐怖を映し出す"稲亭物怪録"は力を蓄えていく。

 どんなに勇壮な英雄も、病と毒には敵わない。

 私はゴボウと食事をするたびに毒を盛り、ゴボウは体調を崩しがちになった。その時も布団で横たわるゴボウのそばに私が座り、茶を入れている時だった。

 

「一緒に現場検証したガラスの工房、覚えているか? 白いイタチが出ただの騒いでたあの工房だ。しかし妙なことに、似たような騒ぎはエビス各地で起こっているらしくてな」

「ふん。これでも会長、事態の把握は当然でしょう。その件なら──百鬼夜行の陰陽部に伝えてある。シャーレの先生と百花繚乱の一行が解決しに来てくれると連絡があって……これから迎えにいくつもりよ」

「…………。お前が、陰陽部に?」

 

 普段は愚鈍なのに、その瞬間だけ異様に鋭かった。

 

「お前、妙だぞ」

 

 布団から身を起こそうとして失敗し、這いつくばるように私の着物に縋り付いた。

 

「本官はバカだが流石に何年も共にいればお前が良からぬ事を企んでいることくらい分かってた。でもな。偽悪的に振舞って悪事を働こうとする度に、運悪く出鼻をくじかれる。最初会ったときだってそうだっただろ」

「…………離しなさい」

「アザミ。私はお前を信じている……まだ遅くない。引き返さえせる。だからもう変な気を起こすのはやめて……──!?」

 

 チクリ。

 髪から伸びる蛇が硬質な筋肉へと噛み付き、骨まで達したのを理解した。上顎を押しつぶすように力を込め、黄色い毒液がゴボウのなかへ染み入るのを体感する。

 ゴボウの手足がガクガクと痙攣し、一気に腫れ上がる。ハブ毒に満ちた酵素が山女の体内を駆け巡り異臭がした。手足が壊死して腐れ落ちる匂いだった。

 転がった女を見下ろして、私も身を横たえた。でかいでかいと揶揄われた胸でゴボウの頭を抱いてやる。

 

「あははっ、どんなにツケてもこうなればお終いじゃない! ねえ、覚えてるかい? キミは私の胸をでかいでかいと言っていつか抱かれてみたいなんてバカなことを言ったけど……」

 

 空気をいっぱい吸い、腐臭のなかから甘い女の匂いを見つける。

 

「私もキミの胸で泣いてみたかったよ」

 

 横顔をぼうっと眺めて、死んでも死ななくても表情の変化に乏しいやつだと思った。

 

「馬鹿な女……。私のような胡散臭い香具師を信じ続けるなんてね。バカなゴボウちゃんに教えてあげよっか。南島に棲む()()は冬眠しないんだよ? だから島民たちは年中終わりのない恐怖に晒される……でないとキミのように咬まれたそばから壊死して死んでしまう……」

 

 

 久辺良ゴボウは死んだ。

 

 私が殺したのだ。

 

 

 私は潮の匂いと腐臭にまみれた身体で解放感に酔いしれた。ああ、恍惚としたこの浮遊感。興奮! たまらない。私はこの瞬間のためにエビスに潜伏していたのだ! 

 七稜(ナナカド)アヤメをそそのかし、いよいよ私の綴った風流が結実する! 

 

 逸る心をなんとか落ち着け、物腰は丁寧に一行を出迎える。

 決して怪しまれないように私が仕込んだ怪異が現れた場所を案内し、シャーレの先生と百花繚乱の連中にエビスを紹介していった。

 

 道中、私の企てにも気付かずなんの衒いもなく楽しんでいるようでなによりだ。

 

 当然だ。紹介したところは全て私とゴボウが──……

 

 

『えらく甘いトウモロコシだな! D.U.でも食べたことがない!』

 

 やつらに甘いトウモロコシを食べさせた。──いつの日かゴボウと収穫した畑だった。

 

 

『金欠で貯金が底を尽きそうだ。私の宝石を監禁せねばいけないか……。ん? 隠してる場所か? それはアザミでも教えられないなあ……』

 

 やつらにエビス分校の温泉にも誘った。──いつの日かツケの礼代わりにゴボウに入ってもらおうと綺麗にしていた温泉だった。

 

 

『お前が私にツケてばっかりいるから金欠になったぞ。ほら、ココでの調理方法を参考にしてみた。今日はこれで我慢しろ』

 

 やつらにエビスのホッケを食べさせた。──いつの日かゴボウと料理したエビス独特の料理だった。

 

 

『アザミは……どうだ?』

 

 やつらにガラス工房を訪れた。──いつの日かゴボウと語り合った場所だった。

 

 

 

『なあ、アザミ』

 

『アザミ』

 

『アザミ──』

 

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

 もうやめろ。

 

 私はお前が嫌いだ。

 

 

 誰もいない場所で嘔吐し、異臭を誤魔化すために香を焚いた。長い二股の舌を出し、動悸と息切れが止まらず歯と歯と牙の隙間からシューシューと息が漏れた。

 憔悴して拭えない隈を誤魔化すように目元から鼻筋にかけて厚く化粧し、掻きむしった首は肉がそげ落ちどんどん細くなった。

 鏡で見た私は髪に生える蛇に負けないほど蛇に似ていた。

 

 そうまでしてゴボウを手にかけ幾年月をかけて準備したはずの風流は、一時は百花繚乱たちを捕らえ牢屋に入れるほど上手くいった。百鬼夜行を一旦は恐怖に沈めることは叶った。

 

 だが失敗した。

 

 どいつもこいつも風流をバカにする。

 シュロも。陰陽部のニヤも。百花繚乱の奴らも。お祭りという狂騒で、無粋にも恐怖を薄れさせ、全てが台無し。

 

「ぁぁぁああああ……腹が立つ。腹が立つ……!」

 

 そんな事はどうでも良かった。

 もはや風流なんてどうでも良かった。

 

 ──私は見てしまった。

 

 光を。

 

 ナグサとアヤメは光だった。

 見ていられない灼けつく光だった。妬けつくような光輝。金の虹彩──目玉が眼窩の奥からまろびでそうなほど食い入るように睨んだ。

 

 黄昏の奥底から見上げるように光を憎んだ。

 

「なぜ……。アヤメ、お前が! ナグサ、お前が! お前たちだけがァッ! ──光の中で生きていられる!!?」

 

「わ、私……私はぁあ……! そこに」

 

「──う゛……おえ、げぇっ。う、がおェェえ゛ええぇ……」

 

 シュロを小馬鹿にした台詞を思い出す。

 

「ゲホッゲホッ! ……大切な書は台無し? なのにこんな所で呑気に暴れてる? あははっ! ぜぇえええ〜〜〜んぶっ──今の私じゃないか……っ!」

 

「でもどうすればいいのか分からないッ! 自治委員会長の地位はかりそめでも私の居場所だった! クビになるのはイヤだ! 誰も私を見なくなるッ! 何も残らない! 私はエビスに居られなくなる!」

 

「……でも物語を綴らない物書きなんて価値がない……私は花鳥風月部ではいられなくなる……!」

 

「──私の居場所がなくなる!」

 

 虚無の荒野に目いっぱい叫び、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

「……終わってる……」

 

 エビスへの第一声と同音同句を呟いても、聞き届ける声はなかった。

 

 ナグサとアヤメは親友だという。

 

 だったら……ねえゴボウ。

 

 私たちは一体なんだったんだろう。

 

 教えなさいよ。

 

 

 

 私はあの光景を見て以来、無気力になった。

 創作には活力が必要なのに、なにもかもどうでも良くなっていた。かつてなら趣向をそそられる題材すら食指が動かないくなった。

 不感症の創作者なんて死んでしまえ。

 私はエビスからも離れ、何処とも知れぬ場所を巡りながら隠遁の旅をはじめた。

 幾重もの山を超え、幾筋もの川を渡り、あれから幾年月を重ねたのか。

 エビスで時間感覚が狂ってしまった私には世情の流れは追えそうになかった。連邦生徒会長帰還というニュースの見出しをちらりと見たのを最後に、世間へ関心を向けるのをやめてしまった。

 思い返すのはエビスでの記憶ばかりだった。原稿用紙に書き記すのは彼女との記憶を反芻したものばかりだった。ゴボウとの日常を祖型として、似たような日々を思い出したように綴る。

 その日も、水辺の岩に座り込んで反照する湖面を眺めながら筆のままに執筆していた。

 D.U.で上司をぶん殴って左遷されたバカで真面目な不良警官の喜劇。その不良警官が横領して溜め込んだ宝石の在り処を探し出す少女の冒険譚。テーマも意義も技巧もない。以前の私が見れば唾棄するに違いない小話の数々。次は何を書こうか。

 

「クビにされて世を疎むインテリの恨みつらみ。……なんて……」

「──また物語を書き始めたんやね蛇女」

「こ、コクリコ……様……?」

 

 いつの間にか女が立っていた。花鳥風月部の主……コクリコ様はいつものオペラグラスではなくキセルを握っていた。

 

「私が物語を書き始めたとはどういう……? 今の私には何かを書く気力なんて……」

「そうかえ? 今、何かを書いてるように見えるけどねえ……でも、以前のような活力は見えんのは残念やわ」

 

 マッチを擦って火皿へ火を入れる。じりじりと火皿のタバコが燃えていく。ふぅー……とタバコと香木の匂いが鼻をくすぐった。

 

「失敗してしまったけどあんときのおまえさんは見事やった。……稲亭物怪録は人の恐怖を映し出す怪書。なら怪書を使うには恐怖を捧げなあかんのは道理。それはおまえさんが人々に見せた恐怖だけやない。蛇女──おまえさんの恐怖も喰らっとったものなあ」

「…………私、の……?」

「なんや気付いとらんやったの。怪書は悪食やからね。その恐れは怪書の持ち主も例外じゃないのさ」

 

 山牛蒡の葉を巻いたタバコをシャッと横咥えにぱっと丸円の煙を吐き、かつん。キセルから灰を落とす。艶めかしく視線が動き、(ジッ)と火眼黒睛の黒々しいまなこが見詰めてくる。

 

「稲亭物怪録に恐怖を捧げるなんて風雅やないの。怪書の主として立派な心がけやったね。それに一番の見どころはあそこやったわ──()()まで贄に捧げるなんてさ」

 

「──友達?」

 

 誰が? 

 

 そもそも友達とはなんだ? 私は生まれてから友達なんていなかった。いつだってこの特異な髪をさらけ出すのに恐怖し、本当の姿を見せることを諦め、ありのままを鼻で笑うようになった。

 でも心を通わした他人ならいたような気がした。

 

 稲亭物怪録は恐怖を捕食する。

 

 恐怖とは恐ろしい者と相対する時だけ生まれるんじゃない。大切なものを喪失する予感にも簡単に生まれてしまう。

 喪失と非在の恐怖こそ稲亭物怪録は食らっていたのだ。

 

 私が常に抱いていた(ゴボウ)土地(エビス)の繋がりを失う恐怖を。そしてその一切を花鳥風月部と繋がったままでいるために斬り捨てた。

 

 ああ。

 そうだったのか。

 

 久辺良ゴボウは、友達だったのか。

 

 ゴボウの隣も、私の居場所だったのか。

 

 私は結局。

 

 居場所を失っていたのか。

 

「ハアッハアッ」

 

 がりがりがり。喉元を掻きむしる。黒く塗ったネイルが血に染まり、皮と肉が爪に詰まる。圧迫した力で気道が削られ息が詰まった。

 

 ゴボウに対して形容しがたいナニカを型にはめて収められる言葉の箱を見つけた。

 そして同時に。

 花鳥風月部としての地位にしがみつくために"友達"を殺めた。

 

 ──銀光一閃。

 そう自覚した刹那、陰惨な過去から迫る刃が私の首を斬り裂いた。 

 

 傷口から吹き出る血が、黒に染まる。四方八方に吹き出る黒血が周囲に散らばり、空はいつの間にか暗闇で満ちていた。

 全てが黒に染まる。私の容貌も黒に染まる。

 

 

 ……首が痒い。首が痒い。痒い。かゆい。かゆうかゆい。かゆいかゆいかゆいかゆい。搔いても掻いても。書いても書いても。ちっともかゆみが取れやしない。

 

 掻きむしりすぎて首が取れそうだ。

 

 首が飛ぶ。首が飛ぶ。首が飛ぶ。

 

 首。首。首。首。首。首。首。首。首。

 クビクビクビクビクビクビクビクビクビクビクビクビ! 

 くびくびくびくびくびくびくびくびくびくびくびくび! 

 くびくびくびくびくびくびくびくびくびくびくびくび!!! 

 

 

 

 

 

 

 

「──くひ」

 

 竜郷柄の着物を引き裂いて、脱ぎ捨てる。

 

 分厚く地味な着物が遮っていた優美な女体をこの上なく露になる。幾重にも巻かれた帯に載せていた乳房の双丘が揺れる。

 腰から肩から舌を鳴らして蛇が這い寄る。着物を脱ぎ捨て、黒い長襦袢になってもその脱衣劇は終わらない。腋を見せつけるように腕を掲げ、重ねた裾を開いてタートルネックに収められた肢体を見せつける。

 髪から生える一匹の蛇を、一本のポールに見立て、身体を委ねて踊り狂いながらベルトをほどく。眩いふとももを開脚しながらショーツを脱ぎ散らかしていく。

 

 これは、儀式。

 ストリップショーとは根幹を異にする殻に収まったサナギが羽化するためのメタモルフォシスの儀式。

 清らかなる生贄の少女が少女自身を捧げて神へと到るための暗黒の儀式。

 

「んふ」

 

 愉快そうに女が喉を鳴らした。

 

「それが今回の風流かい? ストリップとは、考えたじゃないか」

 

「人は未知を恐怖するものだからね……いつ何時、下されるやも知れぬ処罰を極度に恐怖する。災害。復讐。判決。天罰。そして解雇。おまえさんは己の罪状が詳らかになり、人に処罰されるのが一番怖かったんやね」

 

「ゆえにおまえさんは己を処刑する処刑人になった。脱衣する女は、服を犠牲にして裸体へ近づいていくものや。……神秘(裸体)へ自分の尊厳()犠牲(脱衣)にして近づいていく。その間、壇上に上がる女を観客の誰も手に触れることはできないのさ」

 

「処刑──死を待つ蛇女……おまえさん以外はね」

 

 尊厳的な死──裸体へとメタモルフォーゼする瞬間まで誰も手出しはできない。その裁量のすべては脱衣する女が握る。

 死がいつ訪れるのか。女以外誰も知らない。死のすぐそばで淫奔に遊ぶ壇上の女以外は。ゆえに女は処刑人であり、処刑を待つ罪人。

 

 全身をうねらせ服を次々と脱ぎ捨てていく様は、羽化よりも脱皮に近かった。

 一枚、一枚。身を削ぎ落とす(みそぎ)の仕草を繰り返すたびに。服を脱ぐたびに──否、生徒のテクスチャーを犠牲にするたびに致命的なナニカが変質していく。

 ヘイローが、変質していく。

 

「あァァアああああアアアアアアアアアアぁぁぁああああ!!!」

 

 太極図を模したようにも、少女が長い髪を振り乱すようにも見えるヘイローが変質する。

 曲線の先にある、丸い円浮き上がり"浮遊"する。

 その図像はまるで、振り下ろされた刃に断たれ──空飛ぶ生首。

 

 

「あァァアああぁぁぁぁぁぁかかかゆかゆあゆあああぁああアアアアアアアアアアぁぁぁああああ!!! 私っ私はごぼうアァァァァァあああああ!!!」

 

 

 絶叫。

 震える首肉へ爪を突き立て──クビが飛んだ。

 

 

 血が、否、闇が溢れ出る。

 頭と身体を繋ぐクビを境にして、白と黒に別れる。

 白蛇がうごめく白面の(かんばせ)と、暗夜行路の空を同化する暗黒の衣をまとった乙女が出現する。

 

 無数の蛇を引き連れる白面の乙女は大地から足を離した。

 

 舞台装置の暗幕に支えられた生首のように空を浮遊しながら──下界を睨みつける。ギラギラと世に憎しみをぶつける悍ましい双眸が宙を舞う。邪視。女怪の見るものすべてが石へと変わっていく。

 

 あれなるは。

 

 

 

 

「ゴルゴネイオン」

 

 

 

 舞台袖から正鵠を穿つ声がした。

 手首で口を抑えてくつくつと婀娜な女が嗤う。 

 

「見るものすべてを石化するゴルゴンの怪物。恐ろしい災いをさらに恐ろしい呪物で追い払えると信じる信仰から生まれた聖なる邪神像。偶像崇拝の化身。おまえさんの奥底に眠っとるんわ、()()やったんやね」

 

「恐怖はより強い恐怖に塗りつぶされる。さしずめ──恐怖を恐怖で統制する蛇の女王、といったところかえ」

 

 

 

 ……ゴボウぅぅ……! ドコ……ドコ……? 

 

 ワタシ……ワタシ、ハァァァ……サミシイ……サミシイ……。

 

 ダレモ、ワタシを……ダレモ……オボエテ……。

 

 

 

「おほほほ……恐怖劇かと思えば滑稽劇。自分で手をかけておいて今更嘆くのかい? んふふっ今のおまえさんを言葉で切り取るならそやねえ」

 

 空に接吻するように艶やかに息を吐いて、煙を燻らす。

 

「……地位に縋り付くことでしか、大地(エビス)に在ることの叶わない流浪しつづける蛇の首。そやねえ"ロクロクビ"。その名が相応しいさね」

 

 そしてコクリコはくるりと身を翻し、見たいものを見終わったとその場を辞した。

 

「──でも残念や蛇女。この切り口やと……我も苛む物語の宿痾からは逃れられんものな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お前は、昔から悪事の才能がなかった」

 

 

 

 ひとつの。

 

かつん。

 

かつん。

 

 

かつん。

 

 

 

かつん。

 

 

 

 

 足音が。

 

 

かつん。

 

 かつん。

 

かつん。

 

 

 ───かつん。

 

 

 見上げるほどの長身に紗々とした癖のない金髪。しなやかなで厚みのある肢体をヴァルキューレの制服と古めかしい獣皮のプロテクターで包み込み、流麗な立ち姿に似つかわしくない不格好な竹束を抱えた女。

 

「いつも爪が甘い。お前は私が毒の効きが悪いのを忘れていただろう。それに致死量も違う。図体がでかいからな。よく知ってるだろう?」

 

 その影は、怪物の現れるところには必ず現れる。

 

 怪物と対となる同等の力を持った存在。怪物を殺す英雄。視点を変えれば根幹は同じ、恐るべき怪物。

 恐怖を破壊する光輝にして破壊神。

 

 ストリップがゴルゴネイオンという怪物を召喚する儀式だったなら、怪物の登場はヒーローの召喚する儀式に他ならない。

 久辺良ゴボウは土生アザミの前に立ちはだかった。

 

『あああああァァァァアああああ゛あ゛!!! 嘘だっ嘘だっ! お前は私が殺した……殺したんだっ!!!』

 

 ──GYAAAAAAAAッッ!!! 

 

「お前にこのまま暴れられちゃ困るからな……。罪状を増やしてやる訳にもいかんからここで止めさせてもらう」

 

 邪視によって青い竹束が、色を失いまたたく間に灰色に変わる。だが影に隠れたゴボウは健在。それどころか──。

 

「百鬼夜行中心部でお前が起こした百物語の報告は受けてる。怪異には銃が効かない。まあ、それに私もは友達に銃を向けるのは流儀じゃない。銃で対抗しようとは最初から思っちゃいないさ」

 

 でもな。懐からスマートフォンを取り出す。

 

()()()は向けさせてもうらうぞ」

 

 パシャ! 

 

「やれやれ。お前も相当エビスに毒されたな。世の動きに取り残されて、時勢を見誤ったんだよ。今のキヴォトスじゃ……百物語なんて()()()()()()()()

 

 スマホを起動し白い髪蛇を振り回して暴れるアザミの写真を"Full Link"──ロアや都市伝説を専門にするSNSへと投稿する。

 すぐに反応があった。

「白いかかしってか蛇じゃんw」「くねくねって夜にも出てくるのね」「場所どこですか? つかくねくねって草原に出てくるらしいけど湖じゃん」「つ、ツチノコだ──ー!」

 インターネットに打ち上げられた写真という画角に切り取られた恐怖は、驚異的な速度で人々の間で共有され、膾炙され、再定義されていく。

 怪異の権能……銃弾を無効化する効力が途切れていくのを察してしまう。

 かつて女神だったメドゥーサが魔物へと零落したように。神域の怪物が青春を送る女生徒へと転落していく。

 

「ほらな。どんなに怖くても、共有されて解析されて正体を暴かれてしまう。恐ろしいものが隠れ潜む場所なんてないんだよ。神話も、伝説も、伝承も、百物語も。今は都市伝説に貶められるのが時流なんだ」

 

「うう……ガ、ァァァ!」

 

 風船からガスが抜けるような錯覚に見舞われながら、咆哮とともに邪視でゴボウを貫く。

 身体がろくに言うことを聞かない。理性が消し飛んでいた。

 ハブは獰猛な蛇だ──ピット器官、温度を可視化する目で視界に入った者を狂ったように強襲する蛇。

 たとえ零落しようとその性から逃れられない。

 景色のすべてが邪視で灰色になり、三八式実包を打ち込まれてもゴボウは微笑だけがあった。

 

「まだ収まりがつかないのか? アザミ、そういえばお前とは共に戦ったことはあっても本気で殴りあったことはなかったな」

 

 ──GULAAAAAAAAッ!! 

 

 無数の白蛇と三八式歩兵銃を構えて放つ。総勢、百。竹束は前面しか防御できない。防御されても死角から襲えばあっという間に狩れる。

 そして不用意に竹束から出てくれば石になって終わり。

 

 そのはずだった。

 

「百でいいのか? ──千でも足りんぞ」

 

 百の蛇と弾丸が接触する瞬間。竹束の堅牢な要塞が一瞬ブレた。

 次の瞬間、ゴボウに迫りくるはずだった蛇の一団も弾丸もすべて円状に叩き伏せられていた。ゴルゴネイオンの権能を行使した怪芸は、卓越した武林の秘芸にて一蹴された。

 まるで居合。

 しかも本人は肉体の一片も石になっていない。

 視認不可能な速度でのシールドバッシュ。視認されれば石に変わる蛇の魔物相手にイカれた胆力だ。

 

「いくぞ」

 

 ゴボウが竹束を持ち上げて吶喊する。足元、真横。一噛みすれば、一見すれば。石に変わるのに何故かできない。イカれている。生まれた時代を間違えた羅刹の顕現だ。

 大股にステップを踏み、接近してくる。

 

「よ! ッホ、ッホ! ……っとぉ……()()る 太白の雪〜。()うを喜ぶ 武功(ぶこう)の天〜っとぉ……」

 

 音程を外した歌を歌いながら鬼神が鼻歌まじりに距離をつめてくる。しかし目つきは普段の倍以上に鋭く、頬は上気していた。

 釣り上がる口唇を必死に押さえつけているのが気配から感じ取れる。闘争こそゴボウの郷里。エビスという平穏な地で飼い殺しになっていた腑抜けから戦士の勘を取り戻しつつあった。

 じりじりと追い詰められ湖のほとりにまで追いやられる。

 だが……快進撃もそこまでだった。

 

 

 

 

「くひ」

 

 蛇の邪神に──"特異現象"が起きる。

 

 

 色彩に満ちた世界が灰色に染まる。石へと変わり色を失う。

 黄金の時代から銀の時代へ下り、銅、鉄の時代へ落ち、やがて灰の時代へと。英雄譚の終焉──都市伝説の開幕。

 神性喪失の代価に、フルリンクを介しての認識という後押し受けて神秘(神話)特異現象(ロア)へと変貌していく。

 金の瞳が、眼窩の奥へ奥へとうち窪み体内へと沈み込んでいく。代わりに手のひらの真ん中に……大粒の眼球が浮き上がる。

 瞳は頬、二の腕、ふくらはぎ、そして魔性の乳房にも……桜色の突起も白磁の肌も一気にめくれあがり、その奥から充血した眼球が飛び出す。ハンス・ベルメールの作り出す球体人形の不気味さと、白いかかしの不安定さが渾然一体になった女怪がニタリと笑う。

 

 目が、合った。

 

「!」

 

「────」

 

 ぶちり。

 

 人体から明らかに聞こえては不味い異音が鳴り、気づけば回転するつま先が視界に入った。円を描いて勢いよく回る右足が、あらぬ方向へ飛んでいく。

 

(重心がブレる。足が無くなると動きにくいものだな)

 

 残った足を地面に埋めて、直立状態を維持する。

 

(しかし見た瞬間、意識外からの攻撃か? そうか、見られれば終わりの魔物とは逆位置の伝承(フォーク・ロア)──見るなのタブーの怪物か)

 

 視認した瞬間、破滅を呼ぶロアの怪物。

 都市伝説のほぼすべてで共通するタブーを犯した瞬間、攻撃に転じる理不尽な現象が起きる。

 

「逆に言えば見なければ恐れる必要はない。それに──見るなのタブーはお前自身にも適応されるんじゃないか。アザミ?」

 

「────」

 

「鏡ならあるぞ。言っただろう。私は三度の飯より──宝石が好きなんだ」

 

 バコン! さんざん()()と言っていた竹束を叩き壊し、タングステンの金庫が現れた。金庫のダイヤルを回して扉を開ければ……大量の宝石類が山ほど出てきて眩い光を放った。

 

 見覚えがある。

 あれは全部エビスであいつは横領していた宝石郡だ……。

 

 あーあ、頭痛がしてきたなあ。こんな鉄火場だと言うのに呆れてものも言えない。

 溜め込んだ宝石が見つからないと不思議がっていたが……なんてことはない。

 "分身(竹束)"のなかに溜め込んでいた──つまり腹に溜め込んでいたのだこのバカは。

 

「ッオォォォオオオオオオ!!!」

 

 そのまま目を閉じたまま銀のインゴット、磨きあげられて鏡と同じ光を放つそれを構えて猛然と突っ込んでくる。

 

 ぶち。ぶち。ぶち。

 

 ──GYAAAAAAAA!!! 

 

 銀鏡で見た自分を見た途端、身体が弾けて無数の目や闇が身体から抜け落ちていく。身悶えしている隙にゴボウのシールドが全身を打ちのめし……そのまま跳躍して湖へと突っ込んでいく。

 

「鏡はな、人類最初に手に入れた宝石だ。人に"目"という器官が出来た瞬間から、水鏡──水面は当たり前のようにあるんだからな!」

 

 ゴボウの銀鏡と、水面の水鏡。

 向かい合わせになった鏡同士が反射し合い無限の連なり……無限鏡(インフィニティ・ミラー)が発生する。

 

「虚像は虚像のなかで大人しくしていろッ!」

 

 虚像の空間にできた無限であれ、虚像(イデア)こそ現実と捉える特異現象(ロア)にとってはそれは真実。虚像のなかに封じ込め──

 

「帰ってこい、アザミ」

 

 無限鏡にとらわれなかった部分。虚像ではない肉体である私をゴボウが引っ張り出してくれる。

 間違った道を歩こうとすれば正しい道へと手を引いてくれる友達のように。

 

 

 

 

 

「ゴボウ。どうし、わた、私は……あなたに……!」

 

 どの面が、どの面が。どの口が、どの口が。そんな泣き言を言うのだ。

 ゴボウの足は私が怪異でなくなっても元に戻ることはなかった。黄昏に触れたナグサの腕も、アヤメ自身も、元通りになったというのに。

 ナグサは腕が黒に染まり、麻痺していた。ゴボウはそれよりも酷い。

 

 ゴボウの足は鼠径部から、綺麗に無くなっていた。

 

 すがりついた私の目尻から、鼻から、口から、牙から漏れる体液がゴボウの制服を怪我していく。こんな醜態、絶対に晒さないはず。

 なのに胸から湧き出る衝動と悔恨が、握りしめた手を離すのを許さない。

 

 

「アザミ、私はこれで良かったと思っている。お前が蛇頭人身のメドゥーサなら……」

 

 乱れた髪も、濡れた頬も、そのままに笑った。

 

「私は今から人頭蛇身のラミアだ。頭が幾つもある蛇はいても……尻尾が幾つもある蛇はいないだろ。私には風流なんて欠片も分からん。でも、それで、勘弁しちゃくれないか」

 

「それだと──」

 

 一本だたらでしょう、という憎まれ口も叩けなくなって嗚咽がとめどなく終わることがない。

 ゴボウは足元に転がっていたガラス片を手に取った。妙なガラス片は、かざした先の景色を透過せず見る角度によって様々に景色を映し出した。

 光。湖。そして蛇の怪異。

 怪異を見た瞬間、ゴボウは腕を振ってガラス片を湖に勢いよく放り投げた。湖面に波紋をつくったガラス片が、水中を転がりながら水底へと落ちていく。

 

「良いの?」

「知ってるだろ。硝子は嫌いなんだ。ありゃあ硝子だ。だって鏡だったら顔が映るだろ。気色悪い蛇の魔物なんてどこにもいないじゃないか」

「……そう。そう」

 

 瞳から雫が止めどなく溢れて溢れてその日。傷つけ傷つけられてばかりの刺草に紫の花が咲いた。

 

 

「帰ろうエビスへ。どうせエビスの政務なんてアザミしか回せないんだ。……というかもっとしっかり支えてくれ。倒れそうだ」

「あなたのデカイ図体を支えられるわけがないでしょう!? ……というかその金庫は置いて行きなさいっ! 片足一本でこんな物抱えながら帰れるわけがないでしょう!?」

「あぅぅ……。でも、そのバカでかい乳があれば……? 今回に限り……?」

 

 なんで宝石のことになるとIQがマイナスに振り切れるんだ? もうひっぺがして私だけ帰ってしまおうか。

 

「やめろ、置いていかないでくれ。というか、これだけ頑張ったんだ……」

 

 ゴボウは手を口元に持っていき、いつの日かと同じ仕草。おちょこを傾けて小さく微笑した。

 

「今日くらい奢ってくれよ」

「ふん。これだから風流の分からないやつは嫌なんだ。今日だから……()()るんでしょう」

「なんだそれは。相変わらず風流がなにかまったくわからん」

「ふふ。ばーか」

 

 

 

 

 

 ABS Bung-koug!!! 

 

 百鬼夜行連合学院の食料庫! 

 終わりない北の地平! 雪に閉ざされ笑顔も凍る! 

 

 今やもう所属生徒1人の限界分校! 

 試される大地に取り残された唯一の教育機関! 

 

 

 ABS Bung-koug(エ ビ ス 分 校)!!! 

 

 

 ABS Bung-koug!!! 

 

 百鬼夜行連合学院の食料庫! 

 終わりない北の地平! 雪に閉ざされ笑顔も凍る! 

 

 今やもう所属生徒0人の廃棄分校! 

 寂れた校舎も諸行無常に崩れ去る! 

 

 

 されど残るは形なき一握の友情! 

 

 

 ABS Bung-koug(エ ビ ス 分 校)!!! 

 

 

 




対あり。
反転しても怪異と化しても速攻で鎮圧されるアザミに悲しき過去……。

 土生アザミ
 口調が、安定、しない!!! なんか3種類くらい口調がある!!!どれを採用すればいいんだ(半ギレ)
 元々、アザミのヘイローが剣に跳ね飛ばされる生首みたいに見えたためゴルゴネイオンモチーフだったのかなあと採用した。太極図って言われたらまあそう。
2部での登場……待ってるよ……。

 久辺良ゴボウ
 ヴァルキューレ生活安全局所属。D.U.勤務時の通称は山女。
 名前の由来はアザミの別称山ごぼうから。山のような身長のゴボウちゃんという三秒で作成した。
 役割:タンクで銃は持っていないが恵まれたフィジカルと2メートル越えのタングステン製金庫入りの竹束で敵をぶっ飛ばして制圧する。豆鉄砲打つより2000mmの弾丸を一発ぶち込めば大抵相手は沈むんじゃいガハハ。
 典型的な左遷されて腐ったエリート警察でワンピのアーロンに買収された海軍大佐みたいな女だがエビス自治区は本当に愛しているから今更異動するつもりは欠けらも無い。
 ホシノのホルスとシロコのアドビスとか神秘があるなら財宝神クベーラの聖獣で宝石を吐き出すマングース。
 あとは怪物メドゥーサを退治するために現れた鏡の盾を持つペルセウスみたいな立ち位置だから死ぬほどアザミをメタってるんじゃないかな知らんけど

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