浴室に立ち込める熱い湯気と、ミッドナイト――香山睡が愛用するジャスミンの香料が混じり合い、濃厚な空気が連の肺を満たす。
香山「ほら、連。じっとしてて?」
香山は連の背後に回ると、泡立てたスポンジで彼の逞しく引き締まった背中を撫でるように滑らせた。学校で見せる「18禁ヒーロー」の扇情的な振る舞いとは違う、もっと個人的で、独占的な熱を帯びた手つき。
連「……自分でできると言っているだろう」
香山「ダメよ。戦い通しのあんたの体は、私が一番よく知ってるんだから。……ここ、また少し硬くなってる」
彼女のしなやかな指先が、連の肩甲骨のあたりを円を描くように解していく。連はふう、と小さく吐息を漏らした。この女の指先には、不思議と戦いの昂ぶりを鎮める魔力がある。
香山「ねえ、連。あんたはいつまで、そんなに急いで強くなろうとするの?」
香山は連の背中に、自身の柔らかな胸をそっと押し当てた。
香山「世界を創り変えるなんて、一人で背負わなくていいのに。……私を、もっと頼っていいのよ?」
耳元で囁かれる甘い声。連は一瞬、目を閉じた。
連「……俺は、俺の望む世界をこの手で掴むだけだ。アンタに心配される筋合いはない」
香山「強がりね。でも、そんな冷たいところも……ゾクゾクしちゃうわ」
香山は悪戯っぽく笑うと、連の首筋に、消えないくらいの深さでそっと唇を寄せた。それは、学校では決して見せない、一人の女としての「マーキング」だった。
翌日の放課後。
連が机の中の私物を整理していると、前方から騒がしい足音が近づいてきた。
上鳴「よっ、暁! ちょっといいか?」
耳郎「連、ちょっと時間ある?」
声をかけてきたのは、上鳴電気と耳郎響香だ。上鳴は相変わらずの軽いノリで、耳郎は少し照れくさそうにイヤホンジャックを指先で弄っている。
連「なんだ」
連が短く返すと、上鳴が待ってましたとばかりに身を乗り出した。
上鳴「あのさ! 明日の土曜日、A組の有志で駅前のショッピングモールに行って、親睦会やろうぜって話になってんだよ。ほら、入試の時とか訓練の時とか、お前怖ぇっていうか……近寄りがたいって思ってる奴も多いだろ? だからさ!」
連「……親睦会? くだらない。俺には関係ないことだ」
連は興味なさげに鞄を肩にかけた。
耳郎「そんなこと言わないでよ」
耳郎が少し身を乗り出して、連の瞳を覗き込む。
耳郎「あんた、いつも一人で戦ってるみたいでさ。……まあ、あたしもあいつらのノリはたまに疲れるけど、たまには『普通』に遊ぶのも悪くないかなって。あんたの戦い方、凄すぎて……もっと普通のところも見てみたいっていうか」
上鳴「耳郎……」
上鳴がニヤニヤしながら彼女を見ると、耳郎は「変な意味じゃないし!」と顔を赤くして上鳴の脇腹にジャックを突き刺した。
連は足を止め、窓の外を見つめる。
連(親睦会……。かつてのデザイアグランプリでも、戦い以外の時間はあった。だが、あれは互いを探り合うための時間だったな)
今のこの世界の、裏表のない純粋な誘い。それは連にとって、何よりも奇妙で、新鮮なものに感じられた。
連「……明日の予定はない。勝手にしろ」
上鳴「えっ、それって来るってことか!?」
連「行くとは言っていない。気が向けば、だ」
連はそう言い残して教室を去ったが、その足取りは心なしか、いつもよりわずかに軽かった。
上鳴「やったぜ! 暁、絶対来るよなアレ!」
耳郎「意外と押しに弱いのかもね、あいつ」
二人の笑い声が教室に響く。連はその声を背中で聞きながら、心の中で明日のシミュレーションを始めていた。それは戦闘の組み立てではなく、「普通の高校生」としてどう振る舞うかという、彼にとって最も難解なクエストだった。
土曜日の正午。駅前の大型ショッピングモール。
待ち合わせ場所に現れた連の姿に、上鳴や耳郎、そして集まっていたA組の面々は言葉を失った。
連の私服は、徹底した**「全身黒」**だった。
上質な黒のロングシャツに、シルエットの美しいブラックデニム。アクセントにシルバーのチェーンが揺れ、足元は編み上げのコンバットブーツ。シンプルだが、連の持つ浮世離れした美貌と鋭い気配が、それを「モード系のモデル」のような完成度に昇華させていた。
連「……何だ。その顔は」
上鳴「いや、暁……お前、私服のセンス良すぎだろ! 隙がねぇな!」
上鳴が叫び、耳郎は少し赤くなって視線を逸らす。
耳郎「……似合ってるじゃん。黒、あんたらしいっていうか」
一行がモール内を歩き始めると、背後から妙に目立つ、大きなサングラスにスカーフを巻いた「自称・お忍びのセレブ」風の女性が近づいてきた。
香山「(連……! 私を置いてこんなに楽しそうにするなんて……お姉さん、寂しくて尾行しちゃったわ)」
隠しきれない色香を放つその女性――変装したミッドナイトに、連はいち早く気づいた。
連は耳郎たちに「少し外す」と言い残し、柱の陰でその女性を捕まえた。
連「……何をしている、香山さん」
香山「あら、バレちゃった? だって、連の私服姿を他の子たちに見せるなんて、もったいないんですもの」
香山はサングラスをずらし、艶めかしく微笑む。
香山「早く帰ってきなさいね? 夜は、この服を脱がせてあげるから」
連「……消えろ。でないとここでブーストを点火するぞ」
冷たく言い放ちつつも、連は彼女の「寂しがり」な一面に溜息をつき、クラスメイトの元へ戻った。
親睦会の中盤、緑谷出久が一人でベンチに座っているのを、連は遠くの吹き抜けから見下ろしていた。
その時、連の「生存本能」が激しく警鐘を鳴らした。
緑谷の首に、一人の男が手をかけている。死んだ魚のような目、ボサボサの髪。
――**死柄木 弔**。
連「(……あの男、消滅の気配がするな)」
連の指が、無意識にポケットの中の**ゾンビバックル**に触れる。
助けに入るのは容易だ。だが、死柄木の指が一本浮いているのを見て、連はあえて動かなかった。ここで暴れれば一般人に被害が出る。
連「……面白いゲームになりそうだ。死柄木、お前がこの世界の『バグ』か」
連は、怯える緑谷と死柄木のやり取りを、神の如き冷徹な視線で観察し続けた。その瞳には、ヒーローとしての正義感ではなく、獲物を見定めたハンターの愉悦が宿っていた。
その後、一行は楽器店へ。
耳郎がベースを熱心に眺めていると、連がふらりとピアノの前に座った。
耳郎「あんた、ピアノ弾けるの?」
耳郎の問いに、連は何も答えず、鍵盤に指を置いた。
奏でられたのは、繊細でありながらどこか激しさを秘めたクラシック。連は「創世の神」として生きた長い時間の中で、あらゆる芸術を嗜んでいた。ギター、ベース、ヴァイオリン……彼にとって楽器を操ることは、バックルを換装することと同じくらい容易なことだった。
耳郎「……すごい」
耳郎は、連が奏でる音に圧倒された。攻撃的な戦い方からは想像もつかない、深く、澄んだ音色。
連「……耳郎、お前のベースは悪くないが、リズムが守りに入っている。もっと自分の『欲望』を音に乗せろ」
演奏を終えた連が、唐突にアドバイスを送る。
耳郎「あ、あたしの音、聴いててくれたんだ……。……欲望、ね。あんたに言われると説得力あるわ」
耳郎は小さく笑い、自分のベースをぎゅっと抱え直した。
耳郎「今度、あたしのベースとセッションしなさいよ。断らせないから」
連「……気が向けばな」
連は不敵に笑う。
戦いと殺気、そして束の間の日常。
暁連という男にとって、この世界はますます興味深い「ゲーム」へと変貌しつつあった。
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