5万年の隣人   作:ろろろん

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第2話

「……どういう意味ですか」

 

悠真の声が低くなった。警戒の色が混じっている。

 

「そのままの意味ですけど」

 

「イヤホンから漏れてた? いつの話ですか」

 

「大学3年の時です。先輩が4年の」

 

悠真は少し間を置いた。

 

「……だから『先輩』と呼んでたんですか」

 

「はい。本当に先輩ですから」

 

「場所は」

 

「図書館の自習室。先輩、いつも窓際の席にいましたよね」

 

悠真が黙った。

 

「私、その2つ隣の席が定位置だったんです」

 

「……知らなかった」

 

「知らないと思います。先輩、周り見てなかったので」

 

「それは……」

 

「悪口じゃないですよ。集中してたんだなって」

 

悠真は少し間を置いてから、聞いた。

 

「……そういえば、名前」

 

「え?」

 

「聞いてなかった。あなたの名前」

 

彼女は少し驚いたような顔をして、それから微笑んだ。

 

「桜です」

 

「……桜」

 

「はい。よろしくお願いしますね、先輩」

 

「今更よろしくもないでしょう」

 

「じゃあ、改めて。先輩の名前は?」

 

「……蛸島です。蛸島悠真」

 

「蛸島先輩」

 

「……なんですか」

 

「タコ先輩」

 

「は?」

 

「蛸島だからタコ。タコ先輩」

 

悠真——もといタコ先輩が顔をしかめた。

 

「勝手にあだ名つけないでください」

 

「いいじゃないですか。呼びやすいし、可愛いし」

 

「可愛くない」

 

「私の中ではもうタコ先輩です」

 

タコ先輩は諦めたようにため息をついた。

 

「で、その曲は何なんですか」

 

「教えません」

 

「は?」

 

「先輩が思い出してください」

 

タコ先輩が眉をひそめた。

 

「3年前の曲なんて覚えてませんよ」

 

「じゃあ思い出すまで楽しみにしててください。5万年ありますし」

 

「……あなた、本当に性格悪いですね」

 

「2回目ですよ、それ」

 

桜が指を2本立てる。タコ先輩が舌打ちした。

 

沈黙が流れる。

 

タコ先輩は自分の領域に戻ろうとして、足を止めた。

 

「……1つだけ」

 

「はい」

 

「なんで覚えてるんですか。2つ隣の席の人間のイヤホンから漏れてた曲なんて」

 

桜が首を傾げた。

 

「先輩は覚えてないんですか?」

 

「何をですか」

 

「2つ隣に誰が座ってたか」

 

「……覚えてません」

 

「ですよね」

 

桜は笑った。いつもの微笑みではなく、どこか寂しげな笑み。

 

「私は覚えてます。それだけの話です」

 

タコ先輩は何か言いかけて、やめた。

 

踵を返し、自分の領域へ戻っていく。

 

「先輩」

 

「……何ですか」

 

「おやすみなさい」

 

「この空間に夜はないでしょう」

 

「気分の問題です」

 

タコ先輩は振り返らなかった。

 

ただ、小さく「おやすみなさい」と返した。

 

桜はそれを聞いて、また歌い始めた。

 

同じ曲を。

 

3年間、ずっと覚えていた曲を。

 

<<hr>>

 

続く

 

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