転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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水は低きに流れるように

 水は低きに流れると、そんな言葉を聞いたのが、一体いつのことだったのかは思い出せない。

 物事が、自然にそうなる様子のことだ。

 そして、その続きに「人は易きに流れる」と付け加えられたことは覚えていた。

 

 つまり、なにが言いたいのかというと。

 要するに、どこに行こうと誰であろうと。

 ダメな人間はダメな方に流れていく、ということだ。

 

 ぼんやりとそんなことを考えていたのは、ぷかぷかと浮かぶシャボン玉に閉じ込めた、馬車の荷台の幌の上。

 本来、荷台を牽くべき馬はいない。

 ただ、馬車を閉じ込めたシャボン玉が、風に任せて、道なりに街道を漂っているだけだ。

 

 常識では考えられないことだけど、ここはいわゆる異世界だった。

 そう、剣と魔法が支配する、お伽話の世界。

 私は、そんなお伽話の中に転生した人間なのだ。

 

「……水は低きに流れる、かぁ」

 

 もう一度、思い出した言葉を口に出してみる。

 なんの因果か、私がこの世界に転生した際に最も適性のある魔法は、水属性だった。

 水のように低いところへ、ダメなところへ流れやすいから、神様が当て擦りで授けてくれたのだろうか。

 

 とんだ皮肉もあったものだ。

 

 でも、水属性といえば、今では万能の代名詞。

 清潔で綺麗な水を作り出したり、お湯を作ってどこでもお風呂に入れたり。

 現代的な価値観を持って、中世風の異世界を生きていくにはもってこいの才能だった。

 

「シャボン玉で馬車を運ぶって聞いたときは正気を疑ったけど、アンゼリカさん。あんた、噂通りの魔術師なんだな」

 

 荷台から顔を出した男の人が、感心した様子で話しかけてきた。

 アンゼリカ。

 アンゼリカ・アクアマリン。

 

 この世界を生きる「私」の名前だ。

 

「……えっあっ、え、えへ。た、大したことないですよ、そっその、私は、水魔法をちょっと齧ってただけで、そっその、あの」

 

 褒められると、思わずてれてれと顔を赤らめてしまう。

 ……それを補えないぐらい、受け答えの挙動は不審者そのものだったけど。

 そう。水が低きに流れていくように、私は前世からずっと、いわゆる底辺コミュ症だった。

 

 異世界にすごい才能を持って転生したと知ったときには、色々と夢見たことはある。

 現代の技術とか知識を広めたりとか。

 あるいはこの水属性の才能で魔法革命を起こしたりとか。

 

 でも、明日から本気出すって言ってるような人がいつまで経っても本気なんか出さないように、前世からコミュ症を拗らせていた私がそんな大それたこと、できるはずもなかった。

 

「それだけの腕があるのに、『黒杖持ち(ブラッカー)』だなんて、もったいないな」

「あっいえ、その、あっ、ご、ごめんなさい……」

 

 そう。

 私は……才能があるだけのダメ人間なのだ。

 前世からなにも進歩していない。

 

「いやいや、『当たり』を引けたから感謝してるよ……あんまり話されるのも嫌だろうから、これ以上は黙っとくけどよ」

「……あっ、いえ……」

「それじゃあ、あんたもいい旅をな!」

 

 私は何度も、会話を打ち切って幌の奥に引っ込んでいった男の人に頭を下げ続けた。

 気を遣ってもらえるのは嬉しいけど、それ以上に申し訳なくていたたまれなくなる。

 コミュ症あるあるだった。

 

「……はぁ」

 

 もう少し人と上手く話せたらなあ。

 もう少し社会に馴染むことができたら、人生楽しかったのかなあ。

 そう思っても、結局頑張れないんだから、昔の偉い人が言った通りだった。

 

 それでも、私は──

 

「……っ」

 

 刹那、風が運んできた微かな異臭が、鼻先をくすぐった。

 鉄分を含んだ臭い。

 血の匂いだ。

 

 匂いを嗅ぎ取ったというより、液体の状態を感知した、という方が正確だ。

 でも、今は緊急事態だし、この際どっちでも構わない。

 重要なのは、野生の魔物か敵意を持ったなにかが、そう遠くないところにいるということ。

 

「……っ」

 

 血の、嫌な感じはどんどん近づいてくる。

 これでもう間違いない。

 近づいてくるのは、敵だ。魔物であれ、人であれ。

 

「グルルルル……」

 

 獰猛な唸り声が微かに聞こえてくる。

 街道脇の森で、こっちの不意をつこうと息を潜めているのだろう。

 でも、そんなに得物や口から血を滴らせていたら、こっそり発動していた「水鏡」の魔法で様子がバレバレだ。

 

 それに、皮膚の一部に鱗ができたあの様子だと──もう既に襲撃者であるゴブリンは、「竜化現象《ドラグナード》」に飲み込まれている。

 そうなってしまえば、救いようはない。

 人型の魔物から命を奪うことにはまだ少し躊躇いがないわけではないけれど、竜化現象に飲み込まれているなら話は別だった。

 

 こんな辺境の地にも、竜化個体《ドラグニア》がいるなんて思わなかったけど、そこはそれ。

 騒ぎを起こすのも申し訳ないし──そうなってしまうと、なによりも苦手な、説明をしないといけなくなる。

 だから、そうなる前に、私は事を穏便に済ませることにした。

 

「『渇水』」

 

 黒く塗られた樫の杖をゴブリンに向けて、私は得意としている水魔法を撃ち放った。

 

「グルル……ル、ルル……カヒュッ──」

 

 目に見えない魔力の塊が直撃する。

 すると、ゴブリンは、体内の水分を奪い取られたことで、瞬く間に朽ちた枯れ木のようにしわしわになった。

 そして、断末魔すら上げることなく絶命した。

 

 ちょっとした、即死魔法みたいなものだ。

 他にも、お湯を沸かすように血液を沸騰させたりとか、逆に凍らせたりとかもある。

 とにかく、色々と応用の効く魔法が多いのが、水属性のいいところだった。

 

「なにか変なことでもあったのかい、アンゼリカさん?」

「……えっあっ、あっ、その、ない、です……」

「そうかい、気のせいだったならいいんだが……」

 

 同じ街を目指す男の人は、得物の長剣を鞘にしまうと、再び幌の奥に引っ込んでいった。

 私も、この人も、いわゆる冒険者というもので、拠点を探して旅をしている途中だった。

 ……どこの街の冒険者ギルドにも馴染めなかった私に、居場所なんてあるのか、わからないけど。

 

 もしかしたら、案外、いや、万が一にも。

 なんとかなってくれる確率が、あるかもしれない。

 それに、私は──アトリエを建てて、自由気ままにこの異世界を暮らすという夢を抱いているのだから、こんなところで、つまづいてはいられないんだ。

 

 水は、低きに流れるように。

 本当の意味は、「物事が自然にそうなるように」って、ちょっとポジティブな言葉。

 だから、私はやっぱりそんな風に、チャンスが流れついてくることを、期待してしまうのだった。

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