転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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沸き立て我が血潮

『ねえ、アンゼリカ。考え直さない? セヌの噂はわたしも聞いたことがある。性格は最悪だけど、この街で一番の実力があるベテラン魔法使いなんだって。だから……』

 

 あれから三日後、街外れにある決闘場に赴いた私の中では、ミカエラさんの心配の言葉が何度も反響していた。

 実際、セヌは王立魔法学園に通っていた頃も、周囲からの期待を背に立っている優等生だった。

 ……性格は最悪だけど。

 

 気に入らない相手を見つけるとねちねちと、先生たちにはバレないように嫌がらせをして休学や退学に追い込む。

 私も、その魔の手にかかった一人だった。

 だから、決闘の場に立った今も、正直怖くて仕方がない。

 

 ──それでも。

 

「逃げずにきたのは褒めてやるよ、ドブネズミ。しかしお前は僕に情けなくやられて、荷物をまとめてあのボロ小屋の店主共々街を出ていく運命にあるのだから!」

「……っ……!」

 

 決闘場のバトルフィールドに立っているセヌは、粘着質な笑みを浮かべて言い放った。

 ……こいつ、また。

 こんなときに、ミカエラさんだったら気にも留めずに皮肉で返すんだろうけど、それができない自分が情けない。

 

「決闘前に相手の挑発をすることは禁じられているわ、慎みなさい」

 

 立会人を務めてくれたガヴリィルさんが、俯く私を見かねてか、セヌを諌めた。

 

「チッ、成金貴族が……わかったとも。それでは早く決闘開始の宣言をしろ! 観衆も僕の勝利を待ちかねているようだからね!」

 

 ばっ、と、セヌが大仰な仕草で手を広げると、彼の活躍を見にきていたらしい観衆から大歓声が上がる。

 

『いいぞー! 「黒杖持ち(ブラッカー)」がダイナミックボアを倒したなんて、最初から疑わしいと思ってたんだ!』

『なんでもいいけどよぉ、俺はお前に賭けてんだから勝てよ、セヌ!』

『「踊る人魚亭」の看板冒険者との決闘だなんて、身の程知らずもいたもんだぜ!』

 

 決闘は、この世界においては神聖な儀式とされているけど、同時に数少ない娯楽としての側面も持っていた。

 だから、こうして決闘が行われると、野次馬がいっぱい集まってきたり、その中でトトカルチョが開かれたりするのだ。

 もちろん、今回私に賭けるような物好きは一人もいないだろうけど。

 

「あんたに言われるまでもないわよ……こほん。『決闘とは神聖なる儀式にして、神の御前に罪の明暗を捧げる戦いである。両者ともに、命を奪い合うのではなく、その誇りを奪い合うこと。この宣誓に異存はないか』?」

 

 ガヴリィルさんが、決闘の前の事前確認事項を暗唱した。

 どういうことかというと、要するに決闘は殺し合いではなく、あくまでも神明裁判の一種だから、命を奪うことは反則、禁止だという話だった。

 なら、どうやって決着をつけるのか。その答えは極めてシンプルだ。

 

「ないね、さっさと始めよう」

「……わ、私も……あり、ません……!」

「よろしい。では、両者向顔。『命の代わりとしてその誇りとなる武器を掲げ、これを取り落としたものを罪人とする。罪人は誇りを失ったものとし、勝者の訴えを受け入れること。異存なき場合は武器を掲げてその宣言とせよ』!」

 

 お互いの持っている武器を、取り落としたり破壊されたりした方が負けになるのだ。

 そして、勝った方は負けた方に対して、自分の要求を、有無を言わさず呑ませることができるのだ。

 だから、絶対に負けられない。

 

 ガヴリィルさんの宣言に従う形で、私とセヌは互いに杖を掲げて決闘開始の前準備とした。

 

「よろしい。では、『決闘を開始する(ディシジョン・リリース)』!」

 

 その言葉を皮切りに、私とセヌはまず互いに後退する形で距離を取った。

 魔術師は、基本的に懐に潜り込まれれば脆い職業(ジョブ)だ。

 だから、まずは魔法の発動のために相手との距離を確保する。これは、王立魔法学園でも手習いとして教えられることだった。

 

「逃げずに立ち向かってくる勇気だけは褒めてやるよ、ドブネズミ! だがお前は! 僕に! 完膚なきまでにやられにきたんだ! 『風飛刃』!」

 

 セヌが魔法を唱えると、刃のような形をとった鎌鼬が、私を狙って三つほど飛んできた。

 セヌが得意としている風魔法は、視認性が悪い。

 言い換えるのなら、相手にとって回避しづらいというデメリットを押し付けられるということでもある。

 

 殺さないように手加減はしていると思うけど、セヌのことだからきっと私を辱めようとでもしているのだろう。

 そんなこと、させるか。

 させてたまるか。

 

「……す、『水泡球』……!」

 

 震える足に力を入れて、私は砂埃を微かに巻き上げて飛んでくる風の刃に、魔法を返した。

 いつも使っているシャボン玉の魔法だ。

 これは中に閉じ込めた物体を「浮かせる」だけでなく、込めた魔力に比例して強度が増すという性質を持っているのだ。

 

「ふん、いつものつまらないシャボン玉芸か。お前はあのときから少しも成長してないってことだなぁ!?」

「……っ、う、うぅ……」

 

 怖い。

 即死魔法に近いことも、搦手も、やろうと思えばすぐにできる……はずなのに。

 セヌの手先からいじめられた記憶が、過去のトラウマが蘇ってきて、上手く舌が回らない。

 

「そしてお前は魔術師が接近戦をできないと思っている! 距離を取ったら安心だなんて考えが甘いことを教えてやるよ! 『風躍』!」

「……す、す、『水泡球』!」

 

 なにをしてくるかはわからないけど、セヌは足に風の魔力を纏って、一気に距離を縮めてきた。

 私は咄嗟に進路上へ強度を高めたシャボン玉を設置して、進撃を妨害する。

 いつも呼吸をするように使っている魔法だから咄嗟に出せたけど、そうでなかったら危なかった。

 

 ──なぜなら。

 

「ちっ、勘のいいやつだ……僕が『風槍』を発動させていたことに、いつ気づいていた?」

 

 よく見ると、セヌの杖の先端からは螺旋を描くような気流が発生していて、これで私の杖を折るつもりだったからだ。

 詠唱破棄による魔法の展開に気づいていたわけじゃない。

 ただ、危ないと思っただけでの行動だった。

 

『なにやってんだセヌー! 早くそいつをぶっ飛ばせ!』

『あのボロ小屋、元から俺らは嫌いだったんだ!』

『冒険者に報酬も払えねえミカエラのやつと一緒にその「黒杖持ち(ブラッカー)もジリオンの街から叩き出しちまえ!』

 

 劇的な決闘を期待している観客が、口々に罵声を浴びせてくる。

 ……私は、なんと言われたって構わない。

 ダメダメで、コミュ症で、褒められるとすぐに調子に乗って、貶されるとすぐに落ち込むダメな女の子なのはわかっているから。でも。

 

「わかっているとも! ここから僕の劇的な勝利が始まるのだから期待したまえ観客ども! さあ……その鬱陶しいシャボン玉ごと粉砕してやる!」

 

 セヌの周囲へ、劇的に風の魔力が高まっていくのを感じる。

 

「殺さないように加減はしてやるよ。しかし、この僕に大魔法を使わせたことを誇りに思ってこの街を出ていくことだな! ドブネズミ同士らしく、あの薄汚いギルドのミカエラとかいうゴミと一緒になぁ! 『乱気流』!」

 

 セヌが魔法を唱えると、巨大な嵐が現れて、決闘場の半分を飲み込みかねない勢いで荒れ狂い、私に襲いかかってきた。

 ……そうだ。

 私は……私は、なんと言われたって構わないんだ。でも。

 

「『水刃』」

「……は?」

 

 セヌが生み出した乱気流を、私は水の刃で真っ二つに叩き切った。

 初歩魔法とはいえ、強い魔力を込めたことでその切れ味はそこら辺の魔剣と変わらないぐらいになっている。

 セヌは、自慢の大魔法をかき消されたことが信じられないのか、ぽかんと口を開けていた。

 

「……許さないです」

「な、なにがだ! 許されないのはお前の──」

「……私は、なんて言われたって構わないです。でも……頑張ってる、必死に夢のために生きているミカエラさんを……私の大切な人を侮辱したことだけは、許せないんです!」

 

 口に出すと、自分でも驚くくらいすらすらと、お腹の底に溜まっていた怒りが吐き出せた。

 でも、ミカエラさんを……私みたいにダメダメでコミュ症でまともに会話もできないような、社会のどこにも居場所がないような人間を必要としてくれた恩人を侮辱されたことだけは、許せなかった。

 わかっている。ミカエラさんは「私」を必要としてくれたんじゃなくて、「ギルドに所属してくれる冒険者」が欲しかったことも。

 

 それでも。

 ミカエラさんが、私にとっては恩人で、大切な人なのには変わりなかった。

 だから、私は。

 

「『沸血』」

「なっ──!?」

 

 死なない程度に血液の巡りをよくして、温度を上げてやる。

 目眩を起こしたセヌが、姿勢を崩す。

 本当なら血液を沸騰させて相手を即死させたり、逆に自分を対象に発動させることで身体能力を一時的に強化する魔法だけど、応用次第ではこういうこともできるのだ。

 

 そして、もうその隙を見逃す私じゃない。

 

「『沸血』……『水刃』……っ!」

 

 今度は自分に強化魔法として「沸血」をかけて、一気に距離を縮め、杖の先から発振したウォーターカッターで、私はセヌの杖先を切断した。

 

『なっ……!?』

『嘘だろ、あのセヌが!? たった一撃で!?』

『お、俺の賭け金がぁ!』

 

 群衆がざわめき、セヌ自身もなにをされたのかわからないといった表情をしていたけど、私はただ単にやられたことをやり返しただけだ。

 

「そこまで! 勝敗は今、神の名の下に明かされた! この決闘の勝者は、アンゼリカ・アクアマリンとする!」

 

 そして、決闘を見届けていたガヴリィルさんが裁定を下したことで、私の勝利は確定された。

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