転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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覆水盆に返らず

「な、な、な、な……ッ……!?」

 

 私の「水刃」で切断された自分の杖を見て、セヌはわなわなと震えていた。

 どうしようかと最初は不安で仕方なかったけど、それでも勝てたのは、ミカエラさんのおかげだ。

 ……ミカエラさんが私のことをどう思っているかはわからないけど、私にとって、大切なのは本当だから。

 

「あ、ありえない! 落ちこぼれの黒杖持ち(ブラッカー)ごときが詠唱破棄を使いこなせるこの僕を負かせたなんて、そんなことはなにかの間違いだ!」

 

 そして、セヌはわなわなと怒りに震えたまま、ガヴリィルさんに抗議を申し立てる。

 武器が折れたり、一度でも手放してしまったら負けになるのはルールで決められているのに。

 でも、この決闘制度も結局は貴族間で行われていたものが冒険者たちの間にも流れ着いてきたというだけだから、決した勝敗を覆す手段は、ある。

 

 ──袖の下を事前に渡しておくか、権力を盾に泣きつくかすれば、立会人の裁定により、勝者の「不正」が認められて、結果は立会人次第で逆転する。

 かたや男爵家の令息と、「黒杖持ち(ブラッカー)」でただの冒険者にすぎない私。

 どっちが偉いかなんて、子供でもわかることだ。

 

 ──でも。

 

「寝言は寝てから言いなさい! 大方、立会人の『勝者の不正』狙いであたしに泣きついてきたんでしょうけどね、あんたは! 実力で! アンゼリカに負けたのよ!」

 

 ガヴリィルさんは、セヌの要求を真っ正面から突っぱねた。

 

「それはあいつが僕の体調を悪くするとかいう卑怯なことをしたから……!」

「ご自慢の魔力は精神防壁に回さなかったわけ? 魔術師同士の戦いで状態異常(デバフ)に警戒するのなんて初歩の初歩じゃない!」

「ぐ、ぐぬぬ……! 成金で爵位を買い取っただけの商人崩れが、マイカ男爵家の令息たるこの僕に……!」

「なんとでも言いなさい。あたしは、神の名の下に絶対にこの裁定を覆さない。そっちこそ大人しく負けを受け入れないなんて、高貴なる血が泣いて呆れるわ!」

 

 額に青筋を立てて詰め寄ったセヌに対して、ガヴリィルさんは一歩も退かなかった。

 ……すごいなぁ。

 勇気がある、ってああいうことをいうんだろうな。流されないで、自分の芯を貫き続ける強さのことを。

 

「さて、勝敗は明らかになったわけだから、判決を読み上げるわ。『罪人たるセヌ・マイカは神の名の下に、勝者たるアンゼリカ・アクアマリンの要求を受け入れ、ミカエラ・フィアンマの借金、三千万プラムを肩代わりすること』、これに異存はないわね?」

 

 ……えっ。

 判決を読み上げたガヴリィルさんの言葉に、思わず固まってしまったのは私だけじゃなかったようだ。

 さっきまでがやがやと決闘の勝敗について話し合っていた観衆たちも、その桁外れな借金額に言葉を失っていた。

 

「さ、ささささ三千万プラムだと!? 冗談じゃない、そんな不当な要求が呑めるか!」

 

 セヌは真っ赤にしていた顔を今度は青ざめさせて、ガヴリィルさんの言葉に反発した。

 三千万プラムなんて大金があったら、庶民は一生遊んで暮らしてもまだお釣りがくる。

 それどころか、小さな貴族であれば、お家が丸ごとお取り潰しになってもおかしくないレベルの借金だった。

 

「ふーん、神の名の下に明らかになった判決を拒絶するのね?」

 

 ガヴリィルさんは冷たい瞳でセヌを見据えて、そう問いかける。

 決闘の結果は、「正しい者に神は味方する」という前提の下にその正当性が保証されているものだ。

 つまり、立会人に泣きついて拒絶された時点で、決闘の敗者はどう足掻いたって詰んでいるということでもあった。

 

 決闘の勝敗を受け入れないのは、神に逆らうことだ。

 神に逆らったことを立会人により聖教会へと告発されれば、それこそ、三千万プラムの借金なんて可愛く見えてくるレベルの仕打ちが待っている。

 だから、貴族たちの多くは政争の道具として決闘制度を悪用してきたのだ。

 

 そして、同時に、決闘に負けない強さが求められてきたのだ。

 

「ぐ、ぐぬぬ……お、おかしいだろう!? あのドブネズミが不正をしたことは、誰の目にも明らかだ! それを認めない立会人こそ、神に逆らっている! 皆、そう思うだろう!?」

 

 最終手段として、セヌは観衆に泣きつくことを決めたようだった。

 確かに立会人の不正がバレれば、その立会人は神の名を汚したとして、即座に断頭台へ送られる。

 どこまでも、セヌは自分の負けを認めたくなかったらしい。でも。

 

「いや……あの『黒杖持ち(ブラッカー)』にどうしてそんな真似ができるかはわかんねえけどよ、『沸血』で相手を死なせないレベルの魔力コントロールは、宮廷魔術師クラスじゃねえか?」

「それにあの『水刃』とシャボン玉、相当な魔力が込められている。なんでそんなのが野良の冒険者で『黒杖持ち(ブラッカー)』なのかはわからないが……」

「訳あって素性を隠している『魔導師(ウィザード)』なんじゃないの? 扱いが難しい水魔法をここまで極めてる魔術師がいるなんて、聞いたことないわ」

 

 観衆は、セヌに味方しなかった。

 私が世界最高位にして、今までの歴史でたった十二人しか認定されていない、究極の魔術師に与えられる称号である「魔導師(ウィザード)」だなんて、とても恐れ多いけど。

 でも、私が勝ったという事実が否定されなくて、ホッとしたのは事実だった。

 

「こんなドブネズミが魔導師(ウィザード)なわけないだろう! 皆騙されてるんだ、おかしいんだ、正しいのは僕のはずなんだああああっ!」

「寝言はそこまでかしら? はい、これは借金の証文。返済期限はそうね……せめてもの温情で、一ヶ月以内にしてあげるわ」

 

 地団駄を踏んで悔しがるセヌにトドメをさすように、ガヴリィルさんは新たに作り上げた借金の証文を突き出した。

 これに魔力判を押さなければ拷問の末に処刑台、押せば男爵家ではとても賄える量ではない借金。

 どっちを選んでも地獄なのは確定している裁定が、神の名の下にセヌへと突きつけられた。

 

「あ、ああ……あああああああっ!」

 

 セヌは、膝から崩れ落ちる。

 そういえば、私の前世にはこんなことわざがあったっけ。

 覆水、盆に返らず。

 

 起きてしまったことは、決して覆せないことのたとえであり、今のセヌには、ぴったりな言葉だった。

 

「……しゃ、借金、払ってください。それと、み、ミカエラさんに謝ってください」

 

 私はようやく意を決して、口を開いた。

 

「……ぐ、ぐぬぬ……お、覚えていろよ、ドブネズミが……!」

「……わ、私は別に……ドブネズミでも構いません。でも、ミカエラさんには、謝ってください」

「勝者の要求ね。で、どうするわけ?」

 

 俯きながら猫背で呟いた私の言葉をフォローするように、ガヴリィルさんは首を切るジェスチャーを取りながら、セヌへと問いかけた。

 

「……す、すみませんでした」

「よく聞こえないわね?」

「……この度は、申し訳ございませんでした!」

 

 地に頭を擦りつけて、セヌは借金の証文に魔力判を押しながら、謝罪の言葉を口にした。

 ……よかった。

 私の気が晴れたわけじゃないけど、これで少なくとも、ミカエラさんは、きっと報われただろうから。

 

「これにて一件落着! さっさと帰りなさい野次馬ども! あんたも早くこの決闘の結果をミカエラに伝えてやりなさい、アンゼリカ」

「……は、はいっ!」

 

 私は、ガヴリィルさんの言葉に従って、ぱたぱたと「燃える彼岸花亭」へと駆け出していった。

 ミカエラさんへ、ちゃんと今回の顛末を伝えるために。

 借金問題が片付いたと聞いたミカエラさんが、どんな顔をするのか、見てみたいから。

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