転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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過去のことは水に流して

「おかえり、アンゼリカ! 大丈夫だった!? ケガしたり変なことされたりしなかった!?」

 

 私が「燃える彼岸花亭」に戻ってくるなり、ミカエラさんは心配の言葉を口にした。

 ……ありがたいなぁ。

 こんな風に私を心配してくれる人なんて、前世も含めて、数えるほどしかいないから。

 

「あっはい、その、大丈夫です……勝ち、ました」

「勝ったの!? セヌって一応この街で一番の魔術師なのに……っ、ははは、あはははは!」

「ど、どうかしたんですか……? わたし、なにか……?」

 

 様子を心配して声をかけてみたけど、ミカエラさんは急にけらけらとお腹を抱えて笑うばかりだった。

 ……も、もしかして、ミカエラさんの気に障るようなこと、しちゃったのかな。

 それとも、セヌを倒しちゃいけなかったのかな。

 

「あっははは! ううん、違うの! 今のわたし、すっごく嬉しくて、なんだか笑いが止まらないんだ!」

「う、嬉しい……ですか……?」

「うん! アンゼリカがとんでもない魔術師だって、改めてわかったのと……そんなあなたと出会えたことが、このギルドに所属してくれたことが、とっても嬉しい!」

 

 ミカエラさんは、眦に涙を浮かべると、私を抱きしめて、とびきりの笑顔を咲かせた。

 ……なんだか、泣いてしまいそうになる。

 前世でも、誰かからこんな風に出会えたことや、言葉を交わしたことを喜んでもらえたことなんて、ないから。

 

「……う、ううっ……うううううっ……」

「どうしたの、アンゼリカ!? やっぱりケガしてた!?」

「ち、違……わたし、誰かに、こんな風に、や、優しくされたこと、なくて……っ」

 

 前世の家庭も冷え切っていた。

 今世で生まれたアクアマリン家でも、私は落ちこぼれの烙印を押されて生活してきた。

 水魔法は扱いが難しいし、研究も難航している分野だけど、「その属性にしか適性がない」ことは、魔術師として大きな瑕疵になるからだ。

 

「……そっか。つらかったんだね」

「う、ううっ……ぐすっ……」

「だったら、わたしも一つアンゼリカに謝らなきゃいけないことがあるよ」

 

 ミカエラさんは佇まいを正して、私に頭を下げた。

 

「……ごめん。私、アンゼリカのこと、最初は正直手を貸してくれるなら誰でもいいやって思って声をかけてた。借金返すことしか頭になくて」

「……ぐすっ。わ、わかってます……」

「……そっか」

 

 ミカエラさんが欲しかったのは、借金を一緒に返してくれる冒険者であって、私個人じゃない。

 だから、わたしも最初は流されていただけだった。

 衣食住込みでジリオンの街に長く滞在できるなら、って、妥協でこのギルドを選んだところも大きい。

 

 それでも、声をかけてくれたのが嬉しかったから。

 たとえそれが私じゃなくてもよくたって。

 他の誰かで代わりが利くことだって、ミカエラさんが声をかけてくれたから、優しくしてくれたから、頑張れたんだ。

 

「でもさ、今わたしはアンゼリカに会えてとっても幸せだよ。可愛くて、本当はすっごい魔術師で、頑張り屋さんで」

「……ぐすっ。み、ミカエラさんだって、夢のために、頑張ってます」

 

 本当はもっとオシャレとか、そういうのにも興味を持って自由気ままに生きていい年頃なのに、ミカエラさんはギルドを再興する夢のために頑張っている。

 それがどれだけ偉いことか。

 三千万プラムという途方もない借金を前に、諦めなかったのが、どれだけ偉いことか。

 

「あはは、ありがと。とりあえず今日は疲れたでしょ? お風呂入って寝てても誰も文句言わないよ、公衆浴場もこの時間なら比較的綺麗だと思うしさ」

 

 ミカエラさんはそんな提案をしてきた。

 ゆっくりお風呂に入るのはいい案だと思う。

 だけど、私は公衆浴場を使いたくなかった。

 

 この世界における現代的観念の問題の一つとして挙げられるのが、水魔法の不便さによる綺麗な水の供給の難しさだ。

 水魔法で水を作り出せばいい、というのが究極的な結論ではあるんだけど、公衆浴場を満たせるほどに水を作れる魔術師は貴重だ。

 そしてなにより、魔力で作った水は基本的に飲むことができない。

 

 お風呂の水を飲むとか、そういう話じゃない。

 ただ単に、飲料水として使えるほど綺麗な水を生成するのは極めて難しいから、現代的な水の大量生産と大量消費もまた難しいということだった。

 綺麗な水を生成するのは、水魔法の難題だ。

 

 今も王立魔法学園や各種研究機関が挑み続けているけれど、これといった成果は上がっていない。

 ……でも、私は、できる。

 術式や魔力コントロールの難しさを伝えるのが苦手で、それに大勢の人の前で喋ると泡を吹いて気絶しそうになってしまうから発表していないだけだ。

 

「……み、ミカエラさん。『燃える彼岸花亭』にお風呂ってありますか……?」

「あるにはあるけど……長いこと使ってないし、うちにはそんな大量の水を沸かして使い捨てにできるお金なんてないよ? ……はっ、まさか」

「……は、はい。お掃除とお水の問題は、私がなんとかできますので」

「う、うう……アンゼリカ、なんていい子なの……ごめんね、不甲斐ないギルマスで」

 

 あんまり綺麗じゃない公衆浴場で体を洗わなければいけないことには、ミカエラさんも年頃の女の子として思うところがあったのだろう。

 ……な、なら。

 一つ提案しても、いいのかな。

 

「……そ、そのぅ……」

「どしたの、アンゼリカ?」

「……よ、よければ。ミカエラさんも、一緒にお風呂、入りませんか」

 

 嫌だと言われたら全力で土下座をする準備はできている。

 でも、せっかく清潔で綺麗なお風呂を独り占めするのももったいない。

 なにより、ミカエラさんの借金問題も解決したのだから、そのお祝いも兼ねて、みたいなところだった。

 

「いいの? ありがと、アンゼリカ! いやー、泣けてきちゃうなぁ。なんだか夢を見てるみたい」

「そ、そんなことないです……私なんかでよければ、こ、これからも『燃える彼岸花亭』の冒険者として頑張りますので……」

「そうだね。うちの借金もなくなったことだし、今後の契約も含めて色々とお話しよっか!」

 

 そう言って、ミカエラさんは弾けるような、どこか、つきものが落ちたような笑顔を満面に浮かべた。

 眩しくて手が届かない、太陽のような微笑みだ。

 屈託のないミカエラさんの笑顔を見られたことが、ある意味では、決闘に勝ったご褒美なのかもしれなかった。

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