転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
お風呂の掃除は、濡れてもいい場所だったから簡単だった。
経年で溜まりに溜まった汚れも、水魔法があればこそぎ落として綺麗にできる。
水流と、シャボン玉の応用で石鹸水を作る魔法を組み合わせてあげるだけだ。
「……えへへ。ミカエラさん、喜んでくれるかな」
石鹸水を作る魔法は「泡水」と呼ばれていて、生活魔法にも組み込まれている。
そして「泡水」は魔力を込めれば込める分だけ汚れが落ちやすくなる。
ただ、お風呂のカビやら頑固な水垢を落とせるレベルまで至るには結構な魔力が必要になると、王立魔法学園では習っていた。
つまるところ、実用性は手を洗うことぐらいしかないと世間では見なされている魔法だ。
でも、そんな魔法も使い方や魔力のコントロール次第ではこんな風に大化けするのが、魔法の奥深いところだった。
排水口に汚れの溜まった水を押し流し、最後にお風呂場全体の水分を「渇水」でうまいこと調整してあげれば、掃除は完了だ。
「み、ミカエラさん。終わりました……」
「もう!? 五分もかかってないよね!?」
「あっ、もっと時間をかけた方がよかったでしょうか……このぐらいの汚れなら、か、軽く落とせるんですけど……」
これでも、お風呂場の隅から隅までピカピカにしたつもりだった。
それでもまだ足りないというのならデッキブラシを握って手動でお掃除するという手もあるけれど。
困惑してわたわたしている私を前に、ミカエラさんは呆気に取られた表情を笑顔に変えて、けらけらと笑った。
「あっははは! ううん、ただ驚いてただけ! うん、アンゼリカは本当にすごいなぁ。ここから今度はお湯を沸かすんでしょ? 今着替えてくるから、ちょっとわたしにも見せてよ!」
「あっはい、つまらないものでよければ……」
歳の近い女の子同士、しかも二人きりということで私の格好はそのままお風呂に入ることも考えて、全裸だった。
タオル巻いた方が良かったのかな、とは思ったけど時既に遅し。
よくよく考えたら私は、あられもない姿をミカエラさんに晒してしまったということだ。
なんだか、途端に恥ずかしくなってくる。
う、うぅ。
こんな胸ばかり大きくてだらしない身体を見せつけてしまってごめんなさい、ミカエラさん。
「お待たせ、アンゼリカ! ここから先は裸の付き合いといこうじゃないの!」
「み、みみみみミカエラさん、せ、せめてタオルを……!」
頭の中で懺悔していると、今度はミカエラさんが一糸纏わぬ姿でお風呂場に戻ってきた。
均整の取れたスタイルは、前世で習った美術の時間に見た女神像みたいで、思わず見惚れてしまう。
すごいなあ。私も胸は大きいけど、太ももがちょっとコンプレックスだから、モデルさんみたいな細い脚のミカエラさんが羨ましい。
「えー? どうせ女の子同士だし、なにより湯船にタオルなんて普通漬けないでしょ。っていうかアンゼリカ……」
「な、なんでしょうか……?」
「……いやでっっっっか……わたし、これでも結構おっぱいには自信あったんだけどなー」
「えっあっ、み、ミカエラさんは大きいと思いますよ」
「アンゼリカはわたしよりおっきいじゃん! はー、全くもう、自覚がないっていうのは罪だよ罪」
なぜか、ミカエラさんから嫉妬の目を向けられてしまった。
確かに私の胸が人並み外れて大きいのはなんとなく自覚していたけど、少なくともそれでいいことなんてなかった。
なにより、重くて、揺れて動きづらいから普段ローブを着るときは潰してガチガチに固定している。
「……す、すみませんでした……」
「謝るようなことじゃないってば、わたしが勝手に羨んでるだけなんだから! それよりお湯沸かそうよ、アンゼリカ! 新品のお湯に入るなんて何日振りかわからないもん!」
ミカエラさんはきらきらと目を輝かせて、私にお湯を沸かすように催促してくる。
水がそこにあるのなら、沸かすだけで済むけど、今回は水がないから作り出すところからだ。
お風呂の栓を閉めて、私は杖の代わりに手のひらへと魔力を込めた。
「……『湧水』」
湯船を満たすようなイメージを頭の中で描いて、水を作り出す。
マナの力によって作り出された水球が解けて、ちょうどよく湯船を満たしていく。
そして、水風呂が出来上がったところで私は、次の魔法を準備した。
「『沸水』」
これも本来は「沸血」の応用で、水を沸騰させるための魔法だ。
だけど、魔力コントロール次第ではこうしてお湯をちょうどいい温度に──具体的には四十一度ぐらいにすることもできる。
ほかほかと湯気を立て始めた湯船を見て、ミカエラさんは驚いたように目を見開く。
「わ、すっご……これって沸騰してないんだよね?」
「は、はい。魔力コントロールは……ば、万全だと、思います」
「アンゼリカを疑ってるわけじゃないけど、ちょっと失礼するね、えいっ……! おお、本当だ! あったかい!」
恐る恐ると伸ばされたミカエラさんの足が湯船に触れると、今度は合点が行ったように大きく頷く。
良くも悪くも表情がくるくる変わるんだなあ、ミカエラさんは。
まるで、万華鏡みたいだ。
「それじゃ、体洗ってから入っちゃおっか」
「……そ、そうですね」
「『泡水』!」
石鹸水を作り出す水魔法ぐらいなら、手習いでミカエラさんも覚えていたようだ。
詠唱と同時にボディタオルを泡立たせると、上機嫌そうに体を洗っていく。
私もそれに続いて、念入りに体と髪の毛を洗う。
そして、桶に溜めたお湯で泡を流すと、私たちは湯船に揃って肩まで浸かった。
……気持ちいい。
汚れを落とす生活魔法で最低限の衛生を保つことこそできても、やっぱりこうして新品の湯船に浸かるのは、格別な気分だ。
「はー、癒される……なにからなにまでありがとうね、アンゼリカ」
「……いっいえ、私はできることをただしただけで」
「……本当はセヌと戦うのも、怖かったでしょ?」
心の底を見透かしたように私の瞳を覗き込んで、ミカエラさんは問いかけてくる。
ルビーのように赤く輝くミカエラさんの瞳に映る私は、ひどく引き攣った笑顔を浮かべていた。
……正直に言うことが、言ってしまうことが、許されるのだろうか。
「……み、ミカエラさんにはなんでもお見通しですね……わ、私、昔、色々あって、その」
「深く聞くつもりはないよ。でもね、わたしはアンゼリカがこのギルドのために頑張ってくれたことがすっごく嬉しい」
「ミカエラさん……」
微笑みを浮かべて、ミカエラさんは言った。
ギルドのため。
……正確には、ミカエラさんのためなんだけど、面と向かって話すのは恥ずかしいから、そういうことにしておこう。
「まさか本当にセヌに勝っちゃって、うちの借金も綺麗さっぱりなくなって……アンゼリカは、この先どうするの?」
今度は、少し不安げな顔でミカエラさんが尋ねてきた。
この先。
ミカエラさんの借金を返したということは、すなわち「燃える彼岸花亭」と私の間に交わされた契約が終わったということでもある。
つまり、どうするとこうするも、私が決めなければいけないということだった。
「……わ、私は。ゆ、夢のために……お金を稼ごうかな、って」
「……そっか。どんな夢か、聞いてもいい?」
「……あ、アトリエを建てるんです。そして、お、お酒を作って……一人で暮らしていこうかなって……」
ぼんやりと頭の中に描いた未来地図はある。
でも、マイナスがゼロに戻っただけで、ミカエラさんと「燃える彼岸花亭」が救われたわけじゃない。
──それに。
「素敵な夢だね。じゃあ、無理に引き留めるのは筋違いかぁ……ごめんね、アンゼリカ。今まで本当に……本当に、ありがとう」
ミカエラさんが頭を下げる。
そこまでされるようなことをしたつもりはないけれど、やっぱり一晩で借金が消滅したというのは、ミカエラさんにとっても救いになっていたのだろうか。
だとしたら、余計に、私は。
「……そっその、み、ミカエラさん」
「どしたの、アンゼリカ?」
「……あっその、えっと。私、よければ、このギルドを拠点にして活動したい、です……」
「……いいの? うちから出せるものなんて、なにも」
「い、いいんです! 今までと同じで、その、衣食住を保証していただけるなら……お金を稼ぐ方法は、一緒に考えていきましょう!」
自分でも、なんでこんなに必死になっているのかわからなかった。
でも、はっきりとわかることが一つだけある。
私は、ミカエラさんとお別れしたくない。まだまだ、返しきれてない恩が、たくさんあるから。
「……ありがと。やっぱ、優しいなぁ。アンゼリカは」
「いっいえ、そんな」
「じゃあ、今までみたいにアンゼリカに支払う報酬からの天引きはなし。その代わり、暇なときにうちのちょっとした家事手伝いとかしてもらってもいい?」
「……は、はいっ!」
アンゼリカさんが突き出した拳に、おずおずと拳を当てて魔力を込めることで、私たちは契約を交わした。
私たちはまだ、マイナスがゼロに戻っただけ。
だけど、ここから、プラスに進んでいくんだ。
ゆっくりと、水の流れが、転がる石の角を削っていくように。