転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
まず、「燃える彼岸花亭」の経営再建策として私が考えた水魔法を利用した銭湯だったけど、早速壁に当たったところがあった。
水回りの循環に関しては都市機構が賄えているし、水資源に関しては私の魔力が資本だから実質無料、実現そのものに問題はない。
そう、実現そのものには。
「ねえアンゼリカー、どうやったらお客さんって呼び込めると思う?」
「……えっあっ、あっその、飛び込みドブ板営業……?」
問題は、どうやってお客さんを集めるかだった。
この「燃える彼岸花亭」は人通りが多くて活気のある中央通りからは外れた場所にある。
そうなると、看板を立てておくだけでは、集客が見込めないのだ。
集客。訪問営業。
前世で私が嫌いな言葉で五指に入るレベルのものだ。
あのドブ板営業を繰り返させられ、達成できるはずもないノルマに追いかけられ続けた日々を思い出すだけで、アレルギーが出そうになる。
「ドブ板?」
「あっその、な、なんでもないです……」
「それならいいけど……アンゼリカって時々変なこと言うよね」
「う゛っ」
「うーん、錬金術師の人に頼んでチラシを刷ってもらうのにもお金かかるからなぁ」
繰り出された正論パンチの前に沈んだ私は、机に突っ伏すことしかできなかった。
そして、ミカエラさんが溜息をついたように、この世界では錬金術による印刷技術が広く普及している。
信用手形や依頼証の発行が比較的簡単にできるのは、そのおかげだ。
ただ、王家や貴族からの補助金が出る書類はともかく、自営業のための書類を刷ってもらうとなると、当然お金がかかる。
「アンゼリカの話を聞いたときは名案だ! ってわたしも思ったんだけどなあ……そもそも、うちがお客さんの来ないギルドなのを忘れてたの、完全に盲点だった。ごめん」
「み、ミカエラさんが謝ることでは……その……中央通りで私、よ、呼び込みとか……」
「あはは。気持ちはありがたいんだけど、アンゼリカ、そういうの苦手でしょ?」
気遣いが逆に心へ刺さる。
そうです私がどうしようもないコミュ症です。
前世でも呼び込みなんて全然できなくて上司から日々ネチネチ詰められたり怒鳴られたりしてました。
「うっ……は、はい……」
「リィルはここ二日ぐらい音沙汰なしだし、なにやってるんだろ」
お客さんが中々やってこない理由の一つには、ガヴリィルさんとここ最近連絡がついていないというものがあった。
主にマーケティング方面の商売に関して、餅は餅屋ということでガヴリィルさんに丸投げしていた弊害ともいう。
比較的文明レベルが高いこの世界でも、流石にスマホのように便利で早い連絡手段はほとんどないに等しいから、様子を伺うのにも時間がかかるのは仕方ないんだけど。
「なに辛気臭い顔してんのよ」
「リィル! うちの営業担当がどこ行ってたのさー!」
そんなことを考えていたら、ドアを開けてひょっこりとガヴリィルさんが姿を現した。
今日は無骨なプレートメイルや飾り気のない服じゃなく、いかにも貴族が身に纏うような、華美な装飾が施されたものを着ている。
どこに行ってたんだろう。やっぱりガヴリィルさんぐらいの美少女となると、社交界からも引っ張りだこなんだろうか。
「あんたねえ、あんぐりと口を開けてたらお客がやってくるようなら商売は苦労しないのよ! まず作るべきは太い繋がり! だからこの足で社交界やら商業ギルドを回ってたの!」
「す、すごい……」
営業マンの鑑みたいなことを言っている。
私が同じことを真似しろと言われたら気絶しそうなことでも、簡単にやってしまう鋼の心臓を、ガヴリィルさんも持っているのだろう。
それぐらいしないと、商売は務まらないともいえるけれど。
「そういうわけで今日は感想を伺うために最初のお客様たちにお越しいただいたわ」
「さっすがー! リィル、愛してる!」
「はいはい、調子いいんだから」
ミカエラさんは多分冗談で言ったんだろうけど、なんだろう。
ちょっと心にささくれが立ったような感覚があった。
……どうせ、私は社会ヒエラルキーが底辺のコミュ症だから仕方ないけど。
「アンゼリカも、むくれてないで薬湯の準備をしなさい! 人によってできることは違うんだから!」
「はっ、はい!」
ガヴリィルさんは、私の心を読んだように叱咤を飛ばして、お風呂の準備をするように催促してきた。
なんだろう、そんな風に認めてもらえると、途端に手のひらを返して嬉しくなってしまうのも、私の悪い癖だった。
コミュ症は、人を信じられないのに、人からの褒め言葉に弱いのだ。
「本日はようこそお越しいただきました、事前のご説明にもございましたように──」
貴族や凄腕の冒険者と思しき一団に向けて、笑顔でガヴリィルさんは「燃える彼岸花亭」が立ち上げた新事業の説明をする。
バリキャリ、という言葉が頭をよぎった。
いや、ガヴリィルさんは商売で身を立てて貴族になった人だから当然なんだけど。
油を売っていないで、早く薬湯の準備をしよう。
そのために、汚れたり濡れたりしてもいいような服を着ているんだから。
よし、と小さく気合を入れて、私はお風呂場に向けて駆け出した。
薬湯、というのは前世でいうとゲルマニウムやらラドンが云々みたいな話になってくるけど、この世界では定義が違う。
簡単にいえば、ポーションを沸かしたものだ。
定番の体力と魔力を回復させる効果がある薬を、樽何個分かはわからないけど、贅沢に使って沸かすものだから、貴族の中でも相当な上流階級じゃないとお目にかかれない代物だった。
だけど、私はそれを自力で作ることができる。
水魔法は錬金術に近しい、というのが学術的な共通認識とされている。
もちろん、錬金術自体がまだまだ未知の分野で魔術と技術の境目にあるものだから、というのもあるけど、私は概ねその学説に同意していた。
「『薬泉』」
黒く塗られた樫の杖を浴槽に向けてかざせば、見る見るうちに湯船はポーションの少しケミカルな色合いに満たされていく。
「まあ……このお方がマイカ男爵のご子息と決闘されて勝利を収めたという?」
「はい。あの子がアンゼリカ・アクアマリンです。ちょっと変わったところはありますけれど、『燃える彼岸花亭』の看板冒険者で凄腕の水魔術師です」
「あらあら、とっても素敵ですわね。薬湯なんて、わたくしのように中流どころの貴族では夢物語でしたもの」
「ご謙遜を。ですが、我々クレバース商会は、彼女の力でこうして広く普及させることを可能としたのです」
後ろからは、連れてきてくれた貴族階級の人と、ガヴリィルさんの営業トークが聞こえてくる。
そ、そんなに褒められると嬉しくて、恥ずかしくて、手元が狂ってしまいそうだった。
でも、魔力コントロールを間違えちゃいけない。大事なのは、ここでお客さんに気に入ってもらうことなんだから。
「『沸水』」
魔法を唱えてあげれば、適温にあたためたポーション温泉が完成する。
「まあ……!」
「これはジリオンの街での大きな商機かもしれませんわね……!」
「最終的には庶民や冒険者にも解放なさるおつもりなのでしょう? 少しもったいないですわね」
「その点に関しては心配ございません、事業の拡大が進めば皆様のような方々にも向けた施策を検討しておりますので、是非ご投資を検討してくだされば幸いです」
ガヴリィルさんが連れてきてくれた貴族の人たちにも、私が作った薬湯は概ね好評だった。
庶民向けの公衆浴場、というビジネスモデルは私が考えたものだったけど、ガヴリィルさんはさらにその先を見据えているらしい。
商魂たくましい、というのはこういうことをいうんだろうなあ。
ガヴリィルさんの敏腕営業に感心しながら、私は貴族の人たちに一礼してお風呂場を後にするのだった。