転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「しかし、女性限定の公衆浴場を開くとは、ギルドマスターも考えたものだな」
「いやあ、それほどでも……って、考えたのはわたしじゃなくてアンゼリカなんだけどね!」
「アンゼリカ……水魔法で湯を入れ替えたり沸かしたりしている子か。あれほどの水魔法の使い手は王都でも見たことはないな」
お風呂から上がったばかりなのか、バスローブに身を包んだ赤毛の女性が、ミカエラさんと談笑していた。
わざわざ王都からジリオンの街まで足を運んでくれたらしい。
この街が、街道の交差点に建っているからとはいえ、王都からここまで来るのは、結構な時間がかかるのに、嬉しい限りだった。
「本当にね! わたしもアンゼリカがこんなにすごい魔術師だなんて最初は思ってなかったんだよ! でも今では全然頭が上がらないんだよね、あはは」
「当のアンゼリカ嬢はあまり人と語りたがらないのが、いささか残念だがな……しかし、あれほど水魔法を極めているなら、今からでも王都学術院……とは言わずとも、『最前線』でも戦っていけそうなものだが」
赤毛の女性が口に出した、「最前線」という言葉に、冒険者たちはぴくりと身を強張らせた。
「冗談じゃないってばー、もう。『最前線』に立てる冒険者なんていったらヒースティアナさんぐらいの、ほんの一握りだけだってばー」
「私としては、冗談で言っているつもりはないのだがな。事実、こうして私やラフィーネのように『最前線』から湯治のために引き返してくる客もいるのだろう? あそこは地獄だ。借りられるのなら猫の手だって借りたいほどにはな」
赤毛の女性は、どうやらヒースティアナさんというらしい。
彼女が語った通り、この世界において「最前線」という言葉は地獄の代名詞として広く知られている。
それはすなわち、この世界が、平和と安寧とは程遠いところにあるということを意味していた。
「『
「本当、そうなんだよね。わたしみたいなのが零細ギルドを営んでいられるのも、全部が全部英雄のおかげなんだから」
ミカエラさんは、ヒースティアナさんの言葉に大きく溜息をついた。
それらは全ての冒険者の憧れにして、童話や冒険譚の中で語られてきた存在にして、この世界で人間が生きていられる希望と理由でもある。
「『
「まあ、それはそうなんだけどね。でも、明日そうなるとしても、今日ぐらいは笑っていたいじゃん? お気楽かもしれないけど、そういう思いでうちは営業させてもらってます、えへへ」
「ギルドマスターらしいな。私も少しばかり、景気のよくない話をしすぎたかもしれない。いいお湯だったよ、ありがとう」
短くお礼を告げると、ヒースティアナさんは、ミカエラさんに小さく頭を下げて自室へと引き返していった。
……あんまり景気が良くない話なのは確かだったけど、他人事じゃないっていうのは、そうなんだよね。
最前線で頑張ってくれる人たちがいるから、私みたいなのがこの街で平穏に生きられているのは、紛れもない事実なんだから。
でも、ミカエラさんの考え方も素敵だ。
明日、もしもこの街が笑えないような事態に陥ったとしても、幸せな今日のうちは笑っていたい。
どっちの考え方が偉いってわけじゃない。明日を憂慮する力も人間には必要だし、今日を楽しめなくなったら、生きる楽しみも減ってしまう。
だから、その間でちょうどよく折り合いをつけて生きていくのが一番なのだろう。
普段は離れ離れな空と大地を縫い止めるのが雨糸であるように、私はそういう存在であれたらいいなあ、と、かねがね考えてはいるんだけど。
だけど、そもそも社会に交われていないコミュ症なのだから、まずはそこから始めなければ。
「『最前線』ねぇ、ダイナミックボアすら倒せないアタイらには遠すぎるよ」
「駆け出しの頃は『
「本当英雄様々って感じ! ギルマスの言う通り、アタシたちはアタシたちにやれることやって生きてこ!」
ヒースティアナさんの話を聞いていた冒険者たちは、口々に肩を竦めて溜息をつく。
……やっぱり、社会って難しいなあ。
明日のことや一年先、それこそ千年先のことを考える人も必要だけど、今日のことで手いっぱいな人だって必要だ。
「アンゼリカー、三番卓から麦酒の注文あったからお願いね!」
「……あっ、はっ、はい!」
かくいう私も色々考えているようで、今日という日に振り回されている側なのだから。
ミカエラさんからの注文を受けて、慌てて席を立ったら、転びそうになってしまった。
う、うう。恥ずかしい。
でも、銭湯が好調に進んでくれたおかげでこうしてお酒を仕入れたり、泊まっていってくれたりするお客さんも増えたんだから、頑張らないと。
あくまでも「燃える彼岸花亭」は冒険者ギルドであって、温泉施設ではないのだから。
ここで冒険者のお客さんにいっぱい気に入ってもらって、依頼を受けてくれたり滞在してくれたり、所属してくれたりする人を増やすためにも、私は今日の労働を頑張るのだ。
「ど、どうぞ……ご、ご注文の麦酒です……へへ……」
……笑顔は、思いっきり引き攣ってるけど。
「そう緊張する必要はないさ、アンゼリカ。注文したのはぼくなんだから」
「あっ、ら、ラフィーネさん」
「ヒースティアナは、あれで結構面倒見がいい子でね。堅苦しいところが玉に瑕だが、許してやってくれたまえよ」
「……は、はい。あ、ありがとうございます」
「ふふっ、素直なきみも可愛いね。つい意地悪してしまいたくなるじゃないか」
ラフィーネさんはぺこりと下げた私の頭をそっと撫でると、妙に色っぽい声で囁いた。
ひぃ。
この人のどこに私が気に入られたのかはよくわからないけど、ラフィーネさんは妙に私を高く買ってくれているみたいだった。
「ちょっとそこのお客さんー! ボディタッチは禁止です、禁止ー!」
「むぅ、なんだい。減るものじゃないというのに」
「減るんだよ! 乙女からは目には見えないなにかが!」
「一応ぼくも乙女なんだけどねえ!?」
ミカエラさんが止めてくれなかったら、どうなっていたことやら。
私は心の中でミカエラさんに何度も頭を下げながら、少しずつ後ずさって、ラフィーネさんから遠ざかっていく。
でも、ミカエラさんが、私のために怒ってくれている、と考えると、どういうわけか、不思議と頬の辺りがゆるくなってきた。