転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「やー、お客さんが増えてきたし、黒字経営になったのは嬉しいけど、流石に建物がボロボロすぎて限界なのはどうにかしたいよね」
開業前の清掃をこなしながら、ミカエラさんがぽつりとこぼした。
ものすごい勢いで経営が黒字になって、貯蓄にも余裕ができてきたのは、一緒につけている帳簿を見ればわかる。
ただ、リフォームしても厳しいぐらいには古くてボロボロだから、このままだとお客さんの往来で床が抜けたりしかねないのも確かだった。
「……あっ、えっ、あの、えっと」
「んあ? アンゼリカじゃん、もう起きてたの?」
「……あっはい、その……」
「聞かれてたかー……まあいいんだけど。アンゼリカのおかげでここまで来られたんだから、また赤字に戻るのを覚悟でえいやっ、て建て替えるのもありかなーとかなしかなーとか……」
ミカエラさんは苦笑で誤魔化そうとして、頭を抱えた。
今のところ、ラフィーネさんやヒースティアナさんみたいな一流冒険者が泊まっていても苦情が来ないぐらいには部屋も綺麗だ。
でも、いかんせん建物の古さと外見の小汚さはどうしようもない。
それに、最近は人が多く来てくれてるから忘れられがちだけど、そもそも「燃える彼岸花亭」はアクセスが悪い。
できることならメインストリートにどーんとギルドを構えた方が、便利だし安全だ。
ジリオンの街は治安がいいとはいえ、「路地裏は避けて通れ」というのが女の子の鉄則だから。
「天からプラムの雨が降ってこないかなあ、アンゼリカってそういう魔法使えたりしない?」
「えっあっ、その、お、お金は液体ではないので……」
「そっかー、液体みたいに流れていくのにね……」
結構上手いことを言って、ミカエラさんは机に突っ伏した。
お金は天下の回りものだけど、一攫千金の儲け話は九割、いやほぼ十割怪しい話か危険な話しかない。
──とも限らないのだ、この剣と魔法が支配する世界においては。
九割ぐらい怪しいのは前提として、一攫千金を狙えるような依頼が、たまに暇を持て余したお金持ちの貴族から出されることがある。
大体、前提が難しすぎて受けられずに終わっていくことがほとんどだけど。
そんな不人気依頼の中に、私は昨日偶然光るものを見つけていたのだ。
「……み、みみみみ、ミカエラさん」
「なに、どしたのアンゼリカ。改まって」
「あっあの、私、今日は冒険者として活動していいでしょうか……?」
このギルドのメイン収入源が私の水魔法を利用した銭湯なのは理解している。
だけど、未来への投資を考えたら、少しの間だけお暇をもらうのも選択肢の一つだ。
なんとかお願いできないかと、私はミカエラさんへ、頻りに頭を下げ続けた。
「んー、いいもなにも決めるのはアンゼリカの自由だし……むしろ最近働き詰めで大変だっただろうから、いい休暇になるんじゃない? それで、今日はどの依頼を受けていくの?」
「はっはい、あ、ありがとうございます。その、この依頼を──」
私は恐る恐る、クエストボードの下の方に貼り出された依頼を指して、ミカエラさんにお願いした。
◇◆◇
「幻のオウゴンマダイを探せ! ねぇ……暇な金持ちもいるもんなのね」
「いいじゃないか、ガヴリィル。夢を追いかけて生きてこそ人間なのだから。そう、このぼくのように!」
「で、こんな依頼を受けた理由はミカエラのため、ねぇ……本当、アンゼリカのことがあたしはたまに心配になるわ」
「……えっあっ、ごめんなさい」
私が受けたのは、「観賞用に飼いたいから幻のオウゴンマダイを釣ってきてほしい」という、とある貴族が出した依頼だった。
幻の魚と呼ばれているだけあって、オウゴンマダイは釣れる場所が、ジリオンの街から遠く離れた洞窟の地底湖、それもごく稀にしか姿を現さないとされている。
報酬は破格の三百万プラム。これだけあれば、表通りに新しくギルドを建てることだってできるはずだった。
「別に皮肉言ってるわけじゃないわよ。アンゼリカもたまには自分のために生きてもいいんじゃない? ってこと」
「じ、自分のために……」
このオウゴンマダイを釣ったお金で、よく考えたら私は、夢だったアトリエを建てることもできる。
……まだ釣ってないから、そもそも皮算用なんだけど。
でも、自分のためにこの依頼を受けてアトリエを建てて、ミカエラさんが困っていることは知らんぷり……なんてことは、私にはできなさそうで。
「……で、でも、み、ミカエラさんのためって、決めて受けましたから、こ、今回は、ミカエラさんの、ために」
「そっか……あの子も本当、いい子を拾ったわよね」
「いいじゃあないか、ガヴリィル。献身的な女の子はぼくの好みと合致しているし」
「あんたは一回官憲に引き渡されてきなさい」
ガヴリィルさんとパーティを組んだのは、この洞窟が特別危険だから……というわけじゃなくて、一人で暗いところに行くのが怖かったから着いてきてもらっただけだ。
ラフィーネさんは、誘ってないのになぜか着いてきてくれた。
どうしてなのかは、聞かない方が精神衛生的にいいのかもしれない。
「……み、ミカエラさん、喜んでくれるかな」
「他ならぬあんたが考えてやったことなら、喜んでくれるわよ。で、オウゴンマダイを捕獲する当てはあるわけ?」
「そ、それなら大丈夫です。水の中にいる生き物なら、探知できますので……あとは、その、釣るだけかなって」
「そこまで水魔法を使いこなせているのも凄まじいねぇ。でも、どうやって釣るんだい?」
──あっ。
ラフィーネさんの指摘は、完全に頭から抜け落ちていた。
存在を探知できても、釣れなければ意味がない。
「え、ええええっと、気合いで……ごめんなさい……」
「……あたしたちが着いてきてよかったわね」
「それなら釣るよりも投網の方が効果的かな? そう落ち込むことじゃあないよ、アンゼリカ」
二人が優しい人で助かった。
もしもここにいたのが前世の上司なら、私の欠点を人格否定と絡めて一時間ぐらいはねちねち上げ連ねてきただろうから。
う、うう。思い出すだけで胃が痛くなる。
「そうね、あんたにしてはマシな意見ね。投網でなんとかしましょ」
「きみはぼくに対して辛辣すぎやしないかい、ガヴリィル」
「隙あれば女の子を口説いてる女にどう優しくしろってのよ」
「あっ、あわわわわ……な、仲良く……」
「愛しのアンゼリカもこう言っているじゃないか」
「しばき上げるわよ」
「ごめんなさい」
ガヴリィルさんに本気のジト目で睨まれて、ラフィーネさんはしょんぼりと肩を落とした。
……悪い人じゃ、ないんだよね。
多分だけど、うん、きっと。