転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
洞窟の地底湖に至るまでの道は、至って平穏そのものだった。
と、いうのも、ガヴリィルさんとラフィーネさんがあまりにも強すぎるオーラを放っているせいなのか、洞窟に住んでいる魔物が寄ってこないのだ。
特に、ラフィーネさんは魔剣持ちだ。
魔剣というのはそのまま魔力を宿した剣のことを指している。
つまりそれは剣が魔力を無意識に放出し続けている、ということだ。
より強い魔物は強者の匂いを嗅ぎつけて寄ってくるけれど、弱い魔物は強者の魔力に圧倒されて逃げていく。
……メリットなのか、そうでないのかよくわからないけど、ラフィーネさんは気にしてなさそうだからいいのかな。
「おや、愛しのアンゼリカ。ぼくになにか用かな?」
「あっいえ、なんでも……ないです……」
「そうかい、なにか困ったことがあったら気軽に言ってくれたまえよ、ぼくがきみの力になる」
ナチュラルに私の手を取って、ラフィーネさんはぱちり、と可愛らしくウィンクを飛ばした。
……ちょっと、視線を送ったことを後悔したかもしれない。
悪い人じゃないんだけど、悪い人じゃないんだけど。コミュ症にその距離感の近さは毒になるんですよぅ。
「目下一番困ったことはあんたの口説き文句でしょうが」
「ぐぇあ」
ガヴリィルさんにげんこつを落とされて、ラフィーネさんが可愛くない声を上げる。
気のせいでなければ、割と本気の拳だったような。
うぅ、ガヴリィルさんも優しいんだけど時々こんな風に怖い一面を見せてくるんだから、人付き合いって難しい。
「痛たた……しかしあれだね、道中で魔物に襲われることぐらいは覚悟していたけれど、見事に寄ってこないね」
「あんたの魔剣のお眼鏡に叶う魔物なんてこの辺にはいないわよ」
「そうかい? ふふふ、魔物といえど賢いようだね。なんせ、ぼくとこの『双星剣ガイエル』が勇者ラグニカの再来だと気付いているらしいからね!」
「あんたのはレプリカでしょうが……」
びしっ、と格好いいポーズを取ったラフィーネさんへ、呆れたようにガヴリィルさんがツッコミを入れる。
魔剣のレプリカというのはそんなに珍しいものでもないけれど、レプリカが魔力を宿しているのは珍しい話だった。
魔剣の知名度を騙りの材料に利用するために、レプリカを持っている冒険者は結構いるけど、その多くは魔力を宿さない贋作だからだ。
「失礼な、ぼくの双剣はオーダーメイド品だよ! 王都一の工房で打ってもらった一品ものさ、そこらの見てくれだけのレプリカと一緒にしないでくれたまえ!」
「あーはいはい、そうだったわね。ところでアンゼリカ、もうすぐ地底湖に着くけど、肝心のオウゴンマダイはいそうなの?」
ガヴリィルさんはあーあー聞こえないとばかりに両耳を塞ぎながら、呆れた顔で私に問いかけてきた。
うーん。
この距離でも探知はできるけれど、そもそもが希少な生き物だから、精度を落としたくはない。
「え、えっと……生態的には今の時期ぐらいしか地底湖に姿を現さないそうなので……」
「なるほどね。行ってみなきゃわかんないか」
「……待ちたまえよ、きみたち」
ラフィーネさんが私たちを制止したのは、地底湖へと足を運ぼうとした、まさにそのときだった。
「なによ? また長い演説ぶちまけるなら今度は斧のグリップガードで行くわよ?」
「ぼくをなんだと思ってるんだい、ガヴリィルは!?」
「聞きたいの?」
「……聞かなかったことにしておくよ。でも、先に行くのは待ちたまえ。愛しのアンゼリカも気づいているのだろう?」
言われて、初めて気づく。
地底湖の方から、なにか濁った魔力が流れてくるのを。
それに反応しているのか、ラフィーネさんの魔剣も共鳴するように魔力が活性化していた。
「……こ、この気配。まさか」
「ふふ、十中八九そうだろうね」
「……あたしにもわかるように話してくれると助かるんだけど?」
ガヴリィルさんは魔力量が私たちより少ないからか、まだ気づいていないみたいだった。
それでも、多分すぐに気づく。
だって、この気配は。
「『
「……ど、どこかで、竜化した魔物が地底湖まで戻ってきたかの、どっちかだと、思います」
「嘘でしょ……? この洞窟にマナの澱みは感じられなかった。でも、確かにこの気配……」
ガヴリィルさんは信じられない、といった風に目を丸くしていた。
だけど、すぐに考えを修正して、「
手慣れている。ガヴリィルさんもまた、結構な場数を踏んできたのだろう。
「どっちが真実なのかはともかくとして、『
「……は、はい! この地底湖に竜化汚染が広がらないようにするためにも……! い、急ぎましょう!」
「了解よ! ラフィーネ、悪いけど強化魔法お願い!」
「承知したよ、『追風』」
ラフィーネさんが魔法を唱えると、ガヴリィルさんの足元に気流のようなものが発生する。
追風の魔法。
常に追い風を受けているような状態ぐらいに、体を軽くする強化魔法の一つだ。
重い装備を持っている
追風の加護を受けたガヴリィルさんが、大楯を構えて先頭を走る。
私とラフィーネさんも続いて、地底湖へと駆け出していった。
『しゅるるるるぷ……』
「あいつが今回の『
私たちを敵だと判断したのか、竜化した、カニとエビが合体したような魔物は、ハサミをカチカチと鳴らして威嚇してくる。
「クラブロブスター……でも、この竜鱗の侵食具合を見るに、手遅れのようだね」
「魔物は竜化したらその時点で手遅れよ。くるわよアンゼリカ、ラフィーネ! あたしの後ろに下がってなさい!」
『しゅるるるるぷああああ!』
竜の鱗が生えたカニとエビの合体魔物こと、クラブロブスターは、奇怪な鳴き声と共に、口から圧縮した水流を放った。
「『防壁』!」
ガヴリィルさんは防御魔法を展開して、大楯でその一撃を受け止める。
竜化した魔物、それも結構この辺りにしてはハイレベルな個体を相手にしても、一歩たりとも揺るがない背中が、頼もしい。
私も反撃に出ようと思ったけど、クラブロブスターの甲殻は頑丈だ。
結構な魔力を込めなければ「水刃」で断ち切るのは難しいだろう。
なら、ダイナミックボアを倒したときのように「穿水」で撃ち抜けばいいのだろうか?
そんな風に、逡巡していると。
「きみも運がなかったね、ぼくが相手であったことを呪うがいい……!」
「……ら、ラフィーネさん!?」
「断ち切らせてもらう!」
跳躍したラフィーネさんは、私が魔法を唱えるよりも早く接敵した。
すると、独楽のように空中回転して、真正面からクラブロブスターを強靭な甲殻と竜鱗の上から両断していく。
前世で見たアニメに出てくる、どこかの兵長のような技だった。
「つ、強い……!」
「普段はあんなだけどね、やるときはやるのよ、ラフィーネは。まあ……」
「あっこれよく考えたらぼくが水落ちするやつ! 鎧着てるから泳げない誰か助けてぇ!」
「……こういう部分が玉に瑕だけど。アンゼリカ、救助できる?」
「……あっはい」
頭から、水に浸かっている尻尾までを一刀両断したせいで、見事に地底湖へとダイブすることになったラフィーネさんを、私はシャボン玉の中に閉じ込めて救助するのだった。
◇◆◇
「……へくちっ! う、うう……ぼくともあろう者がこれじゃあ、形無しだよ……」
「格好つけるからよ。で、どう? アンゼリカ?」
「……あっはい、竜化汚染は広がっていないようです……」
ラフィーネさんは、ガヴリィルさんが熾した焚き火の前で、インナー姿になって暖をとっていた。
私は水に溶け出したマナを調べていたけど、ガヴリィルさんに答えた通り、竜化汚染は広がっていなかった。
そう考えると、あのクラブロブスターは外から地底湖にやってきたのだろう。
「そう、それはなによりね……で、これだけ暴れ散らかしたあとだからアレだけど、オウゴンマダイはいそう?」
「い、今探ってみます……『水鏡』」
正直、魚がいるのかどうかも怪しかったけど、私は探知魔法で地底湖の様子を探ってみた。
鏡を覗くように水の中を見通してみると──いた。
岩場に隠れた、言葉通りに黄金の輝きを放つ魚が。
「い、いました……! 奥の方の岩場に……!」
「わかったわ、投網を展開するからあとは頼んだわよ!」
ガヴリィルさんは指示した地点に投網を投擲する。
捕まってくれたかはわからないけど、私は全力で網を引いた。
どうか、ミカエラさんのためにも捕まっていて──祈りを込めて、水から引き上げると。
「……わ、わぁ……!」
果たして、目標だったオウゴンマダイは網にかかってくれていた。
思わず感嘆してしまうほどに鮮やかな金色だ。
この魚に三百万プラムの価値があるかどうかはわからないけど、それだけ出しても惜しくないと思える人がいてもおかしくはないぐらいに、綺麗だった。
「やったわね、アンゼリカ! あとは……」
「あっはい、しゃ、シャボン玉を水槽の代わりにして持ち帰ります……」
「なら、帰りは少しでも急いだ方がいいわよね。ほら、ラフィーネもそこでぬくぬくしてないでさっさと着替える!」
「きみはぼくに辛辣すぎないかなあ!? へくちっ」
……ラフィーネさんに関しては、風邪を引かないように祈るばかりだ。
勝ち取ったといっていいのかわからないけど、手に入れた夢への切符。
ミカエラさんが、喜んでくれるといいな。
笑顔のミカエラさんを思うと、どうしてか、自然と頬が緩んでしまった。