転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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流れ流れて路地の裏

「それじゃあ俺らは良さげなギルドを探してくるよ。ここまで運んでくれてありがとうな、アンゼリカさん」

「……あっはい、その、お、お気をつけて……」

 

 冒険者の人たちは、ひらひらと手を振りながら去っていく。

 私はその背中にぺこぺこと何度も頭を下げながら、見えなくなるまで見送っていた。

 ……最後まで、パーティに誘われなかったなあ。

 

 いや、当然なんだけれど。

 こう、前世で例えるなら、自分のデスクにだけお土産のお菓子が置かれてなかったときを思い出してしまって、ちょっと泣きそうになった。

 男女混合のパーティはトラブルも起きやすいから仕方ないとか、色々言い訳はつく。

 

 でもやっぱり一番の理由は、私がコミュ症だからなんだろうなあ。

 くるくると、長く伸ばした空色の前髪を指先で弄んで溜息を一つ。

 道中でも露骨に気を遣われてたし、仕方ない。

 

 報告も連絡も相談もまともにできない魔術師なんて、パーティの足を引っ張るだけだ。

 それに、あの人たちも旅の寄り合い所帯だから、たまたま気を遣ってくれていただけだろう。

 ……我ながら情けない。

 

 元社会人の姿か、これが?

 そんなだから、万年営業成績が底辺だったんだ。

 飲み会で、お酒の力を借りてようやく他人とコミュニケーションが取れる社会不適合者──それが前世の私だった。

 

 今思えば、同僚たちには音の出る玩具としか思われてなかったんだろうなあ。

 でも、酒は飲んでも飲まれちゃいけないものだ。

 ましてや一気飲みなんて、期待されていても、それが唯一飲み会における自分の存在意義だとしても、絶対にするものじゃない。

 

「……って、気づけたのは死んだあとなんだけどね……」

 

 水たまりに映る自分の、深い海の色に似た瞳から、じわりと一雫の涙が滲む。

 急性アル中で搬送されてそのまま死亡して異世界転生。

 まるで、漫画かラノベみたいな経歴の私だけど、この世界はラノベでも漫画でもない。

 

 転生したら別人みたいになれるのかなって期待は、生まれて早々、貴族社会に適合できなかったことで、あっけなく打ち砕かれた。

 

 貴族社会はコネとカネの世界。

 社交界デビューの日に白目を剥いて泡を噴いた私を見て、お父様とお母様も気絶しそうになっていたっけ。

 そんなこんなで残念ながら当然、コミュ症が生きる場所なんて、あるはずもなかった。

 

「……転生したって、異世界に来たって、私は私なんだなあ」

 

 ただの平凡な「私」から天才少女「アンゼリカ」に肉体は生まれ変われても、魂は同じなんだから当たり前か。

 水は低きに、人は易きに流れるものだから。

 しかし、とにもかくにもコミュ症が憎い。

 

「頑張って治さなきゃ……」

 

 水たまりを鏡の代わりにして、少し乱れた身なりを整える。

 空色の髪は、切るのが面倒だからと腰まで伸びている。

 深い海色の瞳はぱちくりとしているけれど、どこか覇気がない。

 

 ……う、うう。

 客観的に見て、「アンゼリカ」は結構な美少女のはずなんだけど、見事に「私」が全てを台無しにしている。

 服の店に行ったとき、店員さんに話しかけられるのが嫌で適当に買ったローブは微妙にサイズが合ってなくて、ミニスカ状態で胸はきついし。

 

 他人から話しかけられたいなら、本当はこういう小さなところから、直していかないといけないんだけど。

 ……くう、と腹の虫が鳴いた。

 たまらず確認した、路銀を入れておく皮袋には、十プラム硬貨と一プラム硬貨が合わせて二、三枚だけ。

 

「うぅ……髪を切ってちゃんとした服を買うなんて、夢のまた夢だなぁ……」

 

 それどころか、早急にギルドを見つけて仕事を受けないと、今日のお昼ご飯すら買えない。

 髪と服は後でどうにでもなるけど、今日のご飯は死活問題だ。

 まずは、たどり着いたこの街──ジリオンの街まで冒険者の人たちを送り届ける依頼の報酬を受け取らなきゃ。

 

 ……知らない街の、知らない人に、話しかけて。

 そう考えると、今度はきりきりと胃が痛み始めた。

 う、うう。

 

 こうやっていっつも「お代は結構です」みたいなことしてるから、いつまで経ってもお金も貯まらないしコミュ症だって治らないんだよ、私。

 

 ……自分で思ってて悲しくなってきた。

 それはさておくとして、ジリオンの街は、そこそこ活気のあるところだ。

 街道の交差点に造られているおかげで、辺境の割に物資も豊富で人々の生活水準は遠く離れた城下町とそう大差ない。

 

「そこのお兄さん! 冒険者ギルドにお困りなら『踊る人魚亭』までどうだい!」

「さあ安いよ安いよ! 南方由来のマーガンフルーツが今なら一個たったの百プラムだ!」

「武器に困ったら『アイゼン工房』! 仕立てから手入れまで世話するよ!」

 

 最も人の気配が多い中央通りからは、そんな呼び込みの声が聞こえてくる。

 踊る人魚亭、かぁ。

 特に行きたい冒険者ギルドもないし、そこで妥協しようかなあ、なんて思っていたけど。

 

「……」

 

 私の足は自然と中央通りから遠のいていた。

 ……やっぱり、人混みとか、無理。

 程よく活気がなくて、程よくお金払いがよくて、程よく治安がいいようなギルド、ないかなあ。

 

 そんな甘えたことを考えて、俯きながら歩いていたら、わたしはいつの間にか路地裏に入り込んでいた。

 基本的に治安のいいと聞いている街でも、路地裏のような場所は話が別だ。

 人気のないところに連れ込まれて、なにをされるかわかったものじゃない。

 

 だから、すぐに出ようと踵を返したときだった。

 がしっ、と左腕が掴まれる感覚があった。

 ──終わった。

 

 拝啓、私を実家から追放したお父様とお母様とお姉様方。

 アンゼリカはここで売り飛ばされてお風呂に沈みます。

 親不孝をお許しください──と、懺悔を脳内で唱えていたときだった。

 

「ねえ、あなた冒険者だよね!?」

「……あっはい、あっその、あっ」

「よかったー、見た感じギルド選びに迷ってそうだったから!」

 

 ぎぎぎ、と、油の切れたブリキ人形のような仕草で後ろを振り返る。

 すると、そこにいたのは暴漢や人売りの類じゃなかった。

 プラチナブロンドをボブカットにまとめて、折り返すように右側をリボンで結んだ、受付嬢風の衣装に身を包んだ、同い年──十五歳ぐらいの女の子だった。

 

「よければ、うちの店に所属してみない? ううん、ぜひ所属してくれないかな!?」

 

 事情も説明しないで契約だけ結ばせるのは詐欺の常套手段だ。

 だから、この女の子が実はとっても悪い人だって可能性は否定できない。

 というか、その可能性の方が大きい。

 

 それでも。

 

「……あっ、は、はい……私なんかでよければ……」

 

 別に私個人が必要とされているわけではないとわかっていても、なんだかんだで他人から声をかけられると嬉しくなってしまうのが、コミュ症の悲しい性だった。

 

「本当!? わたしはミカエラ! ミカエラ・フィアンマ! あなたは?」

「……あっえっと、あっその、あ、アンゼリカ……アンゼリカ・アクアマリンです……」

「そっか! いい名前だね! これからよろしく、アンゼリカ!」

 

 屈託のない笑顔で、女の子──ミカエラさんは微笑んだ。

 そうして私の手を引いて、表通りへと連れ出していく。

 まるで、炎のように激しく眩しい、女の子だった。

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