転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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びっくりサプライズ

 オウゴンマダイを無事に捕獲した私たちがジリオンの街まで帰還すると、「燃える彼岸花亭」があるはずの場所は──ほとんど更地になっていた。

 

「え……? あ、ぇ……?」

 

 私は、膝から崩れ落ちた。

 ものの見事にボロボロだけど愛しかったあの冒険者ギルドの面影はなく、残った床設備の解体工事に従事している職人さんがいるだけだ。

 これは一体、どういうことなんだろう。

 

 まさか、ミカエラさんにはまだまだ隠していただけで、いっぱい借金があって、それを苦に、まさか。

 

「み、ミカエラさん……ミカエラさんのお墓はどこにあるんでしょうか……? お、お供えしなきゃ……」

「落ち着きなさい、アンゼリカ! まだミカエラが死んだと決まったわけじゃないわ!」

「それにしたって急な話だねぇ。ぼくたちが二週間も街を離れていたとはいえ」

「……き、きっと、隠してた借金苦で、首を吊って……ぐすっ……」

 

 ミカエラさんが喜ぶだろうなぁ、と思ってせっかくオウゴンマダイを捕まえてきたのに、これじゃ三百万プラムも意味がない。

 ミカエラさん、いい人だったのに。

 いい人だったから莫大な借金を背負う羽目になったんだろうけれど、それにしたってこんな結末はあんまりだ。

 

「落ち着きなさいってば、アンゼリカ!」

「が、ガヴリィルさん……」

「あのミカエラがあたしに隠し事ができると思ってる!? 腐ってもクレバース商会は借金の肩代わりをしてたのよ、まだ隠してる借金があったとかなら、とっくにあたしが締め上げて吐かせてるわ!」

「バイオレンスだねぇ」

「茶化すな!」

「ぐぇあ」

 

 ガヴリィルさんの鉄拳が炸裂して、ものの見事にラフィーネさんは可愛くない声を上げる。

 でも、言われてみれば確かにその通りだ。

 こと商売に関して、ガヴリィルさんは決して手を抜かないタイプだ。

 

 ミカエラさんとお友達同士だからといって、借金を隠すような真似を容認するはずがない。

 でも、だったらどうして「燃える彼岸花亭」は更地になってしまったのだろうか。

 まさか、官憲による強制執行かなにかで商売をする許可を取り消されてしまったとか。

 

 そんなはずはない。

 そんなはずはないと思いたい。

 だけど、一度頭の中に悪い考えが浮かぶと、それにばかり囚われてしまうのが、私の悪い癖だった。

 

「とにかく、ミカエラを探すわよ! 事と次第によってはうちの商会からも人員を出すわ!」

「そうだねぇ、ただ、最初はなるべく事を荒立てない方がいいんじゃないかい? とりあえず職人さんにでも聞いてみようじゃないか」

 

 絶望に膝をついている私の手を取って、ラフィーネさんは優しく微笑みかけてくる。

 こういうところは、とっても素敵だ。

 クラブロブスターを相手に空中回転斬りを仕掛けて、水没した人と同一人物だとは、とても思えない。

 

「あー……お嬢さんたちはここのギルドに所属してた冒険者かなにかで?」

 

 漫才のようにぎゃーぎゃーとあれこれ喚き立てていた私たちを見かねたのか、職人さんの方から声をかけてきた。

 

「……そ、そんなところです……」

「だとしたら移転の報せを読まないで旅立っちまったパターンかね? 『燃える彼岸花亭』なら今、大通りに拠点を移してるよ」

「大通りに? そんな話、ミカエラから一度も聞いたことないわよ?」

「そんなことを言われても、解体工事を任されたときにそういう話だってことでこっちはやってるんだ、嘘だと思うなら大通りに行くといい」

 

 困ったように頭を掻いて、職人さんは溜息混じりに言った。

 でも、よかった。

 ミカエラさんにどんな意図があったのかはわからないけれど、「燃える彼岸花亭」自体がなくなったわけではなさそうだから。

 

「そう……ありがとう。とりあえず表通りに行ってみるわ。ほら、アンゼリカもぼーっとしてないで、着いてきなさい」

「……あっ、はっ、はい」

「とりあえず生きていることは確定してよかったねぇ、問題は愛しのアンゼリカに黙ってなぜそんなことをしたかだけれど、それは本人に問い詰めれば済む話だ」

「……き、きっとなにか考えがあったんです……多分」

 

 これで私がいらなくなったからギルドから追放する、とかだったらあまりに悲しくなってしまうけど。

 でも、少なくとも、ミカエラさんが借金苦で首を吊ったわけじゃなさそうなのは本当によかった。

 ガヴリィルさんに手を引かれる形で、私は表通りへと駆け出していく。

 

 今日も人混みばかりで嫌になりそうだったけれど、そんなことを言っている場合じゃない。

 まずは一刻も早くミカエラさんに会って、事情を聞かなければ。

 その一心で、大通りを走っていくと、元々は別な冒険者ギルドだったのであろう建物に、「燃える彼岸花亭」の看板が掲げられているのが見えた。

 

「み、ミカエラさん……生きてますよね……?」

「あたしに黙って居抜きでギルドを買収するなんて……もう、百回ぐらいは説教しないと気が済まないわ」

「まあまあ、いいじゃないか。ここはぼくの顔に免じて穏便に済ませてくれたまえよ」

「顔だけはいいからムカつくのよねこいつ」

 

 ドヤ顔で宣言したラフィーネさんに対して、ガヴリィルさんは拳を震わせていた。

 顔がいい、という部分に関しては本当にそうだ。

 だから困るともいえるんだけど──と、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。

 

「み、ミカエラさん……! い、いますか……? 生きてますか……? 生きてますよね……?」

 

 新しく生まれ変わった「燃える彼岸花亭」の大扉を開け放って、私は声を振り絞って呼びかける。

 まだ時刻が早朝ということもあるのか、単純に開業前だからなのかはわからないけれど、広い店内は、伽藍堂だった。

 パッと見た感じだと、ミカエラさんの姿も見当たらない。

 

「み、ミカエラさん……!?」

 

 まさか、ギルドの名前だけを存続させて、本人はお風呂に沈んじゃったとか、そんなことはない、よね?

 

「んー? ってうわ、アンゼリカ! ガヴリィルとラフィーネさんも!」

 

 そんな心配はなかったようで、ミカエラさんはカウンターの奥の、地下室に繋がっていると思われる階段から姿を現した。

 

「人を化け物を見るような目で見て、ご大層な身分ねぇ? で、なんであたしたちに黙ってこんな立派な建物を買収したわけ? そのための資金はどこから出てきたわけ? ん?」

 

 ガヴリィルさんは笑顔を浮かべていたけれど、本気で怒っているらしく、こめかみには青筋が浮かんでいた。

 流石に私もその剣幕には圧倒されて、脚が震えた。

 ラフィーネさんも余裕ぶってるけど、微妙に膝が笑っている。

 

「ちょ、ちょっと待って! これには深い訳があるの! 順序立てて説明させて!」

「あたしに黙ってたことはまあ百万歩ぐらい譲って許してあげるわよ、でも、あんたを慕ってるアンゼリカに黙ってたのは不義理もいいところじゃない?」

「う、うぅ……そ、そうなんだけど……その……」

「その、なに?」

 

 ガヴリィルさんに物凄い勢いで詰められて、ミカエラさんはしおしおと背筋を丸めてしまう。

 ……前世で、普段は優しかった上司に怒られたときを思い出すなあ。

 こういう人ほど、本気で怒らせちゃいけないのだ。

 

「……え、えっと、アンゼリカが帰ってきたら、びっくりするかなーって、元々あっちの建物はボロボロだったし、普段お世話になりっぱなしだから、ちょっとしたサプライズになるかなーって、そう思って」

「……み、ミカエラさん……!」

 

 まさか、私のためにここまでしてくれたなんて。

 嬉しい。

 ありがとうございます、以外の言葉が見つからないほどに、嬉しかった。

 

「……はぁ、本人が喜んでるみたいだからいいけど。で、どこの商会経由していくらでこの建物買ったわけ?」

「えっとね、今勢いがあるらしいアーキベイ商会ってところから、二百万プラムのローン付きで……」

「今すぐその契約破棄してうちの商会に乗り換えなさい、違約金はあたしが払うから」

「う、うぅ……ごめんねリィル、ポンコツなギルドマスターで……」

 

 ミカエラさんはしょんぼりと肩を落としたけれど、私としては正直ほっとしていた。

 二百万プラムだったら、私が捕まえたオウゴンマダイでお釣りが来る。

 ミカエラさんの役に立つチャンスだった。

 

「あっあの、私、オウゴンマダイを捕まえてきて」

「えっ? あの幻の魚を? まさかー、息抜きにピクニックしてたんじゃなくて?」

「こ、これが証拠です……」

 

 シャボン玉の水槽を泳ぎ回っているオウゴンマダイをすっ、と差し出すと、ミカエラさんは驚愕に目を見開いた。

 

「わ、本当だ……! えっ、アンゼリカ、三百万プラムだよ!? 夢のアトリエ建てられるよ!? おめでとう!」

「……あ、ありがとうございます、でも、その、えっと。こ、今回はこの三百万プラムをこの建物の購入費に充てたくて……」

 

 両手を掴んでぶんぶんと振り回しているミカエラさんに、私はおずおずと提案する。

 もちろん、嫌だと言われたら取り下げるつもりだけど、できることなら受け取ってほしい。

 さっき、ミカエラさんは私の世話になっていると言ってくれたけど、私だってミカエラさんのお世話になっているのだから。

 

「い、いいの……? 三百万プラムだよ……?」

「……は、はい。み、ミカエラさんに受け取ってほしくて」

「……ありがと、アンゼリカ!」

 

 ミカエラさんはぎゅっ、と私を抱きしめて、眦に涙を浮かべた。

 それだけで、頑張った甲斐があった。

 報われる、というのはきっとこういうことをいうのだろう。

 

 早速オウゴンマダイを求めている貴族に書簡を記し始めたミカエラさんと、アーキベイ商会との交渉に備えて小首を傾げているガヴリィルさんと、その隣で楚々と微笑んでいるラフィーネさんを瞳に映して、私は。

 

 私は、心の底からよかった、と笑うことができた。

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