転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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ジャグジー、大好評

「ギルドマスター! なんだあの風呂は!」

 

 新装開店した「燃える彼岸花亭」が打ち出した施策こと、ジャグジー。

 なにか物申したいことがあったのだろう。

 一番風呂をもらったヒースティアナさんはバスローブ姿でカウンターに立つミカエラさんへと詰め寄っていた。

 

 ……わ、私、またなにかやっちゃいましたか?

 いや、でも、なにかやらかした記憶は特にない。

 ジャグジーとして利用している間欠泉を起こす魔法は今も遠隔操作で起動していて、出力だってちゃんと低く抑えている。

 

「なにって……アンゼリカが考えた『ジャグジー』だよ? もしかして、気に入らなかったとか?」

「いや、その逆だ! 肩凝りに悩まされていたのだが、風呂から湧き出てくる水流に当たっているとそれが嘘のようにほぐれたんだ! 一体どんな魔法を使ったらあんな風呂が……いや、その発想が出てくるんだ!?」

 

 もしかしたらクレームを入れられるのかと思って身構えていたら、ヒースティアナさんはキラキラと目を輝かせてミカエラさんに早口で語った。

 間欠泉の魔法は出力を誤れば人を吹き飛ばしてしまいかねないものだ。

 だけど、要は水流が噴き出していると考えて魔力コントロールすれば、ジャグジーにも転用できる。

 

 発想の出所はこんなものだった。

 でも、これは元々前世で私が生きていた頃の記憶を元に魔法でそれっぽく再現しただけでもある。

 そういう意味で、本当にすごいのは、ジャグジーを考えた人だったり、日本のスーパー銭湯だったりするのだろう。

 

「あっはは、ありがとうございます! ねえアンゼリカー、なに食べたらジャグジーなんて発想思いついたの?」

 

 ギルドの隅っこにある席に腰掛けていた私へ、ミカエラさんが問いかけてくる。

 う、うぅ。

 昔から説明は苦手なんだけど、相手は常連さんだし、どうしたものか。

 

 前世がどうこうとか言い出したら、それこそドン引きされるだろうし。

 上手いことなにか考えなければ。

 なにか、なにか無理矢理にでもジャグジーと関連づけられそうなものは。

 

「あっ、あっあの、その、大したことじゃないんです……麦酒が泡立つのを見てたら、なんか、こう、その。あんな感じにできたらいいなって」

「ふむ……よもや麦酒から着想を得ているとはな。アンゼリカ嬢は、こと水魔法に関しては天才的だが、その想像力こそが要なのかもしれんな」

 

 私は魔法についてはほとんど門外漢だが、と付け加えて、ヒースティアナさんは私の近くにある席へと腰掛けた。

 実際、魔法を上手く使うコツについて「想像力」が鍵になるというのはあながち間違っていない。

 落第したから完全に理論を理解しているわけじゃないけど、王立魔法学校では「魔法とは究極的には現象のイデアを理解することだ」と教えられたのが記憶に残っている。

 

 哲学に関してはちんぷんかんぷんだけど、要するにある程度「これはこういうもの」とわかっていれば魔法は発動するし、現象や物質に対する理解度が深ければ深いほど「真なるアニマ」に近いものが生まれる……らしい。

 ……考えてみると、自分でもなにをいっているのかさっぱりだ。

 ファルシのルシがパージでコクーンみたいな話だけど、要は私はどうも水に対する理解がこの世界の人々より深い分、適性が高かったということだった。

 

「ふぅ、いいお風呂だったわ」

「そうだねぇ、ガヴリィルの蕩けた顔はとっても可愛らしかったよ」

「殴るわよ」

「殴ってから言わないでほしいなあ!」

 

 ヒースティアナさんに続いて、ガヴリィルさんとラフィーネさんも上がってきたようだ。

 あのガヴリィルさんがジャグジーに当たって蕩けた顔をしているというのも意外だった。

 普段から厳しい顔を……というか、ツンツンしているイメージだから。

 

 本人に言ったら怒られそうだから、黙っておくけど。

 

「痛たたた……全く、ガヴリィルは素直じゃないから困るね。しかし愛しのアンゼリカ、きみは本当に素晴らしい魔術師だ」

 

 げんこつを落とされた頭を摩りながら、ラフィーネさんがナチュラルに私の向かいに腰掛ける。

 あっあの、正面は、正面は距離が近いです。

 コミュ症は相手の顔を見て話すのが苦手な生き物で、その上、私レベルになると、相手とまっすぐ向き合うのも苦手なのだ。

 

「しかしまさか麦酒から発想を得ているとは驚いたよ、きみはお酒に関心があるのかい?」

「……あっ、は、はい。一応」

 

 目を合わせると、緊張してしまう。

 かといって、視線の置き場を探して俯いているとラフィーネさんの大きな胸に目がいってしまって、申し訳なくなる。

 別に私が女の子の胸について関心があるとかではなく、単純に顔から視線を下げると胸の辺りに行くというコミュ症特有の自然現象なのだ。

 

「一応ということはないと思うな。きみは造詣が深い。そうでもなければ麦酒の泡から『ジャグジー』なんて思いつかないよ」

 

 適当に誤魔化すための答えは、見抜かれていた。

 いや、そもそも麦酒からジャグジーを思いついたという建前自体が嘘ではあるのだけれど。

 それに、話すのを惜しむような話題でもない。なら、素直に話してしまった方がいいだろう。

 

「……え、えっと。わ、私の夢はアトリエを立てて、そこでお酒を造って暮らすことでして」

「ふむ、お酒造りとはいいじゃないか。ぼくは手続きとかに詳しくはないけれど、新しく商売を始めるならガヴリィルが力になってくれるはずさ。そうだろう?」

「当然みたいなこと言うんじゃないわよ、ったく……ま、まあ。アンゼリカがどうしてもって言うなら、力は貸してあげるわよ」

 

 頬を微かに赤く染めて、大きな胸を支えるように腕を組んだガヴリィルさんが言った。

 

「あっ、お、お願いします……なにとぞ、ぜひ」

 

 そうか。

 お酒造りをするということは商売を始める許可が必要なわけで、その辺に関しては私の頭からすっぽり抜け落ちていた。

 だから、私はノータイムでガヴリィルさんに頭を下げた。

 

「いいわよ。ジャグジーも気持ちよかったし、そのお礼で諸々の経費はタダにしてあげる。いつかアトリエを開いたら、教えてちょうだい。アンゼリカ」

「……あ、ありがとうございます、ガヴリィルさん」

「なんだなんだー? リィル、妙にアンゼリカを気に入っちゃってるじゃーん」

 

 ぺこり、とガヴリィルさんに頭を下げると、ミカエラさんが割って入ってきた。

 

「アンゼリカのことは友達だと思ってるけどそれ以上でも以下でもないわよ。ミカエラこそ、アンゼリカに普段から世話になってるんだから少しは感謝しなさい」

「う゛っ、いきなり正論パンチするのはやめてほしいなー……でも、私も感謝してるよ。いつもありがとね、アンゼリカ!」

 

 ……思わず、泣いてしまいそうになった。

 こんな風に当たり前にお礼を言われるなんて、前世じゃ全くなかったから。

 だから、甘えてしまいそうになる。ミカエラさんや、ガヴリィルさんや、ラフィーネさんたちの優しさに。

 

「……はいっ! わ、私も……ありがとうございますっ!」

 

 でも、ちょっとは。

 ちょっとだけは甘えていいのかな。

 と、自分の心を少しだけ誤魔化して、私は少し上擦った声で答えを返すのだった。

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