転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「そういえばアンゼリカ、お酒を作りたいってこの前言ってたけど、麦酒? 葡萄酒? 他にもあるけど、お酒を造るのって結構大変よ? 人手もかかるし」
お風呂の営業を終えた「燃える彼岸花亭」で、帳簿を確かめていたガヴリィルさんが問いかけてきた。
確かに、普通に考えるならそうだ。
私の場合は、水魔法でそのコストを丸々踏み倒すことができるけど。
ただ、前提として「飲める液体」を魔力で作り出せることを信じてもらわければいけないのだ。
そしてそれは、「
私はできる。実際にお酒でなくても水を作って、飲んでもらえば信じてもらえるだろう。
でも、「魔力で作った水は飲めないし、飲めたものではない」という固定観念が人々の間にある以上、そのイメージを払拭していくことも必要だ。
でなければ、「魔力で造ったお酒」なんてブランディングはそっぽを向かれるだけなのだから。
う、うぅ。苦手な営業活動だ。
「えっあっ、あの、わ、私は……そのぅ、一人で……」
「いきなりそれは無理があるわ、アンゼリカを傷つけたくて言ってるんじゃないの。コストとお金……つまり儲けの話よ」
「はっ、はい」
本職が商売人だからか、ガヴリィルさんはお金が絡むことに関しては目ざといし、厳しい。
普通に考えたら、職人として名が通っているわけでもない私が仮にアトリエを構えたとしても、信じてもらえなければ買ってもらえない。
そして、その道で生きていくと決めた以上は、黒字を出し続けなければいけないのだから、ガヴリィルさんの言うことはごもっともだった。
「例えば葡萄酒を作るなら、まず農園が必要よね。農園で働く人も必要で、そこからさらに収穫や農園の警備、お酒造りと作ったお酒の保管。そして荷下ろしと荷捌きと営業活動。葡萄酒一つとってもこれだけのコストがかかるし、人手が必要になってくるわ」
ガヴリィルさんは、ツインテールに括った桜色の髪をかき上げて小さく溜息をつく。
ある程度省略化できる部分は省略化したとしても、確かに荷下ろしやら荷捌きやらといった作業は私一人では大変だ。
そして、なによりも営業活動。
売り込みなんてものは世界で一番私に向いてないし、向いていたとしてもやりたくない。
「うちの商会経由である程度人手は負担できるけれど、お金を支払うのはアンゼリカよ。従業員の賃金と、アトリエの維持費と……かなりまとまった元手が必要になるけど、当てはある?」
ガヴリィルさんは、心配だから尋ねてくれているのだろう。
不器用だけど、とっても優しい人だって今はわかっているから、その気遣いはありがたい。
でも、私はその前提を踏み倒せる。マンパワーに関しては完全にワンオペで賄えるのだ。
それをまずは、ガヴリィルさんにも、私の周りの人たちにも信じてもらわなければいけない。
「……あっあの、そのっ!」
「焦らなくていいわよ。どうしたの、アンゼリカ?」
「あっはい、その、ひ、人手に関しては……なんとか、なります。と、というか、私一人でお酒を造れます」
私の言葉に、ガヴリィルさんだけでなく、営業日誌を書いていたミカエラさんや、麦酒を飲んで語り合っていたラフィーネさんとヒースティアナさんが目を見開いた。
「お酒造りを……一人で? 本当にできるの、アンゼリカ?」
無理して嘘をついていないかと心配するように、ミカエラさんが問いかけてくる。
「無茶は言わん。やめておくといい、アンゼリカ嬢」
「そうそう、一人でどうやってお酒を作るっていうんだい?」
強がりだと思われているのか、ヒースティアナさんだけでなくラフィーネさんも懐疑的だ。
今から私は、この不信を覆さなければいけない。
ある程度私のことを信用してくれている人たちを相手にするとはいえ、プレゼンは前世から大の苦手だ。
一言も喋れず、怒鳴られてようやくぼそぼそと喋った挙句に、内容なんか聞いてもらえなかった、私を罵倒するためだけの場だった前世のことを思い出してしまう。
もちろん、ミカエラさんたちがそんなことをしてくるだなんて思っていないけど、前世のトラウマは拭い難い。
──だけど。
だけど、ここで一歩を踏み出さなければ、私は一生先に進むことができない。
「あっあの、い、今から……じ、実演いたします!」
「実演? 設備も何もないところでか?」
「はっはい、ヒースティアナさん。い、今から私は……魔力で、お酒を作ります!」
「魔力って……魔力で飲めるものを作り出せる魔術師なんて聞いたこともないわよ? 確かに匂いとかだけならそれっぽいのを作れるだろうけど」
「だっ、大丈夫です、ガヴリィルさん! 私、水魔法は得意なので!」
魔力で作った液体は飲めない、という前提がある以上、そう簡単に信じてもらえないのはわかる。
だから、実演しなくちゃいけない。
私はちゃんと、飲めるお酒が作れることを。
「あっあの、み、ミカエラさん……恐れ入りますが、グラスを二つお借りできますでしょうか……」
「いいけど……本当に大丈夫? 無理して魔力で作ったものなんか飲んだら、魔素中毒起こしちゃうよ?」
ミカエラさんも、心配の目を向けてきた。
大丈夫。私は疑われてこそいるけど、信じてもらえていないわけじゃない。
自分に強く言い聞かせて、私は頷いた。
「えっと……はい。どうするのかわかんないけど……」
カウンターの下からグラスを二つ取り出したミカエラさんが、私たちが集まっている席に運んでくる。
息を大きく吸い込んで、深呼吸。
大丈夫、私はできる。私はやれる。それを皆は否定したりなんか、しない。
「『湧酒・葡萄』」
立てかけていた黒塗りの樫の杖を手に取り、グラスに向けて魔法を唱える。
すると、空のワイングラスは見る見るうちに葡萄酒で満たされていく。
アルコールの微かな匂いと、熟成された葡萄の芳醇な香りがふわりと漂い、酒飲みなラフィーネさんはごくり、と喉を鳴らした。
「これは……香りだけなら、今までぼくが飲んできたお酒でもかなり上等なものだね」
「あ、味も……きっと大丈夫です! 今から証明しますっ! えいっ!」
「アンゼリカ!?」
ミカエラさんが止めようとするのを振り切って、私は杯の中身を一気に飲み干した。
久しぶりに、喉が焼けるような感覚がする。
例えるなら、お腹の底で、熱したトウモロコシがポップコーンになっていくような。
「ダメよ! 吐き出しなさい、アンゼリカ!」
「ガヴリィル嬢の言う通りだ、魔素中毒は起こしすぎたら取り返しのつかないことになるぞ!」
へ、へへ。
ガヴリィルさんもヒースティアナさんも優しいなぁ。
でも、大丈夫。久しぶりに頭と舌が回ってくる感じがする。
お酒なんて自分で飲むものじゃないと思ってたけど、ほろ酔いするのはやっぱり気持ちいいなぁ。
「……ふぅ。とってもおいしかったです」
「アンゼリカ?」
「皆さんもどうですか? 私が魔素中毒でないことは体内のマナが乱れてないことでわかるはずですっ!」
「え、えっと……『魔素探知』! 本当だ……」
ミカエラさんが使った、体内のマナを探知する魔法の光がぼうっと私を照らし出した。
だけど、それは異常を示す「赤」ではなく、正常を示す「青」の燐光が瞬いている。
ふふっ。どうやらお酒作りは上手くいったみたい。
「でも危険よ! アンゼリカを疑うわけじゃないけど、魔力で作り出された液体を飲むなんて……!」
「……わかった、信じよう」
「ラフィーネ!?」
「ガヴリィル、信じることからじゃないと道は始まらない。これが本当に飲めるお酒なら、アンゼリカは『
ラフィーネさんが真っ先に手を挙げて、私のお酒の毒見役に名乗り出てくれた。
えへへ、嬉しいなぁ。
ラフィーネさんのことだから、ただ単にお酒が飲みたいだけかもしれないけど。
「それは……確かにそうね……」
「もしぼくが天国に旅立つことになったとしても、行く先は愛しのアンゼリカと一緒さ。ならば怖くないよ」
「あんたの場合は地獄行きでしょうけどね」
「きみはぼくをなんだと思ってるんだい、ガヴリィル。それじゃあ飲むよ」
くるくるとグラスを回して香りを楽しんだ後に、ラフィーネさんはこく、と小さく喉を鳴らした。
「ど、どうなの?」
「介錯の準備はできているぞ、ラフィーネ」
ミカエラさんとヒースティアナさんが緊張した面持ちで見守る中、ラフィーネさんは。
「えっ、めちゃくちゃ美味しい」
素で驚いて、目を丸くしていた。
「なんだいこれは、まさかこんな……王都の、それも上等な宿やギルドでなければこんな逸品にはありつけないよ。アンゼリカ、本当にこれをきみが?」
「はいっ! 私、水魔法は得意なんです! ひっく」
「そうかい、普通に酔ってるみたいだけど、そっちは大丈夫かい?」
「酔ってなんていませんよぅ、それよりミカエラさんもガヴリィルさんも、ヒースティアナさんも、どうですか?」
空になったワイングラスに再び魔法を唱えて葡萄酒を満たすと、ミカエラさんたちは顔を見合わせる。
「わかった! わたしもアンゼリカを信じるよ!」
「ミカエラ……」
「リィルも、ヒースティアナさんも、信じよう! わたしたちがアンゼリカに受けてきた恩を返すって意味でも、夢を後押ししてあげなくちゃ!」
ミカエラさんが、ぐっ、と拳を固めて呼びかける。
そして、カウンターに戻っていくと、足りない人数分のグラスを持ってきた。
私はそれに、軒並み葡萄酒を作り出して注ぐ。
「……そうね。あたしたちがアンゼリカを信じてあげなきゃ始まらないものね。いただきます」
「今日の恵みに感謝いたします、っと!」
「ふむ……肩こりの礼もある。私も付き合おう」
三人は口々に語ると、杯を煽った。
『お、美味しい……!』
そして、声を揃えて同じ感想を口に出す。
えへ、えへへ。えへへへへへ。
嬉しくて、意識が飛んでしまいそうだった──というか、嬉しくなってつい私も追いアルコールを決めてしまったせいで、そこから先のことは、覚えていなかった。