転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「帰ったわ、門を開けてちょうだい」
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
ガヴリィルさんが所有しているクレバース商会の屋敷は、ジリオンの街でも小高く、山に面した場所に建てられていた。
屋敷の中では、数々のメイドさんや執事に従業員と思わしき人たちが、慌ただしく動き回っている。
商売というのはそれだけ大変なのだろう。
セヌはガヴリィルさんのことを成金貴族と罵っていたけど、これだけの規模の商会に至るまで発展させ、維持していることがどれだけ大変か。
貧乏な人には貧乏なりの苦労があるけど、お金持ちにはお金持ちにしかわからない苦労がある。
前世で聞いた、たとえ話の通りだった。
それはそれとして、色々な人が行き交ったり、中には怒号を飛ばしている人がいたりするのは、前世の職場を思い出して萎縮してしまう。
「悪かったわね、アンゼリカ」
「……あっいえ、が、ガヴリィルさんが謝ることでは」
「うちの商会に限らず、ここ最近ジリオンの街周辺はかなりピリピリしてるのよ」
私が肩を竦めていたのを見ていたのか、ガヴリィルさんは諭すように言ってくれた。
事前に聞いた話では山賊が出る、ということだったけど、この街の冒険者ならそう苦戦はしないはずだ。
それとも、「最前線」から逃げ出してきた一団が落ちぶれたとか、だろうか。
それも含めて、確認しなければいけない。
ミカエラさんもなにかを知っているのか、心当たりがあるのか、怒号が飛んでいた営業部を一瞥して小さく溜息をついていた。
……き、聞いてみた方が、いいのかな。
「……み、ミカエラさんも、心当たりとか、あるんですか?」
「んー、まあね。最近食糧とかが値上がりしてるから……うちはリィルのおかげで比較的融通してもらってる方だけど」
「な、なるほど……」
食事に関してはいつも「燃える彼岸花亭」のお世話になっているから全然気づかなかった。
噂の山賊とやらはどうやらとてつもなく手強そうな気配がして、少し怖くなってくる。
それに、魔物と戦うのと人間と戦うのは、まるで勝手が違ってくる。
「心配することはないよ、愛しのアンゼリカ。きみにはこのぼくがついている。ぼくにかかれば山賊風情なんてあっという間になます斬りさ」
「……あっ、ありがとうございます、ラフィーネさん」
「でも、この街の冒険者すら苦戦するレベルというのはぼくも気になるね。その辺りの話はしっかり聞かせてもらうよ、ガヴリィル」
「心配しなくても全部するわよ……ロバート! 入るわ!」
こんこんこん、と会長室の扉をノックしたアンゼリカさんの呼びかけに応じて、がちゃり、と鍵が開く音が聞こえた。
ロバート、というのが誰かはわからない。
でも、想像はつく。多分だけど、冒険者として活動もしているガヴリィルさんの代理をやっている人なのだろう。
「おや、お早いお帰りでしたね、お嬢様」
「例の山賊退治の当てがついたのよ」
「それはなによりです。では、お客様方も緊張などせず、どうぞごゆるりと」
いかにも好々爺といった風情の、燕尾服を着たカイゼル髭のお爺さんが顔を出して、私たちを部屋の中へと手招いた。
会長室の中には、おそらく応接スペースとして豪奢な、革製のソファが二つほど置かれていた。
それに、この世界では珍しいガラステーブルまで置いてあって、やけに近代的だ。
恐らくは相当凄腕な錬金術師に発注したのだろう。
私にはそこまで希少品で飾り立てたがる気持ちはわからないけど、前世の上司曰く、偉い人は偉いなりに格好をつけていないと、取引相手に舐められるのだとか。
そして、舐めてかかられるということは、信用に直結することでもある、らしい。
とにもかくにも、商売の世界は金とコネとコミュ力と見栄で回っているものなのだ。
「それではヘレナ、お客様にお茶を」
「承知いたしました、会長代理」
ヘレナと呼ばれたメイドさんがお茶を淹れに行っている間、私はこの世界でも前世でもそうそう味わったことのない、革製のソファの心地よさに浸っていた。
あっ、これ、人をダメにするやつ。
偉い人は舐められるから偉い椅子を使いたがるんじゃなくて、単純にいい椅子に座りたいんだって思っちゃう。
「紹介するわ、ロバート。冒険者ギルド『燃える彼岸花亭』のギルドマスターをやってるミカエラ・フィアンマと、所属冒険者のアンゼリカ・アクアマリンとラフィーネ・ヴィンテッド。あたしの個人的な友人でもあるわ」
「ほっほ、お嬢様がご友人と口にされるほどのお付き合いをされている方々とはこのロバート、感服の至りでございます。さて……代表は、ミカエラ様、でよろしいのですかな」
ガヴリィルさんには柔らかな微笑みを浮かべて応対していたロバートさんの目が鋭く光り、ミカエラさんを見据えた。
「はい。わたしが『燃える彼岸花亭』のギルドマスター、ミカエラ・フィアンマです。この場にお呼びいただき、ありがとうございます」
炎や薔薇を思わせる、オフショルダーの赤いドレスに身を包んだミカエラさんは少し緊張した面持ちで、ロバートさんの言葉に答えた。
「立派になられましたな、ミカエラ様。幼少の頃よりお嬢様と親しい貴女がこうしてこの場に来ていただけたこともまた、嬉しゅうございます」
「いえ、『燃える彼岸花亭』が名の知られるギルドになったのは、アンゼリカのおかげですから……」
「ふむ。あちらの空色をした御髪の女性ですかな」
「はい。凄腕の水魔術師なんです!」
ミカエラさんは、大きな胸に手を当てて私のことをロバートさんに紹介した。
な、なんだか照れくさくなってしまう。
確かに私は水魔法を齧っているけど、そもそも「燃える彼岸花亭」はミカエラさんが三千万プラムもの借金を背負っているのに、諦めず経営を続けてきたからここまで大きくなったわけで。
「ふむ……『
「アンゼリカは水魔法で『飲める水』を作れるわ。まさか、このあたしの言葉を疑うつもり?」
「いえいえ。とんでもございません、お嬢様。アンゼリカ様にも、失礼いたしました。では、本題に入らせていただきます」
ロバートさんはソファから立ち上がると、ごほん、と咳払いを一つして、語り始めた。
「ここ最近、クチカの森を通る馬車が襲われる事件が多発しております。護衛についていた冒険者も行方不明になっており、かの『踊る人魚亭』も頭を抱えているのです」
「質問いいかな?」
「はい、ラフィーネ様。どのようなものでも」
「商隊と冒険者が行方不明になっているのはわかったけど、どうしてそれが山賊によるものだと断言できるんだい? 人喰いの魔物はそう珍しくない、この前もぼくたちは本来の生息域を外れた『
確かに、人間の資源を略奪し、人間を食料とする魔物はこの世界じゃそう珍しくない。
「……では、ここから先は、他言無用で願います」
ぱちん、と指を鳴らしてメイドたちにドアやカーテンを閉めさせてから、ロバートさんは語り出す。
「実は、先日、生き残りと思しき重傷の冒険者を我が商会が保護しましてな。治療の甲斐なく命を落としてしまわれましたが、彼が譫言のように語っていたのです。『あれは冒険者だった』と」
「……そっ、それって、冒険者が山賊に……?」
「ええ。私共はそう考えております、アンゼリカ様。しかし、街中のギルドの名簿を確認したところ、ここ最近で脱退や除籍になった者はおりませんでした。そこで我々は、この被害が『山賊』によるものと仮定して対処に当たっていたのです」
稼ぎの少ない冒険者が山賊に身をやつすのはそう珍しいことではない。
ギルドから正式に脱退したり加入したりする手続きを踏まずに夜逃げする冒険者だって珍しくない。
そういった不届者を取り締まるために、私たちの手の甲には魔力感知式の宝石が埋め込まれているのだけれど。
「と、まあそんな感じよ。でも、調査に送った冒険者も未帰還だから頭を抱えてたわけ。『行き』だけならともかく、『帰り』の馬車も狙われているなら、このままじゃジリオンの街は干上がっちゃうわ」
「そうだね、リィル……わかりました、ロバート会長代理。山賊退治の依頼はわたしたち、『燃える彼岸花亭』が受理させていただきます」
「受けていただけますか、ならば幸いです。では、ミカエラ様。こちらの書類にサインと魔力判を──」
ロバートさんとミカエラさんは合意を交わして契約を結んでいたけど、私はどうにも嫌な予感がした。
もしも本当にただの山賊の犯行だとしたら、本当に馬車を律儀に毎度襲う必要はどこにもない。
なぜなら、彼らはただ食い詰めているだけなのだから。
でも、この違和感を上手く言葉にできず、私はただ黙り込むことしかできなかった。