転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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山賊の正体

「それじゃあ三人とも、気をつけてね! 無事に帰ってきてね!」

 

 ロバートさんとミカエラさんの間で交わされた契約によって、「燃える彼岸花亭」に依頼された山賊討伐の準備は終わった。

 私たちは今から、クレバース商会が囮として用意した荷馬車の護衛をするために、ジリオンの街を出ようとしていた。

 ミカエラさんは、少し心配そうな顔で、私の左手を包み込んでいる。

 

 ……優しいなぁ。

 前世でもこんな風に優しくされたことなんて、数えるぐらいしかない。

 だから、絶対無事に帰ってこないと。

 

「はっはい、無事に帰ってきます……っ!」

「当たり前よ。アンゼリカもラフィーネも、あたしが守り抜いてみせるわ」

「頼もしいねぇ。ぼくもひと暴れするとしますか」

 

 ミカエラさんの言葉に各々答えを返して、私たちはジリオンの街の入り口まで歩いた。

 

「お嬢様、馬車の準備はできております」

「ありがとう。それじゃ行くけど、忘れ物とかはないわよね?」

「ぼくは特には」

「わ、私もです……」

「よろしい。それじゃあ荷台に乗ってもらうわ。接敵したらすぐに飛び出すこと。山賊の生死は問わないわ、好きにやりなさい」

 

 ガヴリィルさんの言葉には、微かな怒りが滲んでいた。

 本当であれば武器を破壊するぐらいに留めて、官憲に引き渡すのが筋なのだろう。

 ただ、今回の山賊は「やりすぎた」。

 

 有力な商会の逆鱗に触れた以上、生死問わずのお達しが出るのも無理はない。

 それでも「殺せ」と言わなかったのは、多分ガヴリィルさんの優しさと気遣いゆえだろう。

 魔物と戦うのと、人間と戦うのでは心構えがまるで違うのだから。

 

「それではクチカの森に向けて馬車を出します。お嬢様にご不便な思いをおかけするのは申し訳ございませんが……」

「いいのよ。あたしの商会はあたしが守る。お金じゃどうしようもないことのために、冒険者になったんだから」

 

 ガヴリィルさんは、強い人だなぁ。

 私もアトリエを建てることができたら、これぐらいの心構えを持っていなければいけないんだろうか。

 ……う、うぅ。商売の世界はどうにも馴染めなくて胃が痛くなってしまう。

 

 営業の才能が壊滅的だった私が、果たして一人で自立して暮らせるのか。

 そんな話はさておくとして、問題は山賊だ。

 この街でも結構な腕利きが集っている「踊る人魚亭」がお手上げの時点で、相当な手練れ、かつ数を揃えていることは伺える。

 

 ガヴリィルさんとラフィーネさんがいるから大丈夫だとは思うけど、人数のディスアドバンテージを覆すのは魔術師の仕事だ。

 

「緊張しているようだね、愛しのアンゼリカ」

「……はっはい、その、数で勝る相手を、な、なんとかするのは、魔術師の仕事なので」

「そうだね。教科書通りに言うのならば、そうなるけれど……気負う必要はどこにもないよ」

「ラフィーネさん……」

「なぜならぼくは、勇者ラグニカの再来なのだからね! 数的不利ぐらい、どうにでもしてみせるさ!」

 

 びしっ、とポーズを決めてラフィーネさんは力強く言い放った。

 い、いい話なのかな。

 でも、ラフィーネさんに勇者の再来を名乗るぐらい腕があるのは確かなことだし、信じて前衛を任せよう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「間もなくクチカの森に差し掛かります、お嬢様」

「……嫌な気配ね。わかったわ」

 

 馬車に揺られてクチカの森に到着した私たちの鼻をついたのは、まず、血液の嫌な臭いだった。

 整備された林道の入り口に立っただけでもわかるほどに濃厚な血液の臭い。それも、流されてそう日が経ってないものだ。

 それに、森に辿り着くまでに何度か遭遇したゴブリンやスライムといった、ランクの低い魔物の気配がほとんどない。

 

「不気味なほどに静かだね……」

「……な、なんだか嫌な予感がします」

「きみもかい? 愛しのアンゼリカ。ぼくもだよ。というか、ガヴリィルもだろうね」

「……はっはい、とってもき、危険ななにかが」

 

 馬が歩を進めるごとに、血の気配は一段と濃厚なものに変わっていって、森の半ばに差し掛かったことで、それは決定的なものとなった。

 

「お嬢様、あれを!」

「……クレバース商会の荷馬車ね。残骸だけど」

「無惨なことを……でも、冒険者の遺体がないね。馬もだ」

 

 ガヴリィルさんとラフィーネさんが小首を傾げて呟いた通り、クチカの森の中腹にはクレバース商会の馬車だった残骸と、血液の痕がべったりとついていた。

 でも、ラフィーネさんが言うように、血を流したはずの馬や、冒険者の遺骸は見当たらない。

 いよいよもって、嫌な想像が確実なものになるのを、私は背筋を伝う寒気から感じていた。

 

 ──それを、証明するように。

 

『グゲゲゲゲゲゲ!』

 

 魂の底から嫌悪を湧き立たせるような、醜悪極まる笑い声が聞こえてくる。

 これは、山賊なんかじゃない。

 紛れもなく、私たちの「敵」だと、不倶戴天の存在であると知らせるような声だった。

 

「お、お嬢様!」

「あんたは下がってなさい! ラフィーネ、補助魔法!」

「わかったよ、『追風』!」

「……わ、私も戦います!」

「わかったわ、アンゼリカは絶対あたしから離れないこと! いくわよ!」

 

 追風の加護を受けたガヴリィルさんが、先陣を切って馬車から飛び出した。

 私たちはいつでも庇ってもらえるよう、後に続いて臨戦態勢をとる。

 そして、馬車から飛び出して見えた、「山賊」の正体は。

 

「嘘……『蜥蜴人(リザードマン)』……!?」

「よもやよもやだよ……!」

 

 ガヴリィルさんが驚愕したように、彼らは「人」でありながら「人間」ではなかった。

 皮膚は鱗に覆われ、頭は蜥蜴のようなものに変質してしまっている、元は人間だったもの。

 蜥蜴人(リザードマン)とは、竜害現象(ドラグハザード)に飲み込まれ、変質した人間のことを指す、この世界で最も忌むべき言葉だった。

 

「……っ……!」

 

 謎は解けた。

 どうして馬車の残骸だけが放置されていて、馬も人間もその姿を見せることはなかったのか。

 その答えは、全て残らずあの蜥蜴人(リザードマン)の餌食になったか、あるいはその仲間になったかの二択だった。

 

 それを示すように、十体近くいる蜥蜴人(リザードマン)の中には、生前冒険者だったことを示す、手の甲に埋め込まれた魔宝石がドス黒く輝いている。

 ああなれば、魔力感知魔法を使うまでもなく、彼らの中に宿るマナが穢れきってしまったことが伺えた。

 もう、救う術はない。戦うしか、ないのだ。

 

『グゲゲ……女ダ……』

『久シブリニ楽シメソウジャネエカ……!』

『グゲゲゲゲ! グギャオオォオォォ!』

 

 グロテスクな現実を前に、思わず吐きそうになってしまったけれど、喉元まで迫り上げてきた吐瀉物を飲み込んで、私は黒く塗られた樫の杖を構える。

 

『グゲ……? グゲゲゲゲ!!!!』

 

 完全に竜害現象(ドラグハザード)に飲み込まれてしまった個体が上げた唸り声が、耳をつんざくように戦闘開始の狼煙となって、森の中に響き渡った。

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