転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「もらったっ!」
『グゲゲ……ッ!?』
『グギャアアアア!』
一体の
目にもとまらない速さで
レプリカとはいえ、オーダーメイドの魔剣が放つ剣閃は、革鎧と鱗の二重防御があっても防ぎようがないのだ。
元は人間の冒険者だっただけあって、
斧や直剣といった得物を手に、ラフィーネさんの後隙を狙おうとする個体もいたけど、それは全て追風の加護を受けたガヴリィルさんの大楯に阻まれていた。
鉄と鉄のぶつかる甲高い音を聞きながら、私は魔力を集中して、今度はガヴリィルさんの背後を狙ってきた個体に杖を向けた。
「『沸血』」
『グギャアア、アアアアアアッ!!!!』
魔法によって血液を沸騰させられた
しまった。
今回の事件の犯人が彼らなら、頭は残して即死させた方が証拠として持ち帰りやすかったのに。
それだったら「沸血」よりも「渇水」を選んだ方が良かったのだろうか。
逡巡しながらも、私は即座に後退を選んで、ガヴリィルさんにいつでも庇ってもらえるポジションを確保する。
そして、常に魔法の照準を向けられるように魔力を集中させた。
「あたしが盾で防ぐだけだと思ったら大間違いよ! くらいなさい!」
『グゲッ!?』
勢いのままに押し切ろうとしていた
ガヴリィルさんもラフィーネさんも手練れの冒険者なだけあって、
十体近くいた個体が、三分も経たずに親玉と思しき、一番後ろにいた個体とその取り巻き二体だけになる程度には、私たちは圧倒的だった。
「さて……ここからが正念場といったところかな?」
「気を抜くんじゃないわよ、まだ隠れてるやつがいるかもしれないんだから! アンゼリカも、あたしの後ろをキープし続けること!」
「はっ、はい!」
こういうときに、ガヴリィルさんの視野の広さと冷静さはとても頼りになる。
そして、私は親玉と思われる一体と向き合った。
この射程距離だと、「渇水」や「沸血」の効果は届かない。
だから、まずは少しでも早く
水に限らず、魔法というものは基本的に概念……魔法学園の先生が言っていたことを引用するなら、「イデア」を掴めているかどうかが鍵だ。
だから、水は氷に変わる。
氷に変わるから氷は水でもある。
水は気体に変わるのもまた然りだ、という前世日本人としての固定観念が、私の魔術師としての強みでもあった。
「『氷槍』!」
正面に四本ほど展開した氷の槍を射出して、私は親玉の
このまま「渇水」の発動範囲に入り込んでくれれば、決着はすぐだろう。
そう考えていた最中のことだった。
『ぐ、グゲゲ……ソノ魔力……あ、アンゼリカ……アンゼリカ・アクアマリン……!』
「……っ、私の、名前を……!?」
『お、覚エテイルゾ……思イ出シタゾ……! 僕ガ……僕ガココマデ落チブレタノハァァァ!!!!』
怒りの咆哮を上げて、親玉の
考えたくはなかった。
でも、私の名前を知っていることと、持っている杖の切断痕は、確かに私の記憶に刻まれたものと一致していた。
「せ、セヌ……っ!」
『僕ノ苦シミガオ前ニワカルカァァァ! ニンゲンヤ、竜化シタ、ゴブリンノ死体ヲ喰イ漁ッテデモ生キ延ビテキタ屈辱ガァァァァ!!!! 僕ハ、僕ハマイカ男爵家ノ令息、セヌ・マイカダゾォォォォ!!!!』
「……っ……!」
セヌがぶちまけた恨み節は、悍ましいことこの上なかった。
そうすることで人間が変質したものが、人間だったものが、この世界では最大限の侮蔑を込めて「
竜化したゴブリンの死体を食い漁って生き延びた?
そうまでして、どうして。
挙げ句の果てに、同族である人間まで捕食対象にしてしまったら、それはもう人間ではないことの証明になってしまう。
『オ、オ前ニワカルカ……ワカッテタマルカ……ボ、僕ハ……オ前ニ、アンゼリカ、オ前ニ復讐スルタメダケニィィィィ!!!!』
私に、復讐するために?
たったそれだけのために、そんな悍ましいことを?
私はこのとき、初めて本気で「怖い」という感情を理解したのかもしれなかった。
恐怖とは未知から、知り得ないところから突然現れて常識を侵食してくるから恐怖なのだ。
当たり前の平穏が音を立てて崩れ去る。
悪意と執念、そして妄念だけで、人であることを捨ててでも生き延びてきたセヌが、私は怖くて仕方なかった。
『全部オ前ノセイダァァァ!!!! アンゼリカァァァ!!!!』
なんで。
どうして。
どうして、これだけの悪意を宿してまで、人でないモノに堕ちてまで、私を。
──でも。
『殺シテヤル! 殺シテヤルゾ! 成金貴族ノガヴリィルモダ! ソノアトハジリオンノ街ヲ壊シテヤル! 父上ト母上モダ! 僕ヲ認メナカッタ全テニ復讐シテヤル!!!!』
その一線を超えてしまったのなら、もう──「あれ」はセヌ・マイカという人間じゃない。
悲しい、という感情は湧かなかった。
ただ、一抹の哀れみだけが私の中に小さくささくれ立った痛みを残す。
「……あ、あなたは、む、昔から、とっても嫌な人でした」
『死ネェェェェ!!!! アンゼリカァァァァ!!!!』
「……で、でも、人間でした。そこだけは、それだけは……最後まで守ってほしかったです……『渇水』」
杖を振り翳して走り出したセヌだった
『グギャ、ア、ァァァァァァ……』
「……可哀想に」
身体中の水分を枯渇させ、ミイラのようになったセヌだったものを見下ろして、私は小さく呟いた。
昔から私をいじめてきた、悪意を形にしたような人ではあったけど、とっても嫌な人で、大嫌いな人ではあったけど。
それでも、悪意だけで人の形も姿も魂も捨てられるほどに醜悪な人だとは、思っていなかった。
「終わったかい、アンゼリカ」
「……はい」
「なにも言わないわ、まずはこの
それが、依頼を受けた冒険者の務めなのだから。
ガヴリィルさんは割り切ったように諭したけれど、セヌだったものの叫びは聞こえていたようで、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
元は冒険者だったこともあって、手の甲に埋め込まれた宝石による身分の照合は簡単だろう。
恐らく、マイカ男爵家は取り潰しでもきかないほどの罪を背負わされることになる。
私に復讐したかった、ただそれだけのささやかな悪意のためだけに。
だから、人の悪意というものは怖くて仕方ないのだ。
こんな風に、自分の人生も、他人の人生も、容易く狂わせてしまうのだから。