転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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天使たちの帰還

 蜥蜴人(リザードマン)を倒した私たちは、その遺骸を冷凍してシャボン玉に格納した上で、ジリオンの街に帰還していた。

 街の人たちは神様に祈りを捧げるぐらい動揺していたけど、仕方ない。

 蜥蜴人(リザードマン)は、この世界において最も忌むべきものだと教えられて育っているのだから。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様……予想はしておりましたが、やはりでしたか」

 

 それは海千山千の商人であるロバートさんも同じなようで、蜥蜴人(リザードマン)の死体を一瞥した顔からは、嫌悪が隠し切れていなかった。

 

「ええ、最悪なことにね。でも、親玉がバカだったおかげで助かったともいえるわ」

「と、申しますと?」

「身分照合は後でやってもらうけど、こいつらの親玉が前にアンゼリカへ因縁つけてたマイカ男爵家のドラ息子だったのよ。竜化したゴブリンを食べて生き延びてたんだとか」

 

 一見平気そうにしているガヴリィルさんも、流石に「竜化したゴブリンを食べて」のくだりでは顔を顰めていた。

 クレバース商会の主人であるガヴリィルさんが口に出したことだから、皆、真実として受け止めてくれていたようだったけど、きっと私が言っていたら信じてもらえない。

 セヌは、それほどまでに冒涜的なことをしていたのだ。

 

「なんと悍ましい……しかし、セヌ・マイカといえば腕利きの冒険者だったのでしょう。それを屠り、見事に帰還なされたお嬢様たちは、流石でございます」

「ありがとう。でも、親玉を倒したのはアンゼリカよ」

「なんと。失礼いたしました、アンゼリカ様」

「あっいえ、その……あっ、ありがとうございます……」

 

 褒められたのは素直に嬉しかった。

 でも、私の中には少しだけささくれ立ったような思いがあって、むずむずする。

 竜化したゴブリンを食べてでも生き延びて、私への復讐のためだけに人であることまで捨てたセヌ。

 

 同情もできないし、少しは可哀想だと思うけれど、それだけの悪意を他人に向けて、タブーすら犯してみせる人がいるだなんて、思ってもいなかったから。

 

「浮かない顔をしておられますな。しかし、無理もありますまい。怨敵であったとはいえ、顔見知りが蜥蜴人(リザードマン)と化していたのなら、この私めも動揺いたします。お嬢様もお顔には出されておりませんが、同じお心持ちでしょう」

「……そっその、お、お気遣い、あっ、ありがとうございます……」

 

 私の心境を察してくれたのか、ロバートさんが的確なフォローを入れてくれたのはありがたかった。

 商売というものはとにもかくにも「人と人」だというのが、前世で私が尊敬していた数少ない上司の口癖だった。

 それは「他人の心を大切にしなければ、まず相手は心を開いてくれない」という教えだったけど、異世界でもその精神は変わらないらしい。

 

 どこか、尊敬していた人の面影をロバートさんに見出して、私は泣きそうになってしまった。

 

「それでロバート、一つ提案があるのよ」

「いかなる御用でございましょうか、お嬢様」

「アンゼリカはとても有用な人材よ」

「左様でございますな」

「だから、クレバース商会と専属契約を結んでおきたいの」

 

 ぐすぐすと鼻を鳴らしている私の肩にそっと手を置いて、ガヴリィルさんは語った。

 専属契約。

 それがどういうものかはわからないけど、察するに、ガヴリィルさんは将来のために私を今のうちから囲い込んでおこうとしているのだ。

 

「ふむ……冒険者として、魔術師としてアンゼリカ様が優秀なことは疑いございませんが、お嬢様。それはどのような利点がございまして?」

「まだ詳しくは証明できないわ。でも、アンゼリカの存在はうちの商会にとって、間違いなく有益なものになる。未来への投資ね。もしこの読みが外れていたら、あたしは腹を切って責任を取るわ」

 

 ロバートさんが微かな疑いの目を向けたのに対して、ガヴリィルさんは怯むことなく断言してのけた。

 持ちかけたのは、自分の命を担保にしての取引、ということになる。

 私なんかにそこまでしてもらうだけの価値があるのかと、思わずガヴリィルさんを止めにかかろうと身を乗り出しかけた。

 

 だけど、人差し指を薄い唇に当てたラフィーネさんが、片目を瞑って制止してくる。

 

「お嬢様のお命、でございますか」

「それでも足りないのなら、クレバース商会の経営権をロバート、あんたに全面委譲して、あたしは一介の冒険者になるわ。二言はない、どうかしら?」

 

 ガヴリィルさんは挑戦的な笑みを浮かべて、ロバートさんに啖呵を切った。

 主人であることを放棄してまで、商会に利益をもたらそうとする。

 相当な覚悟がなければできないことだったし、それだけガヴリィルさんが私を買ってくれているということでもあった。

 

「お嬢様、お戯れを。口約束は取引ではございませんぞ」

「契約書ならすぐに刷れるでしょ?」

「ほっほ……参りました、このロバート、お嬢様のお心の広さには感服するばかりです。では、ヘレナに契約書を刷らせますが、一点だけ応じかねるところがございます」

「なにかしら」

 

 こほん、とロバートさんは一つ咳払いをすると、今度は一人の大人として、きっと小さい頃からガヴリィルさんを見守ってきた人として、晴れやかな笑顔を浮かべて言った。

 

「お嬢様には引き続き、商会の経営権については保持していただきます。なにせこの私めでは老い先短く、華がございませんからな」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「お嬢様はお美しく成長なされました、事実でございます。それと、私めから一つ提案がございますが、よろしいでしょうか?」

「なにかしら」

「『黒杖持ち(ブラッカー)』たるアンゼリカ様個人との契約となると、世間の目もございます。なので、ある程度対外的なポーズとして、お三方を冒険者パーティとして契約させていただく。これではいけませんかな?」

 

 もちろん、ミカエラ様とのご契約も交わした上で──と、ロバートさんは肩を竦めてガヴリィルさんに持ちかける。

 

「そうね。アンゼリカとラフィーネに異存がなければそれでいいわ。でも、最終的にはアンゼリカ個人を専属の取引相手にしてもらうわ」

「承知いたしました。では、アンゼリカ様、ラフィーネ様、この提案にご賛同いただけますかな」

「ぼくは面白ければなんでもいいかな。愛しのアンゼリカはどうだい?」

 

 ラフィーネさんは、あっけらかんと契約に応じてみせた。

 私としても異存はないし、なにより前世でもひとりぼっちだったのに、仲良くしてくれる人がパーティを組んでくれるなら、素直に嬉しい。

 だから。

 

「はっはい、よ、よろしく……お願い、しますっ!」

 

 ガヴリィルさんが、私なんかを信じてくれたことへの感謝を込めて、その取引を受け入れるのだった。

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