転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「着いた着いた、ここがわたしの『燃える彼岸花亭』だよ!」
案内されてたどり着いたのは、中央通りから大きく外れた街の隅。
ミカエラさんはどことなく自慢げに胸を張って、「燃える彼岸花亭」を指した。
……うん、ここで私が気の利いたリアクションとか、できればよかったんだけど。
「……あっ、はい……へ、へへ……その、趣のある建物、ですね……」
紹介された建物は、冒険者ギルドというにはあまりにもボロボロだった。
彼岸という概念がこっちの世界にもあるのかだとか、燃えるというより燃え尽きたあとみたいだとか、言いたいことは色々ある。
でも、一番に思うのは。
「わ、わかってるって! 確かにわたしのギルドはボロボロかもしれないけど! これから頑張って立て直して、この街一番のギルドになるんだよ!」
心を読んだように、ミカエラさんがわたわたと身振り手振りを交えて言った。
とっても立派な夢だと思う。
それに向けて頑張っているんだから、私の漠然と頭に思い描いているだけの異世界スローライフとは訳が違うといっていい。
それに、この「燃える彼岸花亭」はボロボロかもしれないけど、人が少なそうって意味では私に向いてるかもしれないし。
いや、まだ人がいないと決まったわけじゃないけど。
でも、この様子だと十中八九そうだろう。
「……あっあの」
「どしたの、アンゼリカ?」
えっあっ、距離が近い。
急にぐいっと顔を近づけてきたミカエラさんに、私は思わずたじろいでしまった。
……び、美少女だなあ。
変な感想だ。
でも、真っ先に頭に浮かんできたのはそんな言葉だったのだから仕方ない。
煌々と灯る炎のように真っ赤な瞳が、引き攣った笑顔を浮かべる私の顔を映しているのが、申し訳なくなってくるくらいに、ミカエラさんは綺麗だった。
……そんな人に、今から私はそこそこ残酷なお話を切り出さなきゃいけないんだけど。
うう、つい躊躇ってしまう。
ギルドを立て直すって夢を掲げているミカエラさんに、こんな話をするのも酷なのはわかっている。
だけど、私にだってのっぴきならない事情があるんだ。
「あっあの、その、ば、馬車護衛の報酬金……」
前に所属していた街からの依頼証と信用手形を懐から取り出して、私は話を切り出した。
基本的に、冒険者に手渡される報酬は後払いだ。
王国の手に負えないような雑務や危険な冒険を、ギルドを通じて代行している都合もある。
だけど、一番は「前払いだと持ち逃げされる危険があるから」という身も蓋もない理由だ。
仕方ない。
冒険者といえば異世界の花形であると同時に、ならず者の代名詞でもあるのだから。
もちろん、そんな人ばかりじゃないのはわかっている。
でも、腕一本でのし上がれる仕事で、身分証の発行も、形だけの審査と手の甲に個人識別用の宝石を埋め込むだけのザル仕様なんだから仕方ない。
最低限の身分証明にはなっても、その分手厚い保障だとかそんなものはない。
冒険者とはとにもかくにもいくらでも替えが利く、命が安い職業なのだ。
なによりも、この私がなれたというだけで、ハードルの低さが伺える。
自分でいってて悲しくなってくるけど。
それはそれとして、要するにこの世界における冒険者も、例に漏れずその日暮らしで、基本お金に困っているのだ。
もちろん、私も。
具体的には、今すぐ報酬が振り込まれないと、お昼ご飯を食べられないぐらいに。
「え、えーっと! とりあえず依頼証を拝見するね!」
「あっはい……」
「ふむふむ……ルナランドの街からここまで馬車の護衛を一人で……えっ? もしかして、アンゼリカって結構すごい魔術師だったりする?」
「……そ、そんなことないですよぅ……えへ、えへへ、そっその、私は水魔法を少し齧ってるぐらいで……」
褒められるとすぐ調子に乗ってしまうのが、私の悪いところだった。
本当ならもっと、毅然とした態度で報酬金を要求するのが筋だ。
でも、私は借金取りでもヤのつく自由業でもないのだから仕方ない。
「……ごめん!」
依頼証を私に差し出して、ミカエラさんは頭を下げた。
な、なんだろう。
もしかして私が「
「察しはついてると思うけど、うちにこんな大金を支払う余裕はないの!」
「……あっその、あっ、わ、私は確かに『
就活のときみたいに自分の短所を長所に無理やり言い換えてアピールする地獄が始まるのかと思ったら、どうやらそうじゃなかったみたいだった。
「うん。アンゼリカが『
「……あっはい、あっあの、その……」
今回の話は、誠に申し訳ないけどなかったことにできないでしょうか。
なんてことを言うのは、残酷かもしれない。
でも、こっちだってお昼ご飯を食べられなくて困っているのだ。
でも、勇気を出して断らなきゃ。
ここでまた流されていたら、私はきっと今世でもダメダメな方向に転がっていくだけだ。
確かに夢を追いかけているミカエラさんはすごいと思うし尊敬もする。
だけど、それとこれとは話が別だった。
くう、と再びお腹の虫が鳴く。
今すぐにでもなにか食べないと、空腹で倒れてしまいそうだった。
「ちょ、ちょっと待って! でもね、一つだけ提案があるの!」
「……て、提案ですか……?」
「うん! 見た感じアンゼリカはとってもお腹が空いてるよね!?」
「あっはい……」
「そこでなんだけど……依頼の代金は出世払いになるけど、その代わり、うちにタダで住み込みしない!? もちろん食事は出すよ! どうかな!?」
わたわたと忙しなく、ミカエラさんは捲し立てた。
住み込み。
冒険者は、街にいる間、基本的に所属しているギルドか、宿に寝泊まりをする。
その経費はもちろんタダじゃなく、自分で稼ぐ必要があった。
だから、駆け出しの冒険者が安宿で鮨詰めになっているのは、活気のある街なら珍しい光景じゃない。
長期滞在を考えると、その費用も馬鹿にならないから、その分が浮くという点で、ミカエラさんの提案は魅力的だった。
……うーん。
でも、私は今お金に困ってるわけで。
それに、今時安宿であるというだけで需要があるのに、人がいないなんて。
正直、色々と怪しい提案だとは思った。
「虫のいいことを言ってるのはわかるけど……親の遺した借金まみれで、うちの家計は火の車なの。でも、アンゼリカに出す食事の分ぐらいならなんとか頑張るから……ダメ、かな?」
なるほど、察しはついた。
ミカエラさんは、借金のせいで依頼の報酬金に回せるお金がなくて、冒険者たちからの信用も失っていって……っていう、負のループに陥っているようだった。
賢い冒険者なら、そんな事情は耳に入れることもなく、さっさとこの場を立ち去るのが正解なのだろう。
……でも。
「……わ、わかりました……」
「えっ、いいの!?」
「は、はい……と、泊まる先にも、困ってましたから……」
きっと、ミカエラさんは私を信じて事情を打ち明けてくれたのだろう。
この世界では最底辺な「
……なら、見捨てられないよ。
「よかったー! ありがとう! これからよろしくね、アンゼリカ!」
目の端に涙を浮かべて、ミカエラさんが抱きついてくる。
あっその、えっと、距離が、距離が近い。
こんな風にされたことなんて前世でもなかったから、どんな顔をすればいいのか、わからなかった。