転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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今は、おやすみ

 ロバートさんの提案で、冒険者として、ガヴリィルさんとラフィーネさんとパーティを組むことになった日の夜。

 私はどうにも寝付けず、普段寝泊まりしている部屋を出て、ふらふらと歩いていた。

 セヌは、蜥蜴人(リザードマン)に堕してまで、私を殺そうとしてきた。

 

 誰かから悪意を向けられることには慣れているつもりだったし、実際に悪意を向けられ続けてきたのが私の前世だ。

 そこから逃げて、逃げて、逃げて。

 最終的に辿り着いたのは、唯々諾々と相手の要求を飲み込む諦めだった。

 

 わかっている。

 前世のパワハラモラハラ上司や、ことあるごとに嘲笑ってくる同僚や、生前のセヌにとって、私は音の出る玩具のようなものだったのだろう。

 悪意に対して、抵抗する力もなにも持たなかったから、私の死だってきっと笑い飛ばされていたのだろう。

 

 ……そう考えると、悲しくはある。

 でも、それでもよかった。

 私が嘲笑われているだけなら、他の誰かは傷つけられない。大切な人やものが壊されることはない。

 

 そのはずだったのに、私は、セヌをこの手にかけてしまった。

 あれはセヌじゃない。

 人間じゃない。殺すに値する正当な理由もあった。

 

 でも、他に道がなかったのかと、今更になって考えてしまう。

 だから、もやもやして眠れなかったのだ。

 錬金カンテラを手に、私は誰もいないであろう一階の大広間を訪れた。

 

 ひょっとしたら、ラフィーネさんがお酒を飲んでいるかもしれないし、ひょっとしたら、ガヴリィルさんが帳簿と睨めっこしているかもしれないし、ひょっとしたら。

 淡く、都合のいい期待を胸に階段を降りる。

 すると、カンテラが発している明かりが、カウンターに突っ伏してすやすやと寝息を立てているミカエラさんを、ぼんやりと照らし出した。

 

「……お、起こしちゃいけないよね……うん」

 

 どうやら帳簿をつけている途中に寝落ちしてしまったようだ。

 ミカエラさんらしいといえばらしい。

 明日、ガヴリィルさんから怒られるのは確定だろうけど、そっとしておいた方がいいと判断して、踵を返そうとしたときだった。

 

「……ん? くぁ……誰かと思ったら、アンゼリカじゃん。どしたの?」

「……えっあっえっ、ご、ごめんなさい、起こしちゃって」

「あはは、いいよいいよ。こんなとこで寝落ちしてたわたしが悪いんだし。それより、アンゼリカはどうしたの? 眠れなかった?」

 

 ミカエラさんはこてん、と小首を傾げて問いかけてくる。

 

「は、はい……ちょっと、か……考えごと、しちゃって。いえ、その、大したことでは」

「目ぇ逸らしながら言っても説得力ないって。それに、眠れなくなるぐらいの悩みなら、大したことだよ」

 

 自分も疲れているはずなのに、ミカエラさんは笑顔で諭してくれた。

 ……優しいなぁ。

 ミカエラさんは、優しくて、明るくて、太陽みたいで……だから、甘えそうになってしまう。

 

 わかっている。本当はよくないことだ。

 悩みなんてものは自分の中で折り合いをつけるものであって、決して誰かから優しい言葉をかけてもらうのを待つものじゃないって。

 でも、ミカエラさんが優しい声で寄り添ってくれると、私は日向を求めるように、甘えたくなってしまうのだ。

 

「う、うぅ……」

「わたしでよければ話は聞くよ? 帳簿もまだ途中だったからね」

 

 自慢じゃないけどね、と、ミカエラさんは苦笑した。

 いいんだろうか。

 この指止まれ、に止まれなかった私が、差し伸べられた手を握るなんてことをして。

 

「……わ、私は」

「うん」

「……ひ、人を、殺しました」

 

 でも、懺悔せざるを得なかった。

 そうでもしなければ、心が折れそうだった。

 セヌも山賊だったものも、元を辿れば人間だったはずで、他に助ける手段はなかったのかと、逃避のように、今更考えてしまうのだ。

 

「ん? ああ、セヌのこと? だったらあれは、人じゃないよ」

「……は、はい……」

「竜化しちゃえば、人間だろうと魔物だろうと……殺してあげるしかないんだ。それはセヌであってもわたしであっても一緒だよ」

「……わ、わかってます。でも……」

 

 ミカエラさんが傷つけられたことを許せなかったから、力を振るって借金を押し付けた。

 それがセヌという人間を歪めてしまったのなら。

 あの山賊騒動は私のせいなんじゃないかと、考えてしまうのだ。

 

「アンゼリカ、優しいことはとってもいいことだけどさ、この世にはどうしたって救えないやつがいるんだよ」

「……ミカエラさん……」

「わたしも両親が自殺して、借金に追われてたときはそうだった。色んな人を見た。リィルに助けてもらわなかったら、わたしだって後を追ってたかもしれないぐらい追い詰められてた」

「……」

「でもさ。立ち向かったじゃん、アンゼリカは、一人で、セヌに」

 

 ミカエラさんは、私の全てを許すといったように、楚々とした微笑みを浮かべた。

 

「……み、ミカエラ、さ……ん」

「セヌがああなったのも、落ちぶれたのもアンゼリカは関係ない。全部あいつが一人でやって、勝手に逆恨みしてただけ。向けられた悪意に負けなかった、立ち向かったのは、アンゼリカの強さだよ」

「う、うぅ……っ……」

「大丈夫。神様はきっとアンゼリカを許してくれるよ。それに、神様が許さなくたって、わたしはアンゼリカの味方だよ」

 

 頼りないかもしれないけどね、と、苦笑するミカエラさんに縋りついて、私は涙をこぼしていた。

 誰かにこんな言葉をかけてもらうなんて、生まれて初めてだったし、死んで転生してからも、初めてだった。

 嬉しい、とも安心、とも違う、言語化できないあたたかさに、私はただぼろぼろと泣き崩れることしかできない。

 

「う、うぅっ、うううううっ……み、ミカエラ、さん……」

「怖くて眠れないなら、今日は一緒に寝てあげよっか? わたしにはこれくらいしかできないけどさ、アンゼリカには感謝してるんだよ、本当に」

 

 嗚咽を上げている私は、首振り人形のように頷くことしかできなかった。

 ミカエラさんは、私に感謝していると言ってくれたけど、大したことなんてしていない。

 私だって、ミカエラさんがいなければ、出会っていなければ、きっとこんな風に優しい言葉をかけてもらうこともなかったのだから。

 

「……あ、ありがとう、ございます……」

「あはは、全然大丈夫。それじゃ、今日はわたしがアンゼリカの部屋にお邪魔しちゃおっかな」

 

 そう言って、ミカエラさんは私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 今はただ、ミカエラさんがくれたあたたかな気持ちに包まれて、涙をこぼすことしかできないけれど。

 明日にはもっと、恩を返せるように、力になれるかな──と、自分に問いかけて。

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