転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
ワイバーンを討伐してから、一週間が経とうとしていた。
だけど、ジリオンの街は、平和になったかというとそうではなく、ここ一週間続く豪雨に悩まされていた。
今日も雨は盛んに窓のガラスを叩いて、雷鳴が絶え間なく鳴り響いている。
「ひどい雨だなぁ、普段はこんなこと、滅多にないのに……」
雨続きなこともあってお客さんや冒険者たちも家や宿に篭りっきりで、暇そうにしているミカエラさんが溜息をつく。
「……そ、そうですね……」
私の前世でも、時たまこんな風に雷鳴を伴う豪雨が突発的に降ることはあったけど、その勢いが一週間近く続くなんて話は聞いたことがない。
雨を降らせる魔法は水魔法の範疇だけど、雨を止ませる魔法というものはない。
あったとしても、遺失したとされる古代魔法文明の「
「……ご、ごめんなさい。こんなときに、お役に立てなくて」
「いやいや、アンゼリカが謝ることじゃないって! それに、久しぶりの休暇だと思ってゆっくりできるから、悪いことだけじゃないよ」
ミカエラさんは、明るい笑顔で言った。
思い上がりでなければ、そこには私への励ましも含まれているのだろう。
でも、お客さんや冒険者が来ないというのは冒険者ギルドにとっては致命的だ。
なんとかなればいいなあ、と、ぼんやり頭の片隅で考えることしかできない自分が情けない。
ある意味、ワーカーホリック状態だともいえるけど。
普段から大繁盛しているのが当たり前だと思う方がおかしいといえば、そうなんだけど。
「暇だねー、アンゼリカー。なにかいい遊びとかないかなー」
「ど、どうなんでしょう……ら、ラフィーネさんは、『こんな日はお酒を飲んで寝るに限るよ』とか言ってましたけど……」
「非生産的だなぁ。でも、たまにはそういうのも悪くないかもね」
ミカエラさんが浮かべた苦笑につられて、私もまた口元を引き攣らせる。
コミュ症は、愛想笑いも苦手なのだ。
それはともかく、ラフィーネさんみたいに割り切って、惰眠を貪る日と決めてしまうのも実際悪くないのではないだろうか。
ミカエラさんはここ最近ずっと働き詰めだから、たまにはゆっくり休んでもらいたい。
だから、そうしてもらおう。
決意と共に、小さく息を吸い込んだ、そのときだった。
「ギルドマスターはいるか!」
ひどく焦った様子のヒースティアナさんが、ずぶ濡れのままギルドの扉を開いて叫んだ。
「ヒースティアナさん? なになに、どしたの?」
「呑気に構えている場合ではない! 今すぐここに寝泊まりしている冒険者全員に通達するんだ! 逃げろ! 結論から言えば、この街は……いや、この地域はもう終わりだ!」
「えっ? ど、どういうこと? 説明がないとわかんないよ!」
ヒースティアナさんは一秒一刻を争うといった顔で、退避を命令していた。
でも、ミカエラさんが言った通り、説明してもらわないとなんでいきなり避難しろ、なんて話を切り出してきたのかわからない。
普段は冷静に物事を説明できるヒースティアナさんが、それだけ感情的になっているという時点で、嫌な予感しかしないけど。
「あ、ああ……すまない。取り乱していた。端的に言おう。ダダルム山脈の上層に、特種竜化現象の発生が、確認された……」
「──えっ?」
「個体を王国は『アスモデウス』と命名。急遽、最前線から『
ヒースティアナさんは、絞り出すような声で叫んだ。
特種竜化現象。
それは、「
「──は、はは」
ミカエラさんは、膝から崩れ落ちた。
この街を捨てて逃げろ、ということは、事実上「燃える彼岸花亭」を、ミカエラさんのお父さんとお母さんが遺してくれた大事な場所を捨てて逃げろ、ということだ。
特種竜化現象が発生したのなら、そうするしかない。でも、それはすぐにはいそうですかと割り切れるようなことじゃないのも、わかっている。
「……み、ミカエラさん……」
「は、はは……あはは……ダメだな、わたし。こんなときに、考えてる場合じゃないのに」
「……」
「……逃げよう、アンゼリカ。悪いけど、ラフィーネさんを起こしてきて。もう、終わりだよ。なにもかも」
特種竜化現象、という言葉がどれほどの絶望を示しているのかは、この世界の住人であるミカエラさんたちの方がより深く理解しているだろう。
だから、躊躇いながらもその結論を導き出せたミカエラさんは、紛れもなく強い人なのだ。
でも。でも、本当にそれでいいのだろうか。
このギルドは、「燃える彼岸花亭」は──ミカエラさんの命と同じぐらい、大切な場所なのに。
大地震や大津波が来たのなら、そんなこだわりを捨てて逃げなければいけないということは、私も前世日本人として深く理解している。
それでも。
「……わ、わかりました……ラフィーネさんを起こしてきますので、ミカエラさんは先に」
「ぼくはそこまでお寝坊さんじゃあないよ、愛しのアンゼリカ」
「ら、ラフィーネさん……」
「きみがなにを考えているのかはわかるつもりさ。でも、やめた方がいい」
突如として、身支度を終えた状態で二階から降りてきたラフィーネさんが諭してくる。
……そうだよね。ラフィーネさんだって、同じことを考えないはずがないんだから。
でも、全てを天秤にかけた上でラフィーネさんは、一秒でも長く生きることを選び取った。
ラフィーネさんの選択は、尊重すべきものだと思う。
──それ、でも。
それでも、私は。
「ら、ラフィーネさん」
「なんだい、愛しのアンゼリカ」
「ラフィーネさんは、私のことが、す、好きですか」
「……ずるい質問だね。好きだからこそ、愛しいのに」
「……あ、ありがとうございます。み、ミカエラさんのこと、お願いします」
「アンゼリカ!?」
動揺したミカエラさんが飛び出して、私を取り押さえるより先に。
ラフィーネさんの気が変わらないうちに。
私は黒く塗られた樫の杖を手に取って、魔力を集中させた。
「『鏡像転写』」
蟷螂の斧、という言葉が前世にあった。
カマキリが、迫りくる車輪に向けてその斧を振り翳したところで、なんの意味もない──つまりは蛮勇を諌めるための言葉であり、諦めを促すための言葉なのだけど。
カマキリの斧だって、少しは──ほんの数瞬ぐらいは、馬車を止められるはずだ。
だったら、私はそのカマキリになればいい。
勝てなくたって、たとえ、神様に二度目のチャンスをいただけた、この命が尽きたって。
大切な人を、私なんかを──私の力だけでも、必要としてくれた人を、一秒一瞬でも長く、生かすために。
私は、ダダルム山脈へと転移するのだった。